第一章7 いざ出発!
長い長い通路を抜けて、東北線ホーム前に躍り出た。そこから長いエスカレーターに揺られ、いよいよ早朝の静かなホームに着いた。やはり旅行前のホームはいつものそれとは一味違い、「これから旅行に行くのだ」という気分を盛り上げるのに一役買ってくれる。どんな旅行――いや、全てにおいて序盤というものは重要な役割を占めるのだ。
そんなことを考えているうちに、いよいよ列車が入線した。券売機で事前にクリーン券を購入しておいたので、目の前に到着したクリーン車に乗り込む。この列車にはこれから、水戸駅までお世話になる。そこから別の列車に乗り換えて、最初の目的地――いわき駅まで向かいそこで昼食を摂る予定だ。
車内に入ると、夏芽は二階席へと足を運んだ。そして左側にある席に座った。早くこっちにこいと、夏芽は空いている隣の席を手でトントンと鳴らした。僕は「はいはい、分かりましたよ夏芽さん」と言葉で返し、夏芽の隣の席に座った。夏芽は旅行への期待で満足気な表情に見えた。
僕が着席すると、夏芽は手提げ鞄からメモを取り出し、それを読み上げた。
「これからまずはこの列車で水戸まで向かう。そして乗り換えて、いわきで降りる。そこでお昼を摂ってから、十二時十三分に常盤線に乗る。そして原ノ町で乗り換え、仙台へ向かう。そのまま仙台駅周辺を散策してから十七時四十二分に東北線で一ノ関まで行き、多船渡線に乗り換え気仙沼。そしてそこから今回の旅行の目玉の一つ、多船渡線BRTに乗り換えて、奇跡の一本松駅で降りる。そして予め私が予約しておいた宿に泊まる。それから翌日に、徒歩で春駒地神社と奇跡の一本松に向かう。
それで、帰りはその時の疲労具合によって、新幹線で帰るか在来線で帰るかを決める。
これで問題ないかな?俊二君。」
夏芽が読み上げた予定を一通り確認して、僕は「問題ないよ。」と一つ返事をした。僕たちの旅行では、いつも東京駅を出るときに夏芽が、二人で作った旅行中の予定を読み上げることになっている。僕が夏芽と一緒にいて、唯一見ることができる夏芽の学級委員長らしい一面だ。――もっとも、本来であれば家を出る前に確認すべきことではあるのだが、あえて旅行中に読むことにより旅行中の気持ちが高まる気がするのだ。――要はこの予定の確認も僕たちの旅行の楽しみの一つであり、ただの気分づくりのために行っていることだ。
「…でも、帰りの新幹線代はどっちが払うの?」
「それはさすがに、自分の自分は自分で払うよ。それとも、また列車当てゲームをして負けたほうが払うことにする?」
「それは勘弁してよ…。」
一つ気がかりだったことを夏芽に聞いてみたのだが、これは聞かなきゃよかったと、僕は少し後悔した。こればかりは夏芽の冗談であってほしいと願いつつ、僕は苦笑した。
そんなことをしているうちに、いつの間にかホームは見えなくなっていた。
それからしばらくすると、列車後方から車内販売員さんの声が聞こえた。今では採算性の問題もあってか、ほとんど見ることができない車内販売が来るのだ。そう思うと、僕は何かを買わずにはいられなくなってしまった。そこで、列車当てゲームの時の夏芽の一言を思い出した。
「夏芽。列車当てゲームの時に『ジュースでも買ってあげる』って言ってたよね。」
「…まったく、俊二君はどうして高いほうで欲しがるかな…。」
「だってコンビニで買うよりも車内販売の方が雰囲気出るじゃん。」
夏芽は文句を言いつつも、「車内販売の方が、雰囲気が出る」という点には同意したらしく、自分の手提げ鞄から財布を取り出した。最初は文句を言っていても、こういう時にきちんと断れないのがいかにも夏芽らしい。
いよいよ待ちに待った車内販売が、僕の真横に来た。僕はそれを呼び止めると、「しゃかりこを一つください。袋は大丈夫です。」と迷わずに行った。――車内販売員さんが、僕の座席前方にあるテーブルにしゃかりこを置く。それと交差するように、夏芽がしゃかりこ代を手渡す。そうして用を済ませた車内販売員さんは、軽く一礼をして車両から出た。その様子を見ていた僕は、夏芽にすかさず「随分と準備がいいね」と言った。嫌味などではなく、車内販売員さんに即座にしゃかりこ代を手渡すことができた夏芽を少々不思議に思ったからだ。
「俊二君がしゃかりこを頼むことは、大体予想がついたからね。昔から変わらないわね、俊二君は。子供なんだから。」
夏芽は平然とした素振りでそう答えた。夏芽の口から最後、僕の癪に障る一言が聞こえたような気がするが、しゃかりこに免じて許してやろう。――なんてことを考えながら、「夏芽も食べなよ。」と言って、しゃかりこの蓋を開けて僕のテーブルの夏芽側に置いた。その時に返ってきた夏芽の「俊二君がそう言うなら、貰っておこうかな。」という返事には、最初からここまで計算通りだった、という夏芽の心の内が垣間見えた。――佐上夏芽とはそういう女だ。
そんなことを話しているうちに、列車は北千住駅を出ていた。かつての常磐新線との並走区間も終えて、列車はいよいよ千葉県に差し掛かろうとしていた。――出発した千葉県に、また戻ってきたのだ。なんだか遠回りをしたような気がするし、実際遠回りをしている。だが、東京駅の雰囲気を味わってから旅行に出るためには仕方のない犠牲なのだ。僕たちは時間を売って雰囲気を買った。それこそが、旅行というものではないだろうか。…なんて一人語りも、我孫子駅を通過するときの、夏芽の興奮した声にかき消された。
「俊二君、見てよ。あのホームにある立ち食い蕎麦屋さんって、テレビで紹介されていた大きな唐揚げのお店じゃないかしら?」
「ああ、そうだよ。夏芽は昔から変わらないな。子供なんだから。」
一人語りを邪魔された恨みを込めて、車内販売の時の夏芽の言葉をそっくりそのまま返してやった。夏芽はムッと顔を膨らませたあと、窓の方をじっと見ていた。――それから水戸駅で降りるまで、夏芽はずっと僕と口を利いてくれなかった。
ようやく二人が出発しましたね。旅行記、って感じです。(?)
あ、先に言っておきますが「常盤線」。こちら本家は「〇磐線」です。つまり「磐」の漢字が違う、と気づいた方もいるでしょう。しかしこれは仕様です。
駅名は地名を兼ねているので特別なことがない限りそのまま使用しますが、路線名については実際のものを少し変えたものを使用しています。(それを考えるのが、意外と楽しいのです)
――うまい締め方がわからない。
ではまた次回!←おい