グランの企み
「ブハァッ!!」
ジョッキの中身を半分ほど一気に空けて、グランは心底気分良く息をついた。
彼は王都の裏路地にある小さな酒場で一人、酒を飲んでいた。
店内にほとんど客のいないような寂れた店だが、大通りにあるような大きな店に入れるほどの金銭的余裕がない現状では仕方がない。
それだけでなくルキアーノに見つかる可能性を考えても、このような目立たない場所を選ばざるを得なかったのだ。
しかし、そんな我慢ももうすぐ終わりだ。
(ついに、ついに、ついに来た!あのクソガキに俺をコケにした報いを受けさせる時が!)
グランはルキアーノを騙してレイのダンジョンに連れて行った後、一人でこっそりと王都へ戻っていた。
ルフィナの乱入によってルキアーノとレイの戦いが中断された時に、隙を見てあの場から離れたのだ。
「しかしまさかあの小娘が、例のメディスとかいう貴族だったとは……おかげで余計に時間を食っちまったぜ」
『お嬢様』と呼ばれていたことや王都内で情報を集めた結果からも、彼女がメディス家の娘であることは間違いない。
よもや貴族のお嬢様が魔物の素材の換金にあんな場所までやってくるとは思っていなかったので、これは想定外と言わざるを得なかった。
それだけではなく、冒険者ギルドで自分がだまくらかして連れて行った剣士がその貴族に仕えていたなど、ただただ運が悪いとしか言いようがない。
その時はついていると思っていただけに、ダンジョンから一人離れる羽目になった時は腸が煮えくり返るほど悔しがったものだ。
ダンジョンから一人で戻ってからは、どうにかしてまた別の冒険者を引き連れていけないかと考えていた。
だがそうこうしているうちに、ダンジョン近辺の土地がメディス家によって買い占められてしまったという事実を知った。
流石に貴族や国に正面切って喧嘩を売るようなことを引き受けようとする冒険者は見つかりそうになかったので、冒険者を利用してレイを討伐させるという方法は諦めるしかなかった。
しばらくしてから思いついたのが、レイがアンデッドではないかというルキアーノの発言を根拠として、教会を巻き込むという方法だ。
基本的にアンデッド以外のモンスターであれば教会は専門外であり、また冒険者ギルドの領分でもあるために教会に助けを求めることはできない。
だがアンデッドの場合は冒険者ギルドに依頼が出ることもあるが、アンデッドの情報は教会に直接提供されることも多い。
理由としては、単純に彼らがアンデッドに特化した戦闘員を擁しているだけあって、一般的な冒険者よりもアンデッドに関する知識や経験が豊富な者が多いためだ。
それだけではなく、教義に背く存在であるアンデッドを放置しておくことは、教会の沽券に関わることでもある。
その地区を担当する司祭や司教であれば、特に気にかける問題のはずだ。
彼らは自分たちの組織の威信を示すためならば、貴族と対立することも厭わないだろう。
だからこそグランは王都の大聖堂で司祭をしているエレナに情報を流したのだ。
こういったことにかけては、グランは抜け目なく狡猾な男だった。
結果として彼は、エレナを引っ張り出すことに成功した。
異常な腕力や再生力などから自分を傷つけた存在がアンデッドに間違いないと言って助けを求めると、あっさり話に乗ってきた。
事前に街の人間からも聞いていたが、エレナは教会の中でもアンデッドの討伐に関しては特に熱心らしい。
しかも彼女は、指折りの対アンデッド戦闘能力を持つという話だ。
「今度こそ、あのガキもお終いだな……」
グランは下卑た笑いを浮かべると、ジョッキの残りを一気に呷る。
実際の所、レイがアンデッドであるということはあくまでルキアーノの推測であり、その事実を何かしらの手段で確かめたわけではない。
だが今のグランは、もしレイがアンデッドでなかったらということなど考えていなかった。
そもそもこのような手間をかけてレイを殺してなんの利益があるのか、そういったことも彼の頭からは抜け落ちてしまっている。
彼にはもう、そんな損得は関係がないのだ。
自分をコケにした人間は許さない。
ただそれだけの感情で、彼は執念深く行動していた。
レイを始末した後の事を考えながら気分良く飲んでいると、もう何杯目かのジョッキが空になっていることに気づく。
グランはカウンターの奥に立っている店主に向かって、ぶっきらぼうにジョッキを突き出す。
「おい、もう一杯だ」
「……お客さん、持ち合わせはあるんだろうね?」
店主の男からうさんくさそうな目を向けられ、グランはいらついて怒鳴り散らす。
「ああ!?俺が飲み逃げをするように見えるってのか!?」
「そうは言ってないさ。ただ何杯飲んだか覚えてんのかってだけだよ」
「馬鹿にすんな!いいからもう一杯よこせ!」
「へいへい……」
店主の男はやれやれといった様子で首を振りながら店の奥へと酒瓶を取りに引っ込んでいった。
その様子をいまいましそうに見送りながら、グランは一人つぶやく。
「あのガキをぶっ殺したら、こんなクソみてぇな所からもおさらばだ。首を洗って待ってやがれ……!」




