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謎の力

まぶたの裏に暖かな木漏れ日を感じて、レイは目を覚ました。

昨晩は樹の下で横になり、空を眺めながら考え事をしているうちに眠ってしまった。

樹の下の地面は思いのほか柔らかく、寝心地は悪くなかった。

そのおかげでよく眠れたようで、昨晩に比べてかなり気力が充実しているのを感じる。


ただ流石に屋根裏部屋のベッドよりは固い寝床なので、少しばかり体がこわばっている。

その凝りをほぐそうと、レイは上半身を起こして軽く伸びをする。

しかしーー


「あうっ」


そのままバランスを崩して、またころんと寝転がってしまった。

まだ右腕のない体に慣れていないようだ。

重心がかなりズレてしまっているために、簡単にバランスを崩してしまう。

これから探索をしていく際には、いつも以上に慎重に行動する必要があるだろう。

もし大きな怪我をしてしまったら、レイにはそれを治す術などないのだから。


「早く、この体に慣れなきゃなぁ……」


再び体を起こしながら不便さを感じてぼやくが、生きているだけありがたいと思うことにする。

昨夜と同じようにモロイモと川の水で簡単に朝食を済ませ、改めて自分の持ち物を確認する。

まずは武器として持っていたショートソードが一本。そして身につけていた革鎧。

ベルトの道具入れには回復用のポーションが2本、そして毒消しの薬とアンデッド対策の聖水が1本ずつ。

あとは長いロープが一本と火打ち石、そして皮むきに使った小さなナイフが一本だ。


ひとまず二、三日程度はこの装備でも活動できるだろう。

だがそれ以上は食料も尽きてしまうだろうし、レイ一人では戦闘などほとんどできない。

何よりあの巨灰熊ギガントグリズリーにまた出くわしてしまったら、今度こそ助からないだろう。

この空間、ひいてはダンジョンからの脱出はレイにとって急務と言える。


(とにかく、この場所からの出口を探そう)


昨日の夜に見つけた壁際にいくつかある瓦礫の山を調べてみることにする。

ぱっと見ただけでも二、三箇所はあるので、その中のどれかが出口につながる穴になっていることを祈る。


まずは一番近くにあった、小さな瓦礫や小石が壁際に積み重なっている箇所から調べ始める。

少しずつ瓦礫を手で取り除いていき、その裏に出入り口が隠れていないか確かめるのだ。


片腕での作業は、両手で行うのに比べて圧倒的に時間がかかった。

体のバランスを取ることもそうだし、一度に動かせる瓦礫の量も少ない。

結局その場所を調べ終わった頃には、太陽が天井の穴のほとんど真上に見える位置に移動していた。


「ここはだめか……」


裏側が確認できる程度に瓦礫を取り除いて見たが、出入りできそうな横穴など無く、ただ無機質な岩壁があるだけだった。

レイはがっかりしたが、まだ全ての箇所を調べ終わったわけではない、と考えて気を取り直す。

時間はかかったものの、不思議と体力はほとんど消耗していなかった。

一箇所調べるごとに休憩が必要かと思っていたが、これなら続けて他の場所の調査ができそうだ。


「こっちは……ちょっと無理かなぁ」


もう一箇所の瓦礫の山、自分の背丈よりも大きい岩がいくつも折り重なっている場所に近づいてみる。

できればこの裏も確認しておきたいが、どう見ても自分の力ではびくともしない大きさの岩だ。

いや、自分でなくとも、どれだけの力自慢であったとしても無理だろうと思った。


そう思いつつも、その裏の壁を調べてみたいという思いから瓦礫の山の上にどうにか登ってみる。

壁に空いた穴が見えたりしないかと思い隙間から覗き込んでみるが、暗くてよく見えない。

やはり確認のためには、岩をどかせる必要がありそうだ。


(うーん、なんとかならないかな……)


