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ルフィナの願い

「ん~、ダンジョンで飲むお茶は格別です。ねぇリンちゃん?」


「お茶はおいしい。けど場所は関係ない」


「そんなことないですよ。いつもと違う場所でのお茶はなんていうか、こう、風情があるじゃないですか」


「風情に味なんてない」


「……リンちゃんは相変わらずクールですねぇ」


ルフィナは今、リンと一緒に本邸ホームのテーブルでお茶を飲んでいた。

家主であるレイは席を外しており、今この空間にいるのは二人だけだ。

彼は今、ダンジョンの外で物資集めの最中だ。

手伝いを申し出たのだが、「来てくださったばかりですし、ゆっくりしていてください」とやんわり断られてしまった。


(やっぱり、まだ遠慮されちゃってる感じがしますねぇ……もっと頼ってくれていいんですけど)


時折感じていることだが、彼にはどこか自分に対して負い目を感じているような節がある。

恐らく自分に自信がない、というか自分自身をかなり面倒な存在だと思っているからだろう。

だがルフィナとしては、あまりそういったことを気にせず付き合ってほしいと思っているのだ。

そもそも命を助けられたのは自分の方なのだから、助け合うのはお互い様だと思ってもっと色々と頼って欲しい。


「ルフィナ、聞いておきたかったことがある」


「ん?なんでしょう」


「ルフィナは、レイにどうなってほしい?」


リンからの質問に、ルフィナは天井を見ながら「んー」と軽く唸って考える。

質問の意図は何となく分かる。

グランの件が解決したり、教会にレイの存在を知られたりといった状況の変化があったため、今後の目標のようなものについて整理しておきたいのだろう。


「私としては、ひとまずこの国で不自由無く暮らせるようになってほしいですね。ここに住み続けるかはレイ君の自由ですけど、いつまでも隠れて暮らさなきゃいけないのは、かわいそうですから」


「今でもレイはあまり不自由はしてないように見える」


「でも今のままじゃ、人に会ったり街で買い物したりすることはできません。人間にとって『交流の制限』というのはかなりの縛りですよ?」


「それは……そうかもしれない。一人の人間ができる研究には限界がある」


「まぁそんな感じです。人は一人で生きるのにあんまり向いてないと思ってるんですよ、私は」


自分が貴族という人間社会の中枢にある身分なためか、ルフィナは人間同士の交流というものを重要視していた。

リンも同意したように、人間が一人でできることには限界がある。

一人でも、ただ生きていくだけならできるかもしれない。

だが豊かな『生活』を営むには、やはり他人と協力する必要がどうしてもあると思うのだ。


「でもどうやって、レイの存在を世間に認めさせる?アンデッドが人類の敵という常識は、そう簡単に変わらない」


「んー……。ひとまずは、教会からの黙認状態を勝ち取ることでしょうか。司祭様の報告がどういう結果になるかはわかりませんが、とりあえず教会の討伐隊が来ない、レイ君が安全である状態を目指したいですね」


「もしそうなったとして、どうやって街を出歩ける状態まで持っていく?」


「色々と考えてますけど……まぁそのへんはおいおい話しましょう。まずは教会の反応を待ってからになるでしょうし、どの方法でも普通にやれば数年はかかることになるでしょうから」


「数年……気の長い話」


「大きな災害とか強力なモンスターからたくさんの人を守った、みたいなわかりやすい事態になれば、一気に認められるかもしれませんけどね。そういうのは時と場所を選べないですから。気長にいきますよ」


