司教とアンデッド
「これで残っているのは、司教様含めてあと五人ってとこですかね」
「ん。多分距離的にも、拘束できるのは次で最後。でもここまで戦力を削れば、相手は壊滅状態と言っていい」
ルフィナは【本邸】の地面に転がされた大量の縛られた人間を遠巻きに眺めて、リンと二人で待機している。
レイが攫って拘束した討伐隊員は、結局全部で四十名以上にもなった。
これほど多くの人間が縛られて転がされているのは、正直かなり異様な光景だ。
意識は奪っていないので全員会話をすることはできるのだが、時折ぼそぼそと話す声が聞こえるくらいで、叫んだりしている人間はいない。
アンデッドに捕まったにしては、あまりに落ち着いた状態と言える。
「これだけの数の人が捕まってるのって、初めて見ますねぇ。ほんと、すごい人数で討伐に来たもんです」
「…………」
「はーいリンちゃーん。無言で視線だけで威嚇するのはやめましょうねー」
捕まった討伐隊の人間に刺すような視線を送っていたリンを、ルフィナがなだめる。
「気持ちはわかりますけど、この人達も別にレイ君に対して悪意があって討伐に参加してるわけじゃないんですから。まずはレイ君のことを知ってもらうところから始めないと」
「わかってる。レイがこれ以上何もしないって決めてるから、私も何もしない」
ぷいっと視線をそらして、リンは少しすねたように言う。
友人が家を追い出されそうになった身としては、腹の虫がおさまらないといった様子だ。
「ちなみにそうじゃなかったら、何しようとしてたんですか?」
「……………………手の爪を、」
「あ、やっぱいいです。聞くのが怖くなりました」
リンが恐ろしいことを説明し始めそうな気配を感じ取り、ルフィナは話を打ち切る。
一体どこでそんな知識をつけたのかはわからないが、図らずも彼女を怒らせてしまった討伐隊が気の毒に思えてしまいそうだ。
「でもレイ君、大丈夫ですかね?最後は司教様と面と向かって話したいって行ってましたけど」
レイいわく「結局僕にできることって、お願いすることだけだと思うんです」とのことだが、それでアレクセイ司教の考えが変わるかはルフィナにも予測できなかった。
確かに相手の戦力を削ぐことで対等に会話できる状況には持ち込めたかもしれないが、それで教会にレイの存在を認めさせることができるかどうかは五分五分だ。
手出ししなければ害はない、手を出せば被害は甚大、という認識を持たせれば政治的判断によって手を引かせることもできるかもしれない。
「やろうと思えば、司教様本人を拘束して交渉することもできた」
「まぁそういうやり方って、かえって相手を頑なにしてしまうこともありますからね。とりあえず対話ができる状態には持ち込めたわけですし、結局はレイ君の言うように正面から対話するのが、相手の面子を潰しすぎないという意味でも一番いいのかもしれません」
「……そうかも。私の役目は、教会の理不尽な仕打ちをなんとかするところまで。あとは、レイに任せる」
「ですね。でもどうなっても、最後までレイ君の側にいましょうね」
「ん、わかってる」
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ようやくアレクセイ司教を含む討伐隊は、ダンジョンの最奥らしき空間へとたどり着いた。
とはいえ、残った隊員は司教と司教補佐を除いてたったの五名。
もはや討伐"隊"などとは呼べない人数だ。
急に明るい場所に出たため、アレクセイは目を細めながら周囲を見渡す。
「ここは……」
辿り着いた場所はドーム状の非常に広い空間だった。
天井に穴が空いておりそこから日の光が差し込んでいるため、通路と違ってかなり明るい。
陽の光が差し込む場所には樹々が生え、川まで流れており、まるで一部分だけ屋外のようだった。
アレクセイはダンジョン探索などこれまでしたことは無かったが、このような場所があるという話は聞いたこともなかった。
そして、そこに一人の少年がいた。
十代前半、小柄で華奢な体、そして巨大な獣の右腕。
間違いなく、エレナの報告にあったアンデッドだ。
自分たちを待っていたかのように、入り口から多少距離のある場所でこちらを向いて立っている。
その背後には、二人の少女が立っていた。
一人は先程も声を聞いたメディス家の令嬢、ルフィナ。
そしてもう一人は、王立魔法研究所のヘッケル卿の孫娘だ。
