まずは世界観を提示しようと思う。その2
二宮は何とか冷静さを取り戻したようだ。
「それでも、先生とお前は血のつながっていない義理の兄弟ってやつなんだろ? 二次元にありがちな設定だし、お前的には願ってもないシチュエーションじゃね?」
「お前!! ぶっ飛ばすぞ!?」
二宮が突然立ち上がって俺に掴みかかった。
「ちょ、待て待て! 俺が何か気の障ること言ったんなら謝るから一旦落ち着け!」
「落ち着いていられるか!! 義理で存在していいのは妹だけに決まってんだろ!?」
「んなわけねえだろ!?」
逆に俺が掴みかかる。
「じゃあ山市! お前義理の姉設定のキャラ挙げてみろよ!?」
「えーと……あれ? 確かにあんまり、いない……かも」
「だろ!? 義理の兄弟なら妹一択だと歴史が証明しているんだ!」
「参照先が黒歴史だな」
もう駄目だ。こいつは手遅れに違いない。
「まったく……お前はまだ妹の良さが分からないのか?」
「分かんねえよ」
「じゃあ当然のことを聞くが……義理の妹と義理の姉、どっちがいい?」
「そうだな……俺は義理の姉かもしれん。色々と甘えたい」
「お前、正気か!?」
「質問が正気じゃねえんだよ!?」
「ふっ……どうせモデル体型の美人の姉を想像してたんだろ?」
「…………そうだよ。なんだよ悪いかよ?」
図星だったので変な間が生まれてしまった。
「この色欲魔風情が! 山市。どうせお前は外見しか愛せないんだよ!」
「──っ!?」
雷に打たれたかのような衝撃。
(気付かないうちに俺は相手の容姿を重視しすぎていたのかもしれない……!?)
とっさに否定の言葉が出てこなかったのが何よりの証拠。
確かに思い当たる点はいくらでもある……。
くそっ! もっと相手の内面を見ないとだめなのか!?
まさかこれを二宮に教えてもらう日が来るとは。
「山市。オレはお前と違って外見は厭わない!」
二宮は曇りなき力強い瞳を輝かせる。
(こいつまさか……見た目だけでなく中身もイケメンなのか!?)
二宮──いや、イケメンはさらに言葉を続けた。
「妹、という響きだけで無条件に愛せるんだ!」
「……」
「オレは妹に無償の愛を注ぐ自信がある!」
「……ちなみにその愛は見守りたいという純粋な愛情か? それとも邪な劣情か?」
「愚問だな。純粋な劣情に決まってるだろ!」
「余計怖えよ!?」
そんな口論に割って入る声があった。
「ちょっと、いいですか?」
声の主は鷺宮凛。同じクラスの女子だ。
華奢な身体に、吸い込まれるような大きな瞳。きめ細やかな白い肌と艶やかな長い黒髪。
おしとやかな雰囲気を纏い、人外じみた整い方をしている少女である。
「山市君、今日のお昼休みに委員会の集まりがあるから忘れないでくださいね」
「お、おう……」
「それでは」
と、鷺宮は凛とした佇まいを崩さずに俺たちの席から離れていった。
「いいよなあ……妹にしたいよな」
「せめて彼女にしろ。いやそれもおかしいけど」
うっとりとした顔で二宮が呟く。
席に座って友達と談笑する鷺宮凛。
彼女はこの学年、いやこの学校で間違いなく一番人気がある。
一番と言い切れるのは鷺宮が容姿端麗だから、というわけではない。彼女には何というか気品がある。
柔らかい物腰、丁寧な言葉遣い。笑う時も口元を手で隠しながらくすっと笑う。
一つ一つの流麗な所作に、男子どころか女子も魅入ってしまう。
それでいて時折、どことなく儚げな表情を見せるのだからこれで人気が出ないわけがない。
完璧美少女、というわけでもなく運動は少々苦手だったり、勉強もそんなに得意ではなかったりする。学習進度別の授業は俺と二宮と同じ下のクラスだ。
そんな可愛げのある弱点も完備している彼女は、おそらく全男子生徒どころか先生すらも骨抜きにしていると言っても過言ではない。
「二次元しか愛せないお前でも鷺宮ならいけるか?」
二宮は少し考えて、
「ああ、もちろんいけるな……」
「おお、やっぱそれぐらい鷺宮の魅力──」
「お兄ちゃんと呼んでくれるなら!」
「──実質無理ってことだな了解」
どんだけ妹好きなんだこいつは。
「それにしてもお前と同じ委員会とは可哀そうに。すれ違う女子全員を視姦しているような変態と一緒なんてな」
「そこまでではねえよ!? 男子だから完全否定はできねえけど!」
「鷺宮は最高の妹になると思うんだ。あんな子に健気に支えられて、「お兄ちゃん……」って言われたら多分オレは心臓ショックで死ぬと思う」
「それ妹にトラウマを残すから絶対やめとけ」
死因:妹によるお兄ちゃん呼び。うん、妹が気の毒すぎるな。なんならそれで妹がショック死するまである。
「つーかそんなに妹っていいもんか?」
「何を言う!?……もしかしてお前、妹がいるのか!?」
「……いや、別にいないけど。急にどした?」
俺は妹の存在をこの世から抹消することにした。
ごめんよ妹、今だけ母体に還ってくれないか?
「いや、実際に妹がいるやつはな、「実際にいたらうざいだけだぞw」とか「妹モノとかまじで気持ち悪い」とか言い出すだろう?」
「ま、まあ……現実を知っていると夢を見るのもかなり難しかったりするからな」
「何を言う!? 妹とは存在そのものが尊いんだぞ!?」
「いやだからそういう考えになれねえんだよ……」
「はあ……お前のような妹よりも姉を選ぶような奴には何を言っても分からないようだな」
「そうかもしれねえな」
まあこればっかりは生まれた環境次第だから仕方ない気もする。
俺には姉がいないので妹より姉に惹かれるのもこれで説明がつく。
身近な存在に対して夢を見るのは難しい。リアルを知ってしまっているからだ。
むしろ、知らない方が色々と想像がはかどるというもの。
つまり、俺が想像上の姉に抱くような感情を二宮は妹に対して抱いているということだ。
俺が二宮の妹への愛が理解できないように、二宮からしたら俺がさっき言ってた義理の姉に甘えたいという心理は全く理解できないのだろう。
「ああ……オレに妹がいたら何でも言うことを聞いてあげて、めいっぱい甘やかせて、困ったときは頼りになるような理想のお兄ちゃんになるというのに!」
「それは立派な兄だな」
相手の感情が理解できないからといって頭ごなしに否定するのはよくない。
今の俺たちに必要なのは互いへの理解と配慮、そして歩み寄りのようだ。
「そして、心と身体も一つに重ねて仲良くやっていけるはずなんだよ!」
「それも確かに立派な──おい、お前今なんつった?」
先ほどの発言を撤回したい。こいつに必要なのは歪んだ思想の矯正と更生、そしておまわりさんのようだ。
「ふう……それにしてもよかった」
「何がだよ?」
「もしお前に妹がいたら嫉妬でお前を殺しかねない」
どうやら妹を母体に還したのは正解だったようだ。あやうく俺の人生が終了することだった。
死因:妹の存在。あ、これさっきと同じだわ。やはり妹は災いをもたらす存在なのか……。
「世の中にどれほど妹がいる兄がいると思ってんだよ。大量虐殺者として後世に名を残すつもりかよ」
「それにな……」
二宮はどこか遠い目をする。
「なんだよ?」
「お前みたいなイカレた奴が兄だったらその妹が不憫で泣けてくる」
「鏡見てこい」
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