彼という存在は、王国の歴史上でも極めて珍しい存在だ。

その彼が一般の人々に受け入れられるためにはそのくらいの年月はかかるだろう。

ルフィナの答えを聞いたリンは、手に持っていたカップをテーブルに置いて再び問う。


「どうして、そこまでする?」


「ん?」


「レイは、ルフィナの兄弟でも親戚でもない。どうしてそこまでして、助けようとする?命を助けられたから?」


「……ふふ、どうしてでしょうね」


もっともな疑問に、ルフィナはカップの中の琥珀色の液面を見つめて小さく笑う。

なぜ出会って数ヶ月もたっていない少年にここまで入れ込んでいるのか、自分でも少し不思議だった。


「まぁ多様な存在を受け入れる姿勢が国益に繋がりそうとか、貴族としての国民に対する責務とか、そういう理由もなくはないです。けど……」


「けど?」


それらしい理由を並べることはできるが、どれも核心ではない気がする。

どうして彼のために、自分はあれこれ手を尽くそうとしているのか。

彼のいったいどこに、自分にそこまでさせるものがあるのか。


「んー……レイ君って、色々大変な目にあってるじゃないですか。だからほっとけなくて」


「……同情?」


「正直、それもちょっとあるかもしれません。でもなんていうか……私、レイ君には幸せになって欲しいんです」


言葉にしてみて、ルフィナは自分でも、ああそうかと思った。

これまでに自分が見てきた、あの少年の行動が思い起こされる。

彼はどれだけ過酷な目にあっても、自分が困っている時でも、それでも自分やエレナを助けようとしていた。

むしろ過酷な目にあったからこそ、彼は他の人間を自分と同じ目には合わせまいと懸命になるのだ。


「あんなに思いやりがあって、誰かのために頑張れる子が幸せになれないなんて……そんなの、悲しいじゃないですか」


「……」


あの時も、そう思ったから彼に向かって足を踏み出したのだ。

アンデッドであることを知っても、それでもなお、自分は彼の幸福を願わずにはいられなかった。


「だから私は、『レイ君に幸せになって欲しい』という私の願いのために、私のできることをしたいんだと思います。余計なお世話かもしれませんけどね」


「それってもう…………なんでもない」


「え、なんですか?」


「気にしないで」


「普通に気になるんですけど……。あ、ところでリンちゃんはどうなんです?」


研究所どころか自室からも出ることが少なかった彼女が、レイに出会ってからはこのダンジョンに度々足を運んでいる。

採血やアルミラージの経過観察といった理由もあるにはあるが、昔からリンを見てきたルフィナからするとこれは大きな変化なのだ。

彼女にも何かこうしたいと思うことがあるからこそ、そういった行動に出ているのではないのか。


「私は普通にレイの体の仕組みや、角兎アルミラージの飼育や、このダンジョンについての研究を続けたいだけ」


「最初の二つはわかりますけど、このダンジョンについての研究もですか?」


「このダンジョン……特にこの空間は特殊。おじいさまも言ってた。ダンジョンの最奥部なのにモンスターが発生しないし、人工的なようでも自然にできたようでもある」


「あー、確かにここはちょっと不思議な場所ですよね。ダンジョンの中なのに森みたいなとことかありますし」


ルフィナは軽く周りを見回しながら肯定する。

最近はもはや慣れつつあったが、改めて考えてみるとこのような場所がダンジョン内にあるという話は聞いたことがなかった。


「この空間以外の場所も、いくつか気になることがある。昔はモンスターが多くいた形跡があるけど、今は新しくモンスターが発生した様子がほとんどない」


「そういえばレイ君も、最近通路が平和だって言ってましたね」


「レイの周りは、本人を含めて興味深いことが多い。だから私は、その研究を続けたい」


「なるほど。まぁ現状それができるのって、リンちゃんとヘッケル様だけですからねー。……でも、それだけですか?」


「……どういう意味?」


ルフィナの言葉の意図が掴めなかったらしく、リンは首をかしげる。


「いやぁ、リンちゃんってレイ君くらい歳の近い友達、初めてじゃないですか?だからもっと仲良くしたいのかなーって」


「友達?……私と、レイが?」


「私はそう思いますけどね。リンちゃん、レイ君のために色々してあげてるわけじゃないですか。体のこと調べたり農作業やモンスターの飼育について色々教えてあげたり」


「それは、自分の研究のため」


「でもレイ君がここで暮らすのに役立ちそうなこととか、普通に教えてあげたくなりません?」


「…………そう、かも」


「ならもう友達でいいんですよ。その人のために、なにかしてあげたいって思えるなら、私はそれで十分だと思います」


「……友達……。私とレイが、友達……」


何かを噛みしめるように、リンはその言葉を数度繰り返す。

口数が少なく、あまり愛想もよくない彼女は、友人も多くない。

それ故に友人ができたという経験自体が少なく、レイのことも自覚できていなかったらしい。


だが彼女は、友人のためなら立ち上がることができる人間だ。

普段どれだけ書斎にこもっていても、自分が危険な可能性のある人物と会うと知れば、何と言おうと同行しようとしたように。

ルフィナとしては、そんな彼女を知る友人が自分以外にも増えて欲しいと思っているのだ。


(そのためにも、レイ君とリンちゃんにはもっと仲良くなってほしいですね)


そんなことを考えながらリンを見ていると、入り口からそのレイの声が飛んでくる。


「ただいま戻りましたー」


「お、レイ君おかえりです!リンちゃん、レイ君の分のお茶もいれましょうか」


「……ん」

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