未練がましく、瓦礫の山の一番上にある大岩の一つをぺたぺたと横から触ってみる。

こんなものを動かせるとしたら、それこそ自分を襲った巨灰熊ギガントグリズリーくらいではないだろうか。

自分が十人いたとしても、この岩を移動させられるとは思えない。


うまくバランスを崩せば、そのまま下に落ちてくれたりしないだろうか。

そんな淡い期待を抱きながら、物は試しという気持ちで左手をかけ、えいやと力いっぱい押してみる。

その瞬間。


「ぅわっ!?」


まるでドアを必要以上の力で押してしまった時のようにつんのめり、体が前に倒れ込みそうになる。

そのまま岩の足場に倒れ込みそうになったが、慌てて左手をつくことでなんとか顔面からの激突を免れた。


その直後、ダンジョン全体に響き渡ったのではないかという程の轟音が鳴り響き、ドーム状の空間内で反響する。

音のした前方を見上げると、遠くの壁からもうもうと土煙が上がっているのが見える。

自分が押した巨大な岩がはるか遠くの壁に叩きつけられたのだ、ということを理解するのに数秒を要した。


全く予想していなかった結果に、目が点になりぽかんと口を開けてしまう。

自分の体重の何倍もありそうな大岩が、まるで酒瓶のコルクのように飛んでいったのだ。

それも、自分が片腕で押しただけで。


ありえない。

人一倍非力な自分が、こんな力を持っているはずがないのだ。

そもそもあのような大きさの岩を動かすなど、ましてやあのように離れたところまで弾き飛ばすなど、人間業ではない。

しかし土煙の向こうに見える壁に空いた大穴や、その周辺の地面に飛び散った岩の破片が、今起こった出来事が夢ではないことを雄弁に物語っている。


レイは瓦礫の山から地面に慎重に降りて、大岩が叩きつけられた壁の近くまで歩み寄る。

大岩がぶつかった先の壁は、まるで巨人が拳を叩きつけたかのように抉れていた。

レイはその下に落ちていた砕けた大岩の破片を一つ拾い上げ、軽く壁にコツコツとぶつけてみる。

石にそっくりの軽い素材などではなく、間違いなく普通の石だ。

ぶつかった壁の様子からもそれはわかる。


間違いなくレイが大岩を、これほどの大穴ができる勢いで壁に叩きつけたのだ。


「これ、僕がやったの……?」


いまだに自分のしたことが信じられずに、大穴を見上げながらつぶやく。

巨大な岩を投げ飛ばせるだけの力を手に入れて最初に感じたのは、歓喜でなく不安だった。

死んでしまったと思ったら何故か目が覚め、更に一夜にして人間離れした力が身についていた。

自分の身体に何が起こったのか、という謎は深まるばかりだった。


だがもし、この力を使うことでここから脱出することができるとしたら。

そう思うと、試さずにはいられなかった。


レイは先程の岩が折り重なった場所へと戻り、再びその上によじのぼる。

そして今度は半分程度の力のつもりで、瓦礫の上に乗った岩をまた一つゆっくりと押してみた。

先程と違って加減したためか、押された岩は吹き飛んだりすることなく、ゴリゴリと臼のような音を立ててスライドする。


遠くの壁に叩きつけるよりは穏やかだが、それでも自分の体重の何倍もあるような岩を、レイのような少年が片手で押し動かすというのは異様な光景だ。

押された岩は止まることなくスライドしていき、問題なく瓦礫の山からずり落とすことに成功した。

落とされた岩が地面に激突し、壁にぶつかった時ほどではないが大きな音を立てる。


「で、できちゃった……」


勢いではなく意識的に大岩を移動させたことで、自分の力を改めて認識する。

身体の変化に対する不安が落ち着いてくると、次に訪れたのは新たな力を手に入れたことによる高揚感だった。

