第一章11 終わらぬ震災
列車の発車一分前。ギリギリ僕たちはホームに到着した。夏芽はハアハアと息を切らしてしまっている。そんな夏芽の手を引いて、ちょうど入線していた列車の先頭車両に乗り込んだ。僕は運転席の後ろの窓に立った。
僕たちが乗り込んでからおよそ三十秒後。列車は軽快な音を立てていわき駅を出発した。
「どうして今回は先頭車両にこだわったの?俊二君。」
鋭い目をした夏芽が僕に聞いてきた。無理もない。ただでさえ息を切らすほど疲れていたのに、その状態で無理やり先頭車両まで走らされたのだから。
それに対し僕は、予め用意しておいた言葉を話した。
「この先の富岡駅から浪江駅までの区間のため、って言ったらわかるかな?」
「なるほどね。」
夏芽は僕が言いたいことをすぐに理解して、目に見えるように態度を変えた。目つきも先ほどまでの鋭いものから打って変わって、丸みを帯びたものへと変化した。
「夏芽。僕がどうして今回、わざわざ遠回りの常盤線経由で春駒地神社に行くことにしたか、わかるかい?」
「それはもう、ここまでくればわかったわよ。
でも、どうして急に被災地廻りをしようと思ったの?」
夏芽は不思議そうに、手を口に軽く当てながら首をかしげてそう聞いてきた。
「僕はあの時――震災発生当時。当時の知らせを聞いたときにふと『僕の町で起こらなくてよかった』って思ったんだ。それを今も後悔している。
関東で生まれ育った僕たちにとって、知人がいるわけでもなく、縁もゆかりもない場所。でも同じ日本であることに変わりはない。それなのに当時の僕は、それを他人事としか受け止めることができなかったんだ。だから僕は、あの地震による被害を『数値として』しか知らない。
だから僕は、今回の旅行で被災地を訪れることで、あの時のことを心に焼き付けたいんだ。時に人は、自分の目で見ないとその被害について目を向けることができないからね。
それに、復興した後に『訪れる』ということも支援の一つになるかな、って思ったからさ。」
なるほどね、と夏芽は頷いた。
「優しいんだね、俊二君は。」
夏芽はそういうと、微笑んだ。
気が付けばいよいよ列車は、富岡駅に着こうとしていた。
「本当は、今回復活した夜ノ森駅と大野駅、それに双葉駅にも行きたかったんだけどね。」
「しかたないわよ、今回は時間がないのだから。
次に来た時のために取っておきましょうよ。」
「それもそうだね。
それよりも、ここからがいよいよ問題の区間だ。」
富岡駅から浪江駅までの区間は、先述の通り東日本大震災の影響で、つい最近までは運休となっていた区間である。それが2020年3月14日の春のダイヤ改正により、見事復旧となった。当初常盤線全線復旧は何十年とかかると言われていたのだが、それをものの九年でやってのけたというわけである。
列車が富岡駅を出発した後。僕たちは目の前に広がる車窓に向かって黙とうをした。
この区間については問題の原子力発電所に近く、未だに帰宅困難区域となっている地帯がほとんどだ。津波により線路が流されていた区間もある。
沿線に広がる壊れた建物。そして人通りのない道路。その中を一本の列車が走り抜けているというのは、車内からでもとても異様に感じられた。
そのすべてが、「まだあの震災は終わっていない」ということを物語っていた。そしてその情景を見ているうちに、僕は自然と涙が流れていた。
「俊二君、泣いているの?」
なんて声を掛けてきた夏芽の顔にも、涙の痕が見えた。声を掛けてきたときの話し方も、いつもの僕を茶化す時のそれとは明らかに違っていた。
九年前まではここで平和に生きている人々がいた。でもその平和はたった一度の地震によって壊されてしまった。その無念さとともに、少しずつではあるが着実に、復興への道を前に進んでいっているのだという思い。
今ここで僕の頭を駆け巡った数々の思考はきっと、この地に来なければ永遠に抱くことができなかっただろう。
十年、二十年と経った後、この地域にまた来た時にはもっとたくさんの声を聞くことができますように。そんな願いを込めて、僕は手を合わせた。
そんな僕たちの気も知れず、列車は何事もないかのように浪江駅を出発した。
それから原ノ町駅で乗り換えて、僕たちは東北地方最大の都市――宮城県仙台市へと向かった。
二日ぶりですね、亀山三河です。
この話については、色々と下調べが必要だったために少々投稿が遅くなってしまいました。
私自身も関東在住のため、俊二君の言葉には重なるものがあります。(というか、東北自体行ったことがないので友人の話を元に書きました)




