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アンデッドの体

「な、なんで、どうして……!?」


自分の体から心臓の鼓動が感じられない。

あまりの事態に、レイは目の前の巨灰熊ギガントグリズリーの死体も目に入らなくなるほど取り乱していた。


心臓が動いていないのに、どうして自分は立っていられるのか。

実は本当はもう死んでいて、幽霊にでもなっているのではないか。

しかし食事をすることはできたし、空腹感もあったわけでーー


行き場のない思考が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。

混乱するレイだったが、この場所で目を覚ました時のことを思い出す。

大量の血を流し、もう自分は助からないと思って意識を失った。

にもかかわらず、再び目を覚まして活動している。

そして、鼓動の止まった心臓。


そこから導き出される結論は一つ。


「ぼ、僕、アンデッドになっちゃったの?」


アンデッド。

生命を失った生物の死体が、ダンジョン内の澱んだ魔素によって、あるいは人為的な魔法の力によって蘇ったモンスター。

その種類は多岐にわたり、ゾンビやスケルトンのような自然発生するタイプや、リッチーやヴァンパイアのように儀式によって人間が変質した者もアンデッドに含まれる。

実際に相対したことはないが、子供の頃から冒険話を聞くのが好きだったレイは、そういった世の中に存在するモンスターに関する知識は多い方だった。


しかしレイの知る限りでは、自然発生するアンデッドには意識など無いはずだ。

残っているのは本能である食欲や生者に対する憎悪くらいのもので、当然対話など不可能だと聞いている。

にも関わらず、なぜレイには生前と変わらない記憶や意識が残っているのか。


その点ははっきりしないが、状況的に自分がアンデッド化したと考えるのが妥当だとレイは思った。

一度死亡して、何らかの原因によって蘇ったのだと。


(じゃあもしかしてこの力も、アンデッドになった影響……?)


実際に、強い腕力を持つアンデッドはかなり多く存在する。

上位のスケルトンやゾンビの集合体のようなモンスターは、大の大人を軽く弾き飛ばすほどの力を発揮するらしい。

これらのアンデッドは、体格に見合わないような強い力を持つのが恐ろしいところである。

人とほとんど同じ大きさであっても、明らかに人の域を超えた腕力を持っているのだ。


アンデッドになった影響で怪力が身についたと考えれば、自分があれほどの大岩を動かせたことに説明がついてしまう。

そしてもし、本当にアンデッドになっているのだとしたらーー


「ど、どうしよう……これじゃ街に帰れない……」


当然ながらアンデッドは人間と敵対する存在であり、一般的には「やっかいなモンスター」として知られている。

ギルドから大量に発生したアンデッドの討伐依頼が出されることも時折ある。

更にこの国の国教を司る教会は、国内で発生したアンデッドの殲滅を使命の一つとして掲げている。

アンデッドを見つける術にも長けているはずだ。

そして教会は全ての主要都市に支部を持っており、コルタナにも支部がある。

もし教会の人間に自分がアンデッドになってしまったことが知れたら、ただではすまないだろう。


ここを出たらおばさんの店で働くか、どこかの空農地で小作農でもやれないかと考えていた。

しかし今の自分が街に行ったり人に会ったりするのは、アンデッドだと知られるリスクがある。

こうなってはもう、ダンジョンを脱出しても行き場がなくなってしまった。


「もういっそ、ずっとここにいようかなぁ……」


半ばやけっぱちになりながら、ぼそりとつぶやく。

街に戻っても、あるいは故郷の家に戻っても、自分のような存在は厄介事の種でしかない。

例え意識があり会話ができるとはいえ、アンデッドであれば教会の討伐対象だ。


それに、今はこうして普通に過ごせているが、いつゾンビやグールのような意識のないアンデッドに変わってしまうとも限らないのだ。

それくらいなら、いっそもう自分はここで一人で暮らしていく方が、誰の迷惑にもならないのではないか。


(あれ?そう考えると、ここで暮らすのも意外といい、かも?)