そして今しがた岩を取り除いたことによって見えるようになった壁に目をやると、壁にあいた出入り口らしき穴の一部が顔を覗かせているのが見えた。


「やった!出口だ!」


ひとまずこの空間から出られるという確信から、レイは飛び上がらんばかり喜ぶ。

これで、このダンジョンから脱出できるかもしれないという希望が生まれた。


そこからは先程よりも作業のペースを上げて、その瓦礫の山から岩をどんどん移動させていった。

時には押して、時には軽く投げるようにして、一つ、また一つと障害物を取り除いていく。

そして最後に、横穴にちょうど蓋をするように置かれた一際大きな岩を真横に移動させると、かなり大きなアーチ型の出入り口が姿を現した。

これで、歩いてこの空間から出ていくことができるようになった。


出入り口の正面に立ち、ふぅと一息ついて額の汗を軽く拭う。

今までにない達成感があったが、成し遂げた仕事量の割には不思議と軽く汗ばむ程度にしか疲労していない。

このままダンジョンの外に繋がる道を探しに出発できそうなくらいだ。


喜びと疑問が入り混じった頭で、確かめるように左手で自分の身体にぺたぺたと触れてみる。

肩や胸、腹あたりをまさぐってみるが、特に筋肉が大きくなったような様子はなかった。

目が覚める前と同じ、慣れ親しんだ貧相な身体だ。

こんな体のどこに、あんな重たいものを動かす力があるのだろう。

そう思ったところで、ふと違和感を感じる。


ーー何かが足りない。


何かあるべきものがないような、右腕ではない他の何かを失ってしまったような感覚。

しかし、自分の体を見回しても他に欠けてしまった部位は見当たらない。


レイがその違和感の正体をつかみかけたような気がしたその時、聞き覚えのある低い獣の唸り声が聞こえてきた。

ハッとして顔を上げると、つい今しがた通れるようになった横穴の奥に覗く、巨大な黒い影が。

その正体に気づき、レイは顔を引きつらせて息を飲む。


「っひ、な、なんで、ここに……!」


それは間違いなく、レイの右腕を食いちぎった、あの巨灰熊ギガントグリズリーだった。

レイが岩を動かす音を聞きつけてやってきたのかもしれない。

ダンジョン内に響く騒音にかなり苛立っているのか、強い敵意をあらわにしている。

巨灰熊ギガントグリズリーは低い地鳴りのような唸りを上げながら、レイが今しがた開けたばかりの出入り口からのっそりと入ってくる。


巨灰熊ギガントグリズリーを目の前にして、レイは腕を失った時のことを思い出してしまう。

腕に突き立てられた牙の痛み、体から血液が流れ出ていく喪失感、目の前に迫る生々しい死の感触。

それらが脳内にフラッシュバックして、視界にノイズがかかったような感覚に陥る。

奥歯が噛み合わずカチカチと音をたて、膝から崩れ落ちてしまいそうになりながら、無意識に体が後ずさりを始めた。


(に、逃げなきゃ……。今度こそ、本当に、殺される……!)


前回生き残ったからといって、今回も生き残れるはずがない。

自分がなぜまだ生きているのか、それすらもわかっていないのだ。


だが、どこに逃げればいいというのか。

唯一の出入り口には、巨灰熊ギガントグリズリーが立ち塞がっている。

まだ他の出入り口は見つかっていないし、天井の穴には流石に届きそうにない。

レイは後ずさりながら必死に考えるが、目の前の巨大な獣を避けて逃げる方法は思いつかなかった。


では、どうするのか。


この巨大なモンスターと、一対一で戦う。

他に生き残る道はない。

そんな無謀としか思えない結論しか出てこない。

レイが後ろに下がるのにあわせて、巨灰熊ギガントグリズリーも低く重い唸り声を上げながら入ってくる。

もういつ襲いかかってきてもおかしくない状態だ。


(でも、こんな大きなモンスターとどうやって……)


