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古代エジプトのファラオ・アクエンアテンへの考察

 ここでは131代目ファラオ・アクエンアテンという人物を考察したい。

 よく「歴史は勝者の記録」と断ぜられるが、これは例え絶大なる権勢を謳歌した者であろうと、後世に異端とされればいとも容易く歴史から抹消、改竄されてしまう事を意味している。アクエンアテンはその典型とも言うべき人物であり、業績や図像など歴代ファラオの中でも一際目を引くその特異性と、それによる余りに極端な没落振りは実に興味深く、歴史好きとしては本能的に注目せずにはいられない。



 さて、アマルナ中間期とも称される彼の治世の特色として、未開地アケト・アテン(現テル・エル・アマルナ)への遷都、斬新なる写実的な芸術様式の確立、そしてアテン一神教への世界初の宗教改革が挙げられるが、いずれも、民族の血へ染み付いた伝統や慣習を、突如として、一代にして大いに変化させた偉業と言えよう。

 しかし後日的な成否に関わらず、こうした姿勢はいつの時代でも大衆の反感を集約するものなのだろう。破壊された像やアテン神殿、王命表からの退場や改革全ての白紙化など、アクエンアテンの足跡が恣意的に今へ残されていない事実は、彼が結果的に歴史的敗者へ堕とされた確固たる証拠と言えるだろう。

 何故、敢えてこの様な修羅の道を行く必要が有ったのか。本論では先ず彼を異質へ至らしめた経緯をまとめ、次いでそれへ対する国家情勢からの譴責や確立された「異端王」像を挙げ、それを史料と照らし合わせた見解を示した上で、総合的に彼と言う人物を考えていきたい。



 彼が「アメンは喜ぶ」アメンヘテプ4世から「アテンの僕」アクエンアテンへと改名したのは治世5年目とされ、それまでは父アメンヘテプ3世との共同統治、即ち伝統的な統治へ従順さを示していたとも指摘される。そのアメンヘテプ3世も末期には王権すら凌駕しかねぬアメン神官団の増長を危惧していたとも言われ、もしこの説を採るなら、アクエンアテンは単身での統治を始めるに当たり、意を決し、父が恐れて出来なかったアメン神官団への弾圧へと踏み切った事に為る。

 又、初めはカルナックのアメン大神殿東門の外へ自分の神・アテンの神殿を建造し二神の共存を試みたとも見られ、アメン信仰を禁じ神殿を閉鎖してその財産を引き継いだのも、共存の瓦解が有ってこその処置と考えられる。アメン以外の神をも廃す異例の躍進もその延長で、全ての仲介者つまり神官を不要とし新たな火種を詰み切る為には、アクエンアテン自身の他は何人も通じ合う事の叶わぬアテン一神教が必要不可欠であったのだろう。

 いずれにせよ、エジプトの地で数千年の永きに渡り持続してきた多神教を封じるなど、並大抵の勇気と胆力、そして信念で成せる業でない事だけは想定出来る。その根底には紛れも無く、神官団に脅かされ弱体化した王権を、在りし日の神格化された絶対の権威へと返り咲かせんと切望する想いが有ったはずである。その証拠に、アクエンアテン自らが制作したとされる『アテン讃歌』では、ファラオ自身を唯一無二の神との仲介者及び到達者とし、死者が来世で生きる望みもファラオ一人へ託されると記されている。



 しかしながら、ファラオの威光を真の形で復活させんとする熱情はともかく、余りに強硬で性急なその手段や、他を顧みないのめり込みがいけなかったのだろう。敵は神官団のみではない。アテン信仰自体も、アケト・アテンの一般民衆の住居跡と思しき遺跡より他神への信奉の軌跡が現れた事から、総本山たるアケト・アテンの庶民にすら普及に至らなかったと思われる。

 加えてアメンヘテプ3世後期、最盛期を極めたエジプト帝国も盛者必衰の理には抗えず、既に国家運営は盤石とは言えぬ状態に在ったと言う。そこへ極度に急進的なアクエンアテンの宗教改革、それも現実的な政は臣下へ丸投げ、戦でも祖先が血を流して得たウビ、カナン両州など西アジアにおける植民地の多くをヒッタイトに奪取されたとも為れば、いよいよ亀裂は増すばかりだろう。

