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学徒旅行記  作者: 亀山三河
悪夢
9/13

第一章9 最初の目的地

 人生初めての東北地方。それが福島県いわき市となった。そんな記念すべき一歩は、夏芽に台無しにされた。僕は今、夏芽に対して非常に腹を立てている。

だってそうだろう。誰でも列車から降りるときに、いきなり背中を押されたら――しかもそれが、初めて行く都道府県だったとしたら。初上陸の雰囲気をぶち壊しにされたのだ。こればかりは誰だって怒るだろう。

「俊二君、機嫌直してよー」などという、不愉快さを全面に出した夏芽の声が背後から聞こえてくるが、しばらくは気にしないことにしよう。僕はそう心に決めた。

 しかしそう決めたのも(つか)の間。言葉では通じないとわかった夏芽は、僕の肩を揺するとい強硬手段に転じたのだ。こればかりは逆効果な気がするし、正直鬱陶(うっとう)しい。ただ夏芽の性格を考えると、何かしらの反応をしないとこれはずっと続くだろう。


「わかったよ、夏芽。怒ったこっちも悪かった。」

このまま無視を続けるのも良くないと思い、僕は嫌々そういった。僕は夏芽の気合に負けた。――佐上夏芽とはそういう女だ。




それから僕たちは、ようやく改札を抜けていわき駅を後にした。「早くこっち行こうよ!」と、いかにも上機嫌な夏芽が僕の手を掴んで前に引っ張ろうとする。――その時にふと時計を見たが、十一時二十分ごろだった。


すると突然、僕の前方から「グー」という鈍い音が鳴った。


「夏芽…?」

その音の正体であろう少女に、僕は目を細めて声をかけた。


「なにかな?俊二君。」

 満面の笑みを浮かべて夏芽が振り返った。しかし、その笑みが単に腹が鳴った音を誤魔化すためのものでしかないことを、僕はとっくに見破っている。


「お腹が空いているなら、素直にそう言いなよ。」

「えへへ、ごめん。」

夏芽は頭を掻きながら、照れくさそうに答えた。心にもない反省の言葉。佐上夏芽は変わらない。



「やっぱり、いわきといえば海の幸だよね?」

 僕は夏芽にそう話しかけた。夏芽は僕の両肩に手を置いた。――興奮しているのか、彼女の荒い息が僕の顔全体にかかる。彼女の栗色の瞳は、頭上の白い光を反射してか、その黒縁眼鏡を透き通してキラキラと好奇の色に輝いていた。


 やはり彼女は、食事という行為に目がないのだ。果たして彼女の今回の旅行の目的は、本当に春駒地神社に行くことなのかと僕は(はなは)だ疑問に思った。


「夏芽。一応言っておくけどお昼ご飯代は奢りじゃないからな。」

「もちろんわかってるって。」

 ムッとした彼女の鋭いツッコミ。しかしそれが本当かどうかはわからない。――夏芽のことだから、難癖をつけて僕に奢らせようとしているのではないか。僕はそう疑ってしまう。


「あー。もしかして俊二君、私が難癖をつけて君に奢らせようと企んでるんじゃないか、って疑ってるでしょ。」

 夏芽がジト目で顔を近づける。夏芽の荒い息が再び顔にかかる。


「まさか、そんなわけがないじゃないか。」

 とっさにそう答えたが、僕の声は上ずってしまったので、きっと夏芽にはバレている。しかし夏芽がそれ以上追及してくることはなかった。――正直言って、一番タチが悪いタイプだ。



 それから夏の海風を感じながら歩くこと約十五分。途中夏芽が「夜明け市場に行きたい」と駄々をこねるという事態にこそ見舞われたが、それ以外の事件が起こることはなかった。そうして僕たちは、昔ながらの雰囲気が溢れる海鮮料理さんに着いた。


「ここが、俊二君が調べてくれた海鮮料理屋さん?」

「ああ、そうだよ。」


 僕たちの後ろから吹いてきた風が、目の前にあったのれんをさらった。まるでその海鮮料理屋さんに「こっちにこい」と招かれているかのように感じられた。――もちろん僕たちは、その誘いに乗ってのれんをくぐり、店内へと足を進めた。

 そこから店員さんに案内されて、僕たち二人が席に着くまでは早かった。


 そこは、心地よい風が吹いている窓際の席だった。窓から吹く風が、先ほどののれんのように、正面に座った夏芽の髪をさらう。


「おっと、髪を結んでおかないと。」

 そう言うと夏芽は、手提げ鞄からヘアゴムを取り出して、それを口で軽く(くわ)えた。それから両手で、その長い髪を頭の後ろにまとめた。それから口に咥えたままのゴムを片手にとり、頭の後ろにまとめていた髪に巻き付ける。――俗にいう、ポニーテール姿に夏芽はなった。

なぜだか僕は、各テーブルに一つだけ置かれたメニューに手を伸ばすことを忘れて、髪を結んでいる夏芽の一連の動作に釘付けになってしまった。


「何よ。これも一応マナーよ。見世物じゃないんだから。」

 僕の視線に気が付いた夏芽は、僕から必死に顔を背けた。すると彼女の、普段はあまり見ることができないうなじが(あら)わとなった。――これはこれで良い。

 そんなことを僕が考えているのを悟られないように、僕はおしぼりで必死に顔を隠した。――しかし。


「バレバレよ、俊二君。」

 おしぼりを通り越して、呆れかえった夏芽の声が聞こえた。



「…もう。そんなことをしていないで、いい加減注文しましょう。」

 夏芽の声はもう、一周回っていつもの調子のようにすら感じられた。それから夏芽は、各テーブルに一つずつしかないメニュー表を取った。それから一通りメニューを眺めた後、店員さんを呼び出した。

 しかし、夏芽は気づいているはずだ。僕は注文を決めるどころか、メニューを一度も見ていない、ということに。


「あのー、夏芽さん。まだ僕は注文を決めていないんですけど…。」

「俊二君の料理は、さっき私のことをずっと見ていた罰として私が決めました。」

 予想すらしていなかった言葉が返ってきて、僕は腰を抜かすほどの思いだった。「奢らされる」という行為よりも「食べたくないものを勝手に注文される」という行為の方がよっぽど悪質なのだという思いが、この瞬間に僕の頭の中を駆け巡った。


「安心して。これでもきちんと俊二君が好きそうなものを頼むつもりだから。」

 満面の笑みを浮かべて夏芽はそう答えた。その笑顔は、それを見たほとんどの男性が、彼女がこれからする罪深き行為を許してしまうほどのものであった。


 しかし幼いころからの付き合いの僕には、夏芽の攻撃は効かなかった。

「とてもじゃないが、信用できないな。」と僕はあえて口に出した。

「いいから。悪いようにはしないから、俊二君は私がなにを頼んだのかが聞こえないように、どこかへ行ってて!」

――理不尽に怒られた。


しかしこれほど念を押しているときの夏芽が嘘を言っているようには思えない。長年の経験からそう判断した僕は、席を離れてやることにした。

「まったく。最初からこうなることを望んでいたんだったら、素直にそう言えよな。」と、僕は席を離れるときに、このような言葉の置き土産を残してやった。

久しぶりに夏芽について掘り下げたシーンを描いてみましたが、いかがでしょうか。

(私の小説はこうでなくては、という感がなんとなくできてしまっている…)

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