腰の短剣は大した業物ではないし、巨灰熊ギガントグリズリーが相手では一撃でへし折られてしまいそうだ。

そもそも自分はこんなモンスターを相手にできるような熟練の剣士ではない。

手に負えるのは、せいぜい角兎アルミラージ程度の小動物モンスターだ。

他に自分に使える武器はないか。


その時、巨灰熊ギガントグリズリーの背後にある、レイが先程押しのけた大岩が目に止まった。

いつの間にか手に入れていた圧倒的な膂力。

それを駆使すれば撃退するくらいはできるかもしれない。

レイは、最初にこの力に気づいた時に、自分の何倍もあるような岩を弾き飛ばしたときのことを思い出す。

あれをぶつけることができれば、あるいはーーー


そう考え、巨灰熊ギガントグリズリーからできるだけ目をそらさないようにしながら、足元に落ちていた手頃な大きさの石を拾い上げる。

これをあの岩を弾き飛ばしたくらいの勢いで思い切り投げつければ、多少のダメージくらいは与えられるかもしれない。


(よ、よし。外さないように慎重に……!)


相手に向かって狙いを定める。

もし外したら、次の石を拾う間に距離を詰めて飛びかかってくるかもしれない。

そんな想像しただけで脂汗が額ににじむ。

またあんな痛みと恐怖を味わうなんて考えたくもない。

そう思い、自分を奮い立たせて相手を睨みつける。


レイの戦意を感じ取ったのか、それと同時に巨灰熊ギガントグリズリーがレイに向かって四足で走り出した。


「ガァァアアアアアアアア!!!」


心臓も凍りつきそうな恐ろしい咆哮を上げ、巨灰熊ギガントグリズリーが迫ってくる。

レイの胴体ほどもありそうな太い脚が力強く地を蹴るたびに、地面が揺れるような重厚な足音が響いた。

自分の何倍もの体重がある化け物が、自分めがけてまっすぐに突進してくる。

その恐怖に突き動かされたかのように、レイは手に持った石を力の限り投げつけた。


「う、うわあああああああ!!」


雄叫び、というよりは悲鳴に近い声を上げながら、レイは全力で腕を振って石を投げつける。

追い詰められたことにより、最初に岩を力いっぱい押したときよりも、更に上の全力で投げられた石が手を離れーー


「わっぷ!な、なに!?」


石を投げた瞬間、分厚い革袋が弾けたような凄まじい破裂音が響き、レイの前に土煙が上がる。

突然の事に、思わずレイは左腕で庇うように目を覆う。

直後、ズンと何かが地面に落ちた衝撃が響き、そのまま引きずられるような音がして、止まる。

しばらくは土煙が立ち込め、何も見えない状態が続いた。

やがてそれが収まり、視界が晴れてくる。


そこでレイが目にしたのは、こちらを向いたまま横倒しになった巨灰熊ギガントグリズリーの無残な死体だった。

自分に向かって突進する途中で勢いそのままに絶命したらしく、地面には引きずったような跡がある。

石が直撃したのか鼻先は見事に潰れており、そこから尾に向かって胴体を貫く大穴が空いていた。


「か、勝っちゃった……」


レイはその場にへたり込むと、深く息を吐いた。

あれだけの強大なモンスターと戦って勝利した。

それだけのことを自分が成し遂げたという実感が、いまいち湧いてこない。

現実感がなく、まるで夢でも見ているようだった。


どうにか呼吸を整えると、さすがに動かなくなった巨灰熊ギガントグリズリーから目を離し、再び自分の体を見下ろす。


(僕の身体、一体どうしちゃったんだろう)


そう心の中でつぶやきながら、また自分の胸に触れる。

その瞬間、先程の違和感の正体に思い至ってしまう。

レイの体からは、失ってはならないものが失われていた。

そのことに気づき、レイは全身から血の気が引くのを感じた。


「え、な、なんで……!?」


何度も自分の体を触って確かめる。

胸だけでなく首も、手首も、体中を触って確かめる。

しかし、やはりなかった。


「脈が、ない……!」


彼の体からは、命ある者ならあるはずの心臓の鼓動が、完全に失われていた。


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