 事実、後にファラオとして即位する二大権力者アイとホルエムへブは、隠密の内に次王スメンクカラー含め国家機関を掌握、アクエンアテンを捨て旧来の王都メンフィスへ戻るとアメン神官団とも接触し、続くツタンカーメン期以降はアテン信仰の殲滅へ努めたとされる。又、2010年にDNA鑑定でアクエンアテンと特定されたミイラが、アケト・アテンへ建てられたとされる墓所ではなく王家の谷のKV55から見付かったのも、彼の信奉者が遺体をそこへ残せば再興した旧宗教勢力による辱めは避けられぬと考え、密かに歴代ファラオの元へ紛れさせたが為と見られている。

 ともかく、こうして嫌われ者の地位を決定付けられたアクエンアテンへ良い評価が添えられるなど有ろうはずが無く、「粗野な父」として自分の母や娘3人を懐妊させという説も生じた。KV55の棺も破壊され、修復しても削られたマスク部分は無残なままで、中のミイラも白骨化し非公開という有様である。



 以上の様に後世の待遇は正に最悪というアクエンアテンだが、彼を擁護する立場の発見や研究も存在する。

 始めに彼の后妃について、アケト・アテンの王墓へ葬られた次女メキトアテンの死没年齢を鑑定すると思春期へ達していなかったとも推測され、後にスメンクカラーの王妃と為る長女メリトアテン、同様にツタンカーメンへ嫁ぐ三女アンケセパーテン(アンケセナーメン)にはアクエンアテンの妻を指す称号が見付からず、彼女らが彼との間に子を儲けたという確証は得られない。上記の説は後世のでっち上げとも考えられる。

 又ネフェルティティに関しては、彼女こそが宗教改革の主導者であるとする衝撃的な見解も在る。アテン神殿にはネフェルティティを主役とする情景も彫られ、ヘルモポリスの壁画に至っては、彼女は戦人としてのファラオの伝統的表現、即ち敵の髪を掴みメイスで打ち据える姿をもって描かれており、かの有名な胸像を含め、その讃美の質はファラオであるアクエンアテンにさえ比肩する。この様に「王の偉大な夫人」として強大な権勢を振るったと推察されるネフェルティティだが、調度その彼女が姿を消した前後から、アクエンアテンがアメン神官団との和睦を示唆していたとする声も有る。

 仮にこれを支持するなら、アクエンアテンは伝統的な多神教への回帰の必要性を悟り、その為ファラオ同等の権威でアテン信仰を推進していたネフェルティティを排除したとも考えられよう。同時に、彼女へそれだけの権限を付与していた事からは、彼がいかに彼女を重んじていたかが読み取れるだろう。

 そして、この愛情という面に関しては特筆すべき事が有る。

 アテン神殿の残骸や、アメン神殿の塔門内部の詰石などへ転用された石材、アケト・アテンの王墓などに見る壁画や像には、従来とは一線を隔した意匠として、ファラオを固定化した勇壮な美ではなく写実的に表すアマルナ様式のみならず、その対象、即ち人間味溢れる日常生活や家族団欒の場面の選択が指摘出来る。そこにはアクエンアテンと王妃ネフェルティティが3人の娘を膝へ乗せ、抱き上げて接吻をする仲睦まじい家族の様子、早世した次女メキトアテンを悼み家族皆で嘆き悲しむ様子などが描かれ、アクエンアテンの抱く親密な家族愛が伺われる。



 こうして見て来ると、アクエンアテンは歴史的敗者でありそれに相応しい扱いを受けた訳だが、それ故に、一般的なアクエンアテン像には後世による捏造の疑惑が付き纏う。彼の実像へ迫る史料には、その人物像を反転させかねぬものとして注目すべき価値が有ろう。

 何より、前人未到のエジプト固定観念の打破という一大事業へ立ち向かい、結果はどうあれそれを成し遂げたアクエンアテンという人物が、現代を生きる我々をして尊敬すべき、鉄の覚悟と意志を宿していた事だけは疑い無い。孤立や後の謗りを差し引いてでもファラオの誇りを守りたい、そう願ったであろう彼は生粋の情熱家で、気高き夢追い人であったのかも知れない。



 参考文献

『ビジュアル選書 古代エジプト三〇〇〇年史』吉成薫

『ナショナルグラフィック 考古学の探検 古代エジプト』ジル・ルバルカーバ著 ジャニス・カムリン監修

『古代エジプト ファラオ歴代誌』吉村作治監修 ピーター・クレイトン著

『全系図付 エジプト歴代王朝史』エイダン・ドドソン、ディアン・ヒルトン

『初めての古代エジプト―新王国時代編―』山花京子

『知れば知るほど面白い ツタンカーメンと古代エジプト王朝』近藤二郎監修

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