確か、名前はローザリンデだっただろうか。
ルフィナはともかく、彼女の関与についてはエレナ司祭の報告では言及されていなかったが、まさかあの老人の孫まで一枚噛んでいたとは。
そして三人から少し離れた、アレクセイから見て右前方のあたりに、通路内でさらわれていった討伐隊の隊員たちがいた。
彼らは生きたまま両手両足を縛られ、まとめて地面に寝かされている。
討伐隊の全員が空間内に入って立ち止まった所で、少年がペコリと頭を下げた。
「初めまして司教様。僕はレイと言います。ここに住んでいる、えっと、多分アンデッドです」
「やはり、貴様が……」
アレクセイには、もはや口調を取り繕う余裕もなかった。
討伐隊は壊滅し、この場所まで到達できたのはただの意地だ。
これだけの部隊を率いた自分が、アンデッドに負けておめおめと逃げ帰るなど、認められるはずがない。
「隊員の皆さんを攫ってしまって、ごめんなさい。でもそうしないと、話を聞いてもらえないと思ったので」
「話、だと?」
「はい。僕は、誰かを傷つけたり死なせたりしたくありません。ただ、ここで暮らすのを許してほしいだけなんです」
その発言に、背後の隊員が顔を見合わせてとまどっているのを感じる。
「司教様、状況が状況です。一旦話を聞くのも……」
「馬鹿を言うな。そんなことをして、隊員の士気が完全に失われたらどうする」
司教補佐が耳打ちをしてくるが、アレクセイは撥ね退ける。
今さらアンデッドと対話など、できるわけがない。
計画通りに、予定通りに、ただ討伐して帰る以外の選択肢はないのだ。
「まだ討伐は終わっていない。なんとかして、捕まった人員を解放しろ。人数さえいればあのアンデッド一体の討伐など……」
「司教様!今しばらく、今しばらく彼の話に耳を傾けていただくことはできませんか!」
討伐を続けようと指示を出すアレクセイに向けて声を上げたのは、捕まっている隊員の一人だ。
「……なに?」
その声に続くように、他の隊員たちも司教に向かって叫び始める。
「そ、そうです!私には彼が邪悪な存在だとは思えません!」
「何卒、何卒!」
その言葉を耳にした時、アレクセイはかつてない怒りを覚える。
部下を奪われ、戦力を失い、アンデッドとの対話を強要されようとしている。
このような屈辱は、今まで受けたことがなかった。
彼にもはや、司教としての威厳を取り繕う余裕など一切残っていなかった。
「黙れぇぇえええ!!貴様らは一体、誰の部下だ!!汚らわしいアンデッドなんぞに味方しようとするなど、恥を知れ!!」
よりにもよってアンデッドに捕らえられ、生き恥をさらし、あまつさえ私の足を引っ張ろうとする。
そのような無能を部下にしたと思うと、腸が煮えくり返る思いだ。
アレクセイは頭の血管が切れんばかりの剣幕で、その場にいる隊員たちを怒鳴りつける。
「ああまったく不愉快だ!どいつもこいつも、そんな奴の言葉にあっさりほだされおって!そこで無様に転がっている奴らも王都へ戻ったら全員、破門審問にかけてやる!!」
「し、司教様……」
「そんな……」
聖職者にとって、破門とは職と社会的信用を一度に失うようなものだ。
そうでなくとも、この国で教会に破門認定を受けることはこの上ない不名誉であり、下手をすると街から追い出されかねない。
破門という脅しは流石に効いたようで、隊員達の顔色がさっと悪くなる。
「それが嫌なら、さっさと戦え!!さもなくばお前ら全員まとめて破門に……」
「おいおい、そんなにポンポン破門なんてできるかよ。誰がその分の仕事をやると思ってんだ」
司教達の背後、入り口の方からぶっきらぼうな声が飛んでくる。
その声を聞いた瞬間にアレクセイは動きをピタッと止めた。
聞き覚えのある、しかしありえない人物の声だ。
アレクセイはゆっくりと、自分の背後を振り返る。
入り口には、アレクセイのような白い法衣に身を包んだ初老の男性が立っていた。
頭髪も髭も無いが、その顔に深く刻まれた皺がその人物の厳格さを物語っている。
比較的ゆったりした作りのはずの法衣を着ていてもわかるほどに、筋骨隆々として体格だ。
ありえない。
だが、間違いない。
なぜここに?
いつからいた?
そんな考えがアレクセイの頭の中を駆け巡る。
その人物は腕組みをして、アレクセイを鋭い眼光で射すくめて言う。
「久しぶりだなアレク。だいぶ元気が有り余ってるみたいじゃねぇか。なぁ?」
「だ、大司教、様……!?」