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不可解なアンデッド

「なぁ司祭様、俺は手伝ったほうがいいのか?」


「ご心配なく、お任せを」


後ろにいるグランに言葉を返し、エレナは間合いを詰めるべくレイに向かって踏み出す。

この距離でも投げナイフを当てることは造作もないが、近距離攻撃も交えた戦闘をするには遠すぎる。

グランは剣を抜いただけでその場からは動かなかった。

言われた通りに後ろから静観するつもりのようだ。


「私は後ろから魔法で援護しますから、レイ君は前衛をお願いします。ひとまず司祭様の動きを止めましょう」


「わかりました」


エレナが近づいていくのに応じて、ルフィナと少年も戦闘の態勢を整えている。

レイと呼ばれた少年は地面に落ちていた木剣を拾い上げ、ルフィナの前に出てそれを構える。

ナイフ程度なら木剣でも受けられると考えているのだろう。

だが人間を凌駕する身体能力を持つアンデッドが剣を使うところを見るのは、エレナも初めてだった。


「剣を扱うとは、アンデッドにしては珍しいですね」


「ええ、素手よりも加減がしやすいので」


「……なめられたものですね。その余裕、後悔なさい!」


その言葉と同時に、レイに向かってナイフを二本同時に放つ。

放たれたナイフは木刀の一振りで両方とも叩き落された。

そのまま刺さるとは思っていなかったが、避けずにわざわざ落とすのは少し不可解だった。


(魅了で操っている人間をかばう必要はないはずですが……戦力として温存するためでしょうか)


気にはなったが、とにかく今は攻撃を続けるときだ。

レイが大振りに剣を振った隙を突き、素早く間合いを詰めて今度は直接ナイフを振り下ろす。


「うわっと!」


振り下ろされた方のナイフの刃が、木刀の側面で受け止められる。

少年はそのまま腕力でこちらを抑え込もうとしてきたがーー


「アンデッドに腕力で張り合うつもりはありませんよ?」


エレナはあっさりナイフを手放して力を受け流すと、腰のベルトから小瓶を抜いてその中身をレイの顔にぶちまける。

この瓶の中身は、彼が気絶している間にも一度試した聖水だ。

本当に効果が無いのか、念の為もう一度浴びせておきたかったのだ。


「わぷっ!?」


少年は急に聖水をかけられて驚いた様子だったが、浄化によるダメージは見られなかった。

体勢を整えるために軽く後ろに跳び下がり、また一本ナイフを取り出す。


「……やはり聖水は効かないようですね」


「えっ、せ、聖水だったんですか」


なにやら焦ったような反応に、エレナは眉をひそめる。

自分に聖水が効かないことを本人も把握していなかったのだろうか。

先程からこのアンデッドには不可解な行動や反応が目につく。

だがアンデッドであるならば、他にも攻撃の手はある。


「では今度は……浄化の光(サンク・ルモ)!」


「うわっ!」


エレナがロザリオに触れて呪文を唱えると、まばゆい光がレイに向かって放たれる。

これは神聖魔法の一つであり、聖なる光でアンデッドにダメージを与えるものだ。

魔力を消費するので聖水のように誰でも使えるものではないが、その分聖水よりもわされる可能性が低く威力も高い。

だがーー


(神聖魔法も効果なしとは……)


少年はまぶしげに手をかざしてはいるが、浄化反応は全く起こっていない。

まるで本当にただの人間と同じような反応だ。


「……生前の素性が気になりますね。アンデッド化してなお、これほど神聖魔法に耐性を示すとは」


「生前というか、こうなる前はただの半人前の冒険者でしたが……」


「信じがたい話ですね」


話している間も、エレナの方は油断なく次の手を考える。


(アンデッドに特化した手段がほとんど通じない……となると、物理的な手段で討伐するしかないですね)


