This is our daily life. part 1
──とある放課後。
「あれ? 山市君、今日委員会って言ってなかった?」
「4時半からだからな。30分くらい暇だったからとりあえず部室に来たわ」
現在の時刻は4時前。
部室を訪れると、二宮と更科がこたつに入っていた。
「フッ、お前もこの部の活動に慣れてきたか」
「俺たちまだカードゲームしてないけどな?」
俺も内履きを脱いでこたつに入る。
やっぱこたつはいいなあ……。あったかい……。
「実はオレから重要な提案がある」
手を組んだ二宮が真剣な顔つきで語り出す。
そこそこの付き合いだから分かる。
これはどうでもいいやつ。
「えっなになに!? 何するの?」
更科はその話題に飛びつく。
「オレたちの愛称、つまりあだ名を決めないか?」
「……いいね! それ、賛成!」
「唐突だな。まあ悪くはないと思うが、別にこれまで通りでよくね?」
いちいち決めることだろうか?
そういうのは自然に定まっていくと思うけどな。
「山市……お前全然分かってないな」
「山市君……がっかりだよ」
二人があきれたように俺に言葉を投げる。
「そ、そうなのか?」
どうやら、俺の勉強不足だったようだ。
「いいか? 人の呼称というのはコミュニケーションにおいて欠かせないんだ」
「まあそうだな」
相手の名前を呼ぶ場面はいくらでもあるからな。
「たとえば、おい、凛空」
「うおぉ、なんかぞわっとするな」
なんだか少しくすぐったい気がする。
「このように、人の呼称一つで大きく印象が変わる」
「なるほど、なんとなくは分かった。じゃあ各々下の名前で呼び合うってことか?」
「いや待て」
二宮が否定する。
「下の名前も悪くないが、オレたち独自の呼び名を決めないか?」
「えっ面白そう! 早速決めようよ!」
なるほど、そういう趣旨か。
「お前、更科にお兄ちゃんって呼ばせるつもりだろ?」
「な、何故分かった!?」
「ええ……」
どれだけお兄ちゃんと呼ばせたいんだろうか。
「でもなあ、俺別に愛称とかは無いんだよな。基本名字で呼ばれるし。お前はクラスの奴からニノって呼ばれるときもあるよな。更科はクラスメイトからなんて──」
「山市、触れてあげるな……」
「え? ……あ。」
そういえばついこの間までぼっちだったな……。
「その、ほんとに、ごめん。」
「そんな哀れまないでよ!? そうだよ、あだ名とかないよ! だって更科さんとしか呼ばれたことないもん! 強いて言えば泉ちゃんだよっ!」
またしても更科の地雷を踏んでしまった。
というか、更科にはまだまだ地雷がありそうで怖いんだよな……。
「じゃあ、俺たちのあだ名は後回しにして、更科のあだ名から付けようぜ」
「そうだな。妹にふさわしいあだ名をつけてやろうじゃないか」
「変なのはなしでお願いね……」
更科のあだ名か。どうすっかなあ……。
(おい二宮、お前なんかいい案あるか?)
(全く浮かばん)
(だよなあ……)
(しかし、すごい嬉しそうにこっちを見てるぞ)
更科の方を見ると、そこには絵にかいたようなウキウキ顔をする、精神年齢5歳児がいる。
(じゃあここはまず、無難なやつを一ついっとくか)
「“部長”ってのはどうだ?」
「おお、それはいいじゃないか」
「うーん、悪くはないんだけど、私、役職名で呼ばれるのって好きじゃないんだよね」
あまり、お気に召さなかったようだ。
「ならば、いも──」
「却下。」
冷たくあしらわれる二宮。
「ま、待て! オレだからって判定厳しすぎるだろう!? こいつと随分反応が違いすぎるぞ!?」
「だってまともなあだ名付けてくれる気ないでしょ!?」
「じゃあ妹はどんなあだ名がいいんだよ!?」
「ええ、自分のあだ名を自分で考えるの、ちょっと恥ずかしいっていうか……」
あ、何かそれ分かるわ。ゲームのプレイヤーネームとか困るんだよなあ……。
「まあ落ち着け。ここはカードゲーム部だからな。こうしよう」
手のひらサイズのメモ帳をこたつの上に置く。
「あだ名を思いついたらこのメモ帳を一枚ちぎって書き込んで伏せる。何個か書いたら、俺と二宮のどっちが書いたものか分からないようにシャッフルして、更科がカードをめくっていけばいい」
(山市、これはもしかして……?)
(ああ、そういうことだ)
「なるほど、いいだろう」
「私もそれでいいよ」
「じゃあ書いてくぞ」
メモ帳を1枚ずつちぎっていく。
「書き始める前に聞いとくけど、更科、お前はどんなあだ名がいいんだ?」
「そうだね……やっぱり呼びやすくて、私らしさを感じるあだ名をご所望です!」
「更科らしさか……」
「ふむ、なるほど……」
◇
「それじゃあ、めくっていくよ」
更科は伏せられたカードに手を伸ばして、ひっくり返した。
『泣き虫』
「……誰!? ねえこれ書いたの誰!?」
更科が俺たちの顔を交互に見る。
「いや、俺じゃねえけど」
「オレでもないぞ?」
「絶対二人のどっちかが書いたに決まってるもん! さあ、白状して!!」
「俺じゃないって」
「オレの言うことが信じられないのか?」
「嘘だっ! 絶対嘘だっ! え、まさか──」
更科が他の1枚をめくる。
『ブラコン疑惑』
「二人とも! 私のことからかって楽しんでるでしょ!? 良くないよ!? 匿名性を盾にするなんてよくないよ!?」
「でもさっき、それでいいってお前が言ったんだぞ」
「オレたちはそれに従っただけで」
「……」
更科は黙ったかと思うと、こたつから飛び出して部室中央にあるデスクの引き出しを開けた。
そして1枚のファイルを取り出してきた。
「ふっふっふ、いいもん、そっちがその気なら! 私にも考えがあるもんね!」
ファイルから取り出したのは俺たちの入部届だった。
「二人の筆跡と比較すれば、どっちが書いたかなんてすぐに分かるからね!」
「……」
「……」
「さあ! 観念して自白するなら今の内だよっ!」
「……」
「……」
「黙ってないで正直に名乗り出なさいっ!」
俺と二宮は互いに目配せをして──俺は手を上げた。
「更科、ひとついいか?」
「犯人は山市君か!」
「俺たちこのカード──利き手と逆の手で書いたから特定できないぞ?」
「バカなのに賢いっ!?」
感想をくれた方、誤字脱字報告してくれた方に感謝。