こういった地下のダンジョンは構造を完全に把握するのは難しいため、基本的に内部はどの国の領地でもないということになっているはずだ。

定期的にモンスターが湧くのが当たり前なので、当然こんな所に住もうなどということは誰も考えない。


しかもこのダンジョンはまだギルドにも発見されておらず、巨灰熊ギガントグリズリーがいたことを知っているグラン達はもう戻ってこないだろう。

ギルドや他の冒険者達がここを見つけるまでの間であれば、誰にも会わず一人で暮らしていけるのではないだろうか。


「それに、この力があれば大抵のモンスターは追い払えそうだし」


ぐっと小さく握り拳を作って、先程の戦闘を思い出す。

無我夢中で石を投げつけただけなので戦って勝ったとは言い難いが、巨灰熊ギガントグリズリーを倒すことにも成功したのだ。

ダンジョン内で長期間過ごしても、自分の身を守ることくらいはできるのではないか。

かつて自分を圧倒した巨大な化け物を倒した高揚感からか、レイは少し大胆な考え方になっていた。


それにこの空間があることも自分にとって幸運だ。

最初この空間は閉ざされていたにも関わらず、モンスターの溜まり場になったりはしていなかった。

天井の穴のおかげかはわからないが、この場所は魔素があまり淀んでおらず、モンスターが発生しにくいのかもしれない。

なら出入り口さえまたしっかり塞げば、安全な寝床として使えるだろう。


冒険者として活躍することは諦めて、静かに畑でも耕して生きていきたいと思っていたところだ。

その機会が巡って来たと考えよう。

レイは考え方が徐々に前向きになってきた事を感じながら、勢いをつけるように声を上げる。


「よし!そうと決まれば、このダンジョンをもう少し調べてみよう!」


これから自分が暮らすことになる場所だ。

ダンジョンの外に繋がる道はどこか、危険な場所はないのか、色々と把握しておきたい。

当面の目標ができたことで、行動する気力が湧いてくる。

そう言って立ち上がり早速出発しようとしたところで、目の前に広がる惨状を思い出す。


レイの怪力による投石の余波で地面は抉れ、巨灰熊ギガントグリズリーも大穴のあいた無惨な死体を晒している。

これだけ強力な魔物の素材なのだから、換金所に持ち込めばかなり高額な査定額がつくだろう。

とはいえ自分はもう、おいそれと街には戻れない体になってしまったのだ。

一応何かに使えそうな爪や革などを剥ぎ取って、あとは燃やしてしまおうか。


モンスターの討伐依頼にレイはまだ数えるほどしか参加したことはなかったが、特定の部位を剥ぎ取った後のモンスターの死体は必ず埋めるか燃やすかしていた。

依頼を受注する際にも、ギルドの受付からはそうするよう定型文的な指示を受けていたのをおぼえている。

だが、なぜそうするのかは気にしたことがなかった。

そんなことを思い出しながら死体をじっと見ているとーー


「……美味しそう」


自分の口をついて出た言葉に少し驚いたが、ひどく空腹であるということにも気づいた。

何故かこの体になってからというもの、ほとんど疲労は感じないが、空腹を感じる頻度が上がっているような気がする。

自分は体も大きくなく、それほど大食いではなかったはずなのだが。


それも、モンスターの死体を美味しそうだと感じるほどの食欲とは驚きだ。

これまでにモンスターの肉を食べている人など見たことはないし、モンスターの死体を見ても食欲など感じたことなどないのだが。


「まぁいっか、お腹が減ってるのは確かなんだし。お肉なら、焼けば食べられるよね!」


疑問はひとまず置いておき、巨灰熊ギガントグリズリーの解体に取り掛かることにする。


モンスターの解体作業は、冒険者の間でも忌避されがちな作業だ。

体は汚れるし匂いはきついし、地味で疲れる作業として下っ端や駆け出しにやらせる雑用、という扱いで通っている。

しかし幼い頃は田舎で暮らしており、時折村の猟師が捕ってきた野うさぎや鹿の解体を見たり手伝ったりしたことのあるレイにとっては、さほど敬遠するような作業ではなかった。

今回もそういった経験のおかげか、初めて解体するモンスターの割には手早く作業を済ませることができた。


解体を終えると、今度は焚き火を作るために樹の周りに何本か落ちていた枯れ枝を薪にするべく拾い集める。

そして持っていた火打ち石とロープをほぐして作った火口ほくちで火種を作り、薪をくべていった。

片腕での作業なので多少苦労したが、雑用係の仕事として何度もやった野営の準備で火おこしには慣れていたおかげでなんとか成功する。


最後にナイフで先を尖らせた枯れ枝に、適当な大きさにカットした巨灰熊ギガントグリズリーの肉をいくつか刺して焼いていく。

鶏でも豚でもない、巨灰熊ギガントグリズリーの串焼きだ。

塩などの調味料はないが、この際仕方がない。

頃合いを見て、レイは脂の滴る肉に勢い良くかぶりついた。


「ん!おいひい!」


想像以上の美味しさに、驚いて声を上げる。

肉をただ焼いただけとは思えないような、素晴らしい味がしたのだ。

鶏肉や豚肉よりも少し硬くクセもあるが、脂の旨味が強く、とても濃厚な野趣の溢れる味だった。

塩や香辛料でさらに味を整えることができれば、野外の食事としては最高のご馳走になるだろう。


最近は肉なんて滅多に食べられなかったから美味しく感じるのかな、なんてことを考えながら、味わうようにじっくり噛み締める。

そうやってモンスターの串焼を堪能していると、ふと疑問が湧いてきた。


(こんなにおいしいのに、なんでみんな食べないんだろう?)