先程の対応から見て、普通の剣撃に比べると飛び道具には慣れていないようだ。

ならば先程のように飛び道具を絡めた攻撃で距離を詰め、手足の腱や筋肉を断つことで動きを止める。

あの再生力ではすぐに回復してしまうだろうが、一時的に無防備な状態にすることぐらいはできるはずだ。

その間に首を落とすか、心臓を突く。


いくら再生能力を持ったアンデッドといえど、その二つのどちらかを潰せばいくらかダメージを与えられるだろう。

それでも再生してきた場合はかなり厳しい戦いになるが、それを繰り返せばいずれは倒れるはずだ。

アンデッドをアンデッドたらしめている力にも限界はある。

無限の再生能力を持つ存在など、この世に存在しない。


エレナは左腿のベルトから小型のナイフを数本抜き、素早くレイに向かって放つ。

そして先程のようにナイフの対応に追われているレイの死角をつくように動き、距離を詰めるべく踏み込んだ。


「させませんよ!風よ(ウェント)!」


「くっ!?」


レイの後ろに控えていたルフィナが呪文を唱えると、レイとエレナの間に突然横殴りに強い風が吹く。

間合いを詰めるべく踏み込もうとしていたエレナは、体勢を崩しそうになり後ろに下がる。

突風の勢いに煽られて放たれていたナイフが狙いを外し、地面に突き刺さった。


「動きが予測できれば、私程度の魔法でもサポートできるんですよ?」


「余計な真似を……」


ルフィナからの魔法による妨害に、エレナは歯噛みする。

どうやら間合いを詰めるという狙いを見抜かれてしまったようだ。

飛び道具が使えないとなると、不用意に間合いを詰めることはできない

相手は自分よりも遥かに強い腕力を持つアンデッドなのだ。

では、どうするか。


(……致し方ありませんね)


浄化の光(サンク・ルモ)!」


エレナが再び神聖魔法を放つ。

これがほんの一瞬の目くらまし程度にしかならないことは分かっている。

相手の態勢を崩すことはできないので、近接攻撃を仕掛けるには足りない。


「ですが、それで十分です」


エレナは強く地面を蹴り、レイの隣を素早くすり抜ける。

そしてその後ろにいる、ルフィナに向かって更に駆ける。

妨害されるのであれば、先に後衛である彼女を潰すしか無い。


「ちょっ、待っ……」


自分の動きが予想外だったのか、ルフィナは焦った表情で距離をとろう下がろうとする、がーー


「遅い」


「ぅあっ……!?」


エレナは勢いそのままにルフィナに肩からぶつかり、近くにあった大木の幹に向かって突き飛ばした。

ルフィナは強く叩きつけられた衝撃で意識が朦朧としているらしく、樹にもたれかかってぐったりとなる。

体勢を整える前にと、エレナは素早くルフィナを樹の根元に押さえこむ。


「少しの間、大人しくしていただきます。治療は魅了を解呪した後に施しますので、ご安心ください」


聞こえているかはわからないが、一応告げておく。

今は彼女を縛ったりするような時間はない。

ある程度の傷を負わせて、動けないようにしておくのが最適だろう。

相手が貴族であっても、アンデッド討伐のためにやむを得なかったと説明すれば問題ない。


ルフィナを片手で押さえたまま、先程よりやや刃渡りの大きいナイフを腰から抜いた。

まずは動きを止めるべく脚を狙う。

ルフィナめがけて、まっすぐに振り下ろされた刃がーー


突然現れた、自分よりも小さな手のひらに突き立てられる。


「……な、なにを……?」


エレナが振り下ろしたナイフは、いつの間にか割って入ったレイの左手に止められていた。

ナイフの(つか)が手のひらに触れるほど深々と突き刺さっている。

レイが先程まで立っていた場所から一瞬でルフィナの隣に移動してきたのだ。


いつここまで接近されたのか、いつ手が割って入ったのか、まったくわからなかった。

彼の言う『加減』という言葉は、はったりなどではなかったのだ。

彼が本気で動けば、自分では捉えきれない。

そのことを理解して、エレナは背中に冷たい汗が流れる。


「司祭様。ルフィナさんを傷つけることだけは、やめてください」


自分が刃を突き立てた少年の言葉に、エレナははっとしてその顔をみた。

少年はナイフの深く刺さった手でナイフの(つか)をぐっと握り、エレナの目を見返して言葉を続ける。


「僕はまだ討伐されたくはありません。討伐しようというのであれば、その、抵抗します。でもルフィナさんのことだけは、傷つけないで欲しいんです。……お願いします」


(ありえない……)


エレナは、レイの手のひらにナイフを突き立てたまま完全に止まっていた。

アンデッドが魅了で人間を操るのは、自分の盾にしたり人質にしたり、あるいは情報を引き出したりするためだ。

いずれにせよ、用済みになれば見捨てるか殺して処分するのが普通だし、そういった話は幾度となく聞いたことがある。

それを身を挺してかばうなど、これまで聞いたことも見たこともない。


自分の知るアンデッドという存在の持つイメージと、目の前の少年が取った行動はあまりにもかけ離れている。

まるで大切な人を命をかけて守ろうとする、ただの人間だ。

その様子はまるで、あの時のーー


「……本当に、あなたはアンデッドなのですか?」


「すみません、実は僕にもよくわからないんです」


「では、一体……っ!?」


更に問いかけようとしたその瞬間、エレナの左脇腹に焼け付くような痛みが走る。

目の前の少年による攻撃ではないし、ルフィナはまだ気を失ったままだ。


「な、にが……」


見ると背後から伸びる長剣の刃が、自分の脇腹を貫いていた。

一体何が起こったのか。

混乱するエレナの後ろから、呆れたようなふてぶてしい声が聞こえてくる。


「おいおい司祭様よ、なにアンデッドにほだされてんだよ。それでもあんた教会の人間なのか?」


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