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鳥籠の中の少女【挿絵あり】

挿絵(By みてみん)

 それは、月も星も見えぬ真っ暗な夜だった。

 十代半ばの軽装な少年は一人、闇と同化した森の中を彷徨い歩いていた。

 夜風が吹き、少年の薄い長袖パーカーの裾と焦げ茶色の短髪が踊る様に靡いた。少年は漆黒の目を伏せ、両腕で自分の身体を抱き締めた。


「さ、寒い……」


 風が過ぎ去っても尚、体中に残る冷たさに少年はすっかり震えていた。

 少年は不思議に思っていた。例え、今が秋だと言っても朝晩は十分に冷え込む。当然、こんな薄着で外を出歩くなど無謀だ。しかも、この服装は家で過ごす時の格好だ。まさか、夢遊病だったのかと、少年は自分を疑った。――――そう。少年はここに来た経緯も、訳も知らなかった。気が付いたら此処に居て、何処へ行く訳でもなく彷徨っていた。


 家に帰りたい。


 そう思った事は一秒たりともなかった。家族や居場所に不満がある訳ではないが、自然と少年の意識と足はそちらへは向かなかった。

 少年のその姿は、誰かの手によって創り出された物語の世界を歩く主人公の様だった。物語の主人公に意思などなく、作者の意図によって行動を起こすだけ。言うなれば、ただの人形だ。

 少年のズボンのポケットから、金色の光が溢れた。少年はポケットに手を突っ込み、その源を掴んだ。薔薇の装飾が彫られた金色の懐中時計だった。光はまだ溢れている。そして、ポケットから取り出した事によって、より強い光が辺りを照らした。少年の周辺だけスポットライトが当たったかの様に明るくなり、足下も鮮明になった。


「この懐中時計……こんな機能付いてたっけ」


 少年は首を捻るも、それをライト代わりにして歩き出した。

 すると、草に埋もれかけた石造りの階段を発見した。懐中時計の光で階段の奥を照らしてみても、先は全く見えなかった。冷たい風も押し上げて来て、それが悪霊の呻きの様に聞こえた。少年の身体は震え出す。

 この先は行かないでおこうと、少年が決意して踵を返した――――その時。

 風の呻き声とは違う声が、木々の隙間を通り抜けた。濁った高めの声、人間とは違う生き物の遠吠え、恐らくは狼だ。

 少年の顔は真っ青になった。


「ど、どうしよう……」


 少年の頭は色を失くしていた。

 木々が揺れ動き、少年の肩が勢いよく跳ねた。


「う……うわあぁぁっっ!」


 少年は夢中で走り出し、階段を下りて行った。




 階段はひたすらに続いた。時折、冷たい風が吹き上げて少年の身体を震わせる。自分の足音だけが静かに反響し、それは少年の心に更なる孤独感と言う寒さを与えた。

 先の見えないゴールに、少年の足は何度も歩みをやめて後ろへと戻ろうとした。けれど、後ろを振り向いてみても、同じ闇が続くばかり。結局、戻ろうが、進もうが、同じ事だった。

 それならば、このまま先へ進んでみよう。その考えは少年自身のものではなく、この舞台を創り上げた“外側”の人間の意思の様なもの。少年は気付かずに、自分の出した答えと信じて歩を進める。

