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鷺宮凛の回想2とその閑話。

 

 夜になっても私は落ち込んでいた。


(おみくじには待人はやがて来るって書いてあったのに……)


 やがて来るどころか遠ざかっていく。

 これじゃあちっともあてにならない。


「凛、ちょっと大事な話があるんだけどいいかな?」


 扉の向こうからお父さんの声が聞こえる。


 一人になりたい気分だったけど、お父さんがいつにもなく改まっていたので素直に部屋の扉を開けた。


「なに?」

「ど、どうしたんだい!? 目が腫れているじゃないか!?」

「そ、そんなことない」

「どこかにぶつけた? それとも悲しいことがあった? お父さんに何でも言ってごらん!」


 悲しい気持ちになったのはお父さんのせいでもあるのに……。

 忘れかけていた腹立たしい気持ちがよみがえってくる。。


「だから違うって。それより大事な話って何?」

「いや、凛の様子に比べたら全然大した話じゃないんだ、それに受験勉強に集中しないといけないこの時期にどうして母さんは……」


 煮え切らない態度のお父さんが余計にむかついてくる。


「はっきり言って。」

「ああ……ちょっと怒った凛も可愛いなあ……」


 ちょっとどころではない。私はかなり怒っている。


「もうお父さん、キライ」

「ええ!? ごめん! ごめんね凛! だからお父さんのことは嫌いにならないで!? お願い!」

「……」


 冗談で言ったつもりだったのに、途端に涙目になってお願いするお父さんを見て少し心が痛んだ。


「それで、大事な話は?」

「えっと、どこから話そうかなあ……そうだね、凛は凛空とは仲が良い?」

「──っ!?」


 え……?

 どうしてそんなこと聞くの……?


 まさかお父さんが私の気持ちに……?

 いや、お父さんに限ってそれはない。


 でも。

 これは絶対に間違えてはいけない。

 間違えれば取り返しのつかない人生の分岐点──そう直感的に悟った。


 それなら何と答えるのが正しいの?

 何と答えれば私の願いは叶うの?


 ……。


 ……。


 ……。




 …………分からない。



「ああ、ごめんごめん。凛空は山市さんのいとこの子の名前なんだけどもしかして忘れちゃった?」

「忘れてない!」

「そ、そうか……」

「……ちょっと待ってて」


 と言い切って部屋の扉を閉める。


(たしかあれは……そうだ、ごみ箱!)


 急いでごみ箱をあさる。


「あった……」


 取り出したのはくしゃくしゃにしてしまったおみくじ。


 もう私にはどうしたらいいのか分からない。


 もし、本当に、私の待人がやがて来るという未来があるのなら──


 このおみくじが示す通りにすれば待人が来るという私の願いは叶うはず。

 このおみくじが待人はやがて来ると言っているのだから、おみくじの言う通りにしてそれが叶わないのはおかしい。


 もしそれで叶わなかったら神社に行って神様に直接文句を言いに行こう。恨みがましく毎日通ってやる。


 無理やり理屈を並べて、しわくちゃになったおみくじのしわを懸命に伸ばす。


 願事、失物、旅行、商売、学問、相場、争事、恋愛、転居、出産、病気、縁談。


 この中で私の願いに最も関係があるのはやっぱり願事。

 それと、恋愛も参考にしておくべき。


 願事は、


 ──素直になればじきに叶う


 恋愛は、


 ──焦るな ゆっくりと育むのが吉


 つまり、私の願いは素直になれば叶う。けれど恋愛に関しては、焦りは禁物。

 このおみくじは私にそう告げているはずだ。


 ……よし。


 それなら私の答えは決まった。


 部屋の扉を開ける。


「突然どうしたんだい?」

「ううん、なんでもない」


 お父さんが不思議そうに私の顔を見つめる。


「えっと、そうだ、質問の途中だったね。凛は凛空と仲が良い?」


 できるだけ純粋に、正直に、素直に。


「今は昔ほど仲良くない……」

「そうか、じゃあ──」

「でも……凛は!」


 お父さんの言葉を遮ってその先を紡ぐ。


「……仲良くなりたい、昔みたいに一緒に遊んで、おしゃべりしたいって……思う」


 率直な思いを口にする。


 正直溢れる想いは一度じゃ言い尽くせないほどにあった。

 だけど、恋愛に関して焦りは油断らしいから、あくまでいとことしての素直な想いを言葉にした。


「そっか……それならいいのかもしれないね」


 すると、よく分からない答えが返ってきた。


「……どういうこと?」

「山市のおじさんとおばさんは知ってるよね?」

「お母さんの弟がおじさんなんでしょ?」

「そうそう。その山市のおじさんとおばさんが今度海外に転勤するんだけど凛空はこっちの高校に通うつもりなんだ」

「え!?」


 確かに家族全員で海外に行くとは言っていなかったかも……。


「それで自分たちが海外勤務の間、凛空をこっちで預かってくれないかと頼まれたんだ。別に断ったとしても、元々凛空は一人暮らしするつもりらしいから全然大丈夫みたいなんだけど」