一般的に街に出回っている肉は、食用に育てられた豚や鶏、あとは近くの森で獲れた野うさぎや鹿の肉だ。

牛や羊をよく食べる地域もあると聞いたことがあるが、レイのいた農村やコルタナではほとんど見たことがなかった。


しかしそれ以上に、モンスターの肉を料理している店の話というのは見たことも聞いたこともなかった。

故郷の農村にはそもそもモンスターが出ることがほとんど無かったので、その肉が出回っていないというのはわかる。

だがコルタナの街でも出回っていなかったのは、今になって考えてみれば不思議だ。

小動物系のモンスターを討伐することは、それなりに経験をつんだ冒険者にとってさほど難しいことではない。

にもかかわらず、それらの素材として出回っているのは皮や爪ばかりで、肉は換金所でも取引されているのを一切見たことがない。


(このくらい強いモンスターじゃないと美味しくない、とか……?よくわかんないけど)


レイの知識ではこれといった答えは得られそうになかったので、とりあえず自分が食べている肉は美味しいということに満足しておく。

食欲のままに片っ端から切り取って焼いていき、レイが普段の倍は食べたかと思うくらいのところでようやく満足する。

しかしそれでも巨大な体のモンスターから取れる肉はまだまだ残っていた。


「でもやっぱり、食べる量が増えてる気がするなぁ」


そう言って、左手で自分のお腹をさすってみる。

特に体が大きくなったような気はしないのだが、確実に以前よりも食事の量が増えている。

これもアンデッドになった影響だろうか。


と思ったところで、解体作業や戦闘で汚れた手や衣服が目についた。


(そういえば、ここに来てから体を拭いてないかも)


軽くすんすんと自分の体を嗅いでみたが特に臭いはしない。

だが自分の臭いは自分では気づかないものだし、一度体をきれいにしておいたほうが気分的にはいいだろう。

ついでに先程解体して手に入った素材も臭い始める前に洗って、汚れや余分な脂などを取り除いてしまいたい。


レイは洗っておきたい素材をいくつか抱えると、一旦火の側を離れて川の方へと歩いていった。

そして爪や牙、毛皮の内側などを丁寧に洗ってきれいにしておく。

一通り洗い終えると今度は服を脱ぎ、来ていたシャツを川の水で軽く洗ってから、そのまま手ぬぐいの代わりにして体を拭いていった。


「う、ちょっと冷たい……。アンデッドって冷気に強いんじゃなかったっけ」


うろ覚えの知識を思い出しながら、軽く体を震わせながら汚れを落としていく。

アンデッドは火に弱く冷気に強い、という知識が正しいか定かではないが、少なくとも自分は寒さを感じている。

アンデッドが風邪をひくなんて聞いたこともないが、終わったらすぐに火に当たりたい気分だ。


一通り体を拭き終わると、もう日が傾き始めていた。

解体や食事の準備などで意外と時間が経っていたようだ。

レイは使ったシャツを軽く洗うと、火の側に戻って服を干して火にあたる。

そしてぼんやりと焚き火を眺めながらこれからのことについて考え始めた。


このダンジョンで暮らしていけないかと考えてはいるが、本当にそんなことができるかはまだ未知数だ。

少なくとも、外の森から色々と調達できるようにならなければ難しいだろう。

巨灰熊ギガントグリズリーの肉が手に入ったとはいえ、いつまでもそれで食いつなげるわけではないのだ。

ひとまず明日からこの空間から外に出て、ダンジョン外へとつながる道を見つける必要があるだろう。


外に出られるようになったら、ここで暮らすために必要なものが色々と手に入るようになる。

燃料となる薪、食料になる木の実や食べられる野草類、そして狩りで手に入る肉や毛皮などだ。

これらが安定して手に入るようになれば、田舎で暮らしていた時とさほど変わらないような暮らしができるはずだ。


とはいっても一人である以上、油断は禁物だ。

病気になったり怪我をしたりしてしまえば、自分にはどうすることもできない。

健康維持には十分な注意な注意を払う必要があるだろう。


(健康第一なアンデッド……変なの)


などとあれこれ考えているうちに、日が暮れてきた。

レイは乾いた服を身につけると、昨日の夜と同じように道具入れを枕にして樹の下で横になる。

そこでふと気づいた。


そういえば誰にもおやすみを言っていないな、と。

農村で暮らしていた頃は両親がいたし、街の食糧雑貨店に間借りしていた時はマリアがいた。

昨日は気づかなかったが、誰とも挨拶を交わすことなく寝床につくというのはあまりないことだった。


(でも……そっか、これからはずっと一人なんだ)


そう思うと心の中に暗雲が立ち込めそうになったが、レイは軽く頭を振ってそれを振り払う。


以前ならともかく、今の自分ならダンジョンの中でだって一人でやっていける。

街には行けないが、外に出ることもできるし、生きていくには困らないはずだ。

自分さえ明るく元気にしていれば、誰の気を遣うでもなく楽しく暮らしていけるだろう。


頭の中で自分に言い聞かせるようにそう考えてから、レイはまぶたを閉じた。

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