 誰かによって定められた話ならば、必ずゴールはある。この闇の向こうに、必ず光はある筈だ。そして、それはやがて訪れる。

 少年の目の前にはもう階段はなかった。ゴールに辿り着いたのだ。否、ゴールの扉の前……と言った方が正しいか。

 少年は視界を覆い尽くす銀色の扉を押した。

 ギィ…………と鈍い音を立て、扉はゆっくりと開いた。中から沢山の光が溢れ、少年は懐中時計を持っている右手で目を覆い隠した。その時には、懐中時計の光は消えていた。

 光が瞼の内側まで入って来て、焼ける様に痛い。ずっと暗闇に居たのだ。それは当然の事だった。

 少年の目がようやく光に慣れて来ると、少年の瞼は自然と持ち上がった。


「何だ? この部屋は……」


 少年は、視界に飛び込んで来た異空間に驚いた。幻覚を見ているのではないかと思い、何度目を擦って瞬いてみるも、その光景は少しも変化を見せなかった。

 白と黒が創り出す市松模様の床に、ラメが散りばめられたかの様な美しい薄紫の空。何処へ繋がっているのか分からない、濃い紫の絨毯の敷かれた純白の階段。振り返れば、そこには確かに触れた筈の扉がなくなっており、代わりに崖があった。少年は世にも不思議な異空間に見とれるも、それに気付くと身震いがした。

 崖になっているのは此処に限らない。この部屋に壁はなく、周りは全て崖になっていた。少年の足場となっている場所が宙に浮いていたのだ。

 この部屋の中央から向こうを遮る大きなシルクのカーテンが、独りでに揺れ動く。風は吹いていない。少年は向こう側が気になって、カーテンに歩み寄った。

 カーテンに手を掛けた時、声がした。


「ねえ、そこの金髪のお兄さん」


 おっとりした口調の少女の声だ。


(金髪のお兄さん? 誰の事だろう)


 少年は疑問を抱きつつも、声の主を探した。


「ねえ、お兄さんってば。こっちですよ」


 少女の声がまた聞こえ、少年はカーテンの向こうに視線を遣った。


「あ…………」


 少女はそこに座っていた。それも、普通ではない状況で。思わず、少年は息を呑んだ。何と、少女は大きな鳥籠に捕らえられていたのだ。

 少女は少年と目が合うと、ニコリと笑った。


「何をぼんやりしているの? 私はお兄さんを呼んだのですよ?」

「え? 僕を? だって、キミは“金髪のお兄さん”って……」

「だから、あなたの事です。さあ、こっちへいらして?」

「…………うん」


 相変わらず訳が分からなかったが、少年は渋々少女の檻に近付いた。

 少女は少年が目の前に来ると、また笑顔を見せた。とても、愛らしい笑顔だった。

 透ける様に白い肌に純白のドレスを纏っていて、腰から下まで伸びる髪は水色、光を沢山取り込んだ細められた瞳は綺麗な海の色だった。靴は履いていない。どの要素を見ても、この世の者とは思えない美しさがあった。例えるなら、この前少年がプレイしていたロールプレイングゲームのお姫様の様な存在に見えた。

 少年は少女の外見も気になったが、それよりももっと気になるものが少女と自分との間を隔てていてそれを口にした。


「……この鳥籠は何? どうして、こんな所に入っているの?」

「好きで入っているんじゃないの……閉じ込められたんです」

「と、閉じ込められた!? 誰がそんな酷い事を……」

「お兄さんもそう思う?」


 笑顔で語る少女に、少年は憂いの顔をして頷くしかなかった。

 少女は両手で鉄格子を掴み、顔を出来るだけ少年に引き寄せた。少年は少女の顔が近くなった事に、頬を赤らめた。間近で見ると、睫毛も長く整った顔立ちで、益々笑顔が眩しかった。


「それなら、私をどうか外へ連れ出してはもらえませんか?」

「えっと……それはいいけど、さ。この鳥籠、何処にも開ける所がないよ?」


 少年は鳥籠全体を見渡し、困った顔をした。

 少女は笑顔のまま。


「魔法によって創られたものですから、当然です」

「ま、魔法? そんなの二次元だけでしょ……何、変な事言ってるんだよ」


(この、ちょっと頭おかしいのかな)


「ですが、心配はありません…………」


 少女は言いながら、少年の肩に手を伸ばした。

 両肩をがっちり掴まれ、少年は身動きが取れなくなった。特別に、少女に強い力がある訳ではないが、少年はもっと別の力で押さえつけられていた。それは、精神を鷲掴みにされた様な感覚。恐怖心だった。

 少女の笑顔が歪み、顔に陰が掛かった。


「少しの間、お借りしますね」


 少女の囁く様な声を聞いたのを最後に、少年の意識は途絶えた――――。

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