「そ、そうなんだ。じゃあ……うちに来るの?」

「まだ返事はしていないんだ。親としては子供が心配なのは分かるから、お父さんとお母さんは賛成なんだけど、凛のことを考えると勝手に決めるわけにはいかないさ。いとことはいえ、急に一緒に住む人が増えるってなると色々苦労するだろうし」


 そして、お父さんは私に優しく問いかけた。


「人見知りの凛が嫌がるだろうから断るつもりだったんだけど……どうする?」



 これが、私の人生で一番忘れられない大切な日だ。

 御利益はあったのか分からないけれど、今でもそのおみくじは大切に持っている。



 ◇



 鷺宮凛の人生が大きく変わるその十分前。

 リビングで鷺宮夫妻は娘の心配をしていた。


「どうしたんだろう? 今日の凛は元気ないように見えたんだけど……やっぱり正月に帰るのを楽しみにしていたのかあ……」


 少し後悔するように嘆くのは鷺宮雄示。


 雄示にとって一番つらいのは愛娘に嫌われることだ。目に入れても痛くないと本気で思っている娘の変化には気付いていた。

 しかし娘を溺愛するがあまり、雄示は娘の秘めた思いには全く気付いていなかった。


「私も凛があそこまで落ち込むとは思わなかったわ」

「もしかして、これが反抗期っていうやつなのかもしれない……僕、嫌われたかなあ……ああ、でも怒ってつんつんした凛も可愛いなあ……」


 雄示の顔はニヤけきっている。この境地に至ってしまえばもはや無敵である。


「凛も今年で高校生になるのよ? そろそろあなたも子離れしないと凛に鬱陶しいと思われるかもしれないわね」

「そ、そんなことはないさ! 凛だって将来はお父さんと結婚するって今でも思っているはずだ! 凛はいつでもあの頃のままなんだ!」

「そもそも凛はそんなこと言ってないわよね……」


 記憶の改ざんを指摘する恵。


「あなた、どうするの? もし凛に彼氏ができてその子を家に連れてきたら」

「まず一緒の墓に入る前提なのかと聞くね。返事に詰まる又は濁そうものなら即失格だ」

「いきなり重すぎるわね。それじゃあ彼氏がかわいそうよ」

「我が家の家宝に恐れ多くもお近づきになりたいというのなら、それぐらいの覚悟は当然じゃないか。……いや待てよ。家宝というのなら常に家にあるべきだ。ということは……やはり凛は嫁ぐべきじゃないな! よし! これからも父さんとずっと一緒に……」

「はあ……」


 子煩悩すぎる父親とそれに呆れる母親。なんだかんだでいいバランスの夫婦である。


「でも、凛の機嫌を損ねちゃったのは心配だなあ。受験も近いのに」

「そこまで不安になる必要はないと思うけど」

「でも、良い影響を与えることはないだろう?」

「まあ、そうね……」

「心配だなあ……心配だなあ……ああ、心配だなあ……」


 凛の成績は常に安定しているのでさほど心配していなかった恵だが、心配性が過ぎるがあまり、雄示が凛に不要なお節介を焼いて受験勉強の邪魔をすることは目に見えていた。


 そのため、恵は雄示にある提案をした。


「あなた、凛に凛空君のことを話してあげるといいわ」

「ええ? 凛空がこの家に住むかもしれないって言ったら逆効果じゃない? 人見知りの凛がストレスを感じて受験に支障をきたすと思うけどなあ」

「受験が終わるのは3月でしょう? それまで返事を保留するわけにもいかないわよ。一人暮らしの準備って色々と大変なのよ。断るなら早い方がいいわ」

「確かにそうだね。でも、それで凛の機嫌が直るとは思えないけどなあ」

「そうかもしれないわね。でもとりあえず凛に聞いてみなさい」

「……まあ確かに断るのは早い方がいいね、じゃあ行ってくるよ」


 雄示は凛の部屋へと向かった。


「凛が断るわけないのにねえ……」


 呆れたように、けれどもどこか優しく見守るように微笑みながら、恵は洗濯物をたたみ始めた。




 ちなみに凛が本来のあどけなさが残る少女から、上品で大人びた口調、振る舞いをする女子に変貌を遂げたのは凛空の影響なのだが、それはまた別のお話。



<質問コーナー>

Q「どうしてお父さんの身長は大体で山市凛空の身長は完璧に把握しているんですか?」


鷺宮凛さんの回答「想いの差。」


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