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王都の女司祭

王都アテナスの大聖堂は、街のほぼ中心に位置している。

多くの主要な通りが交差する場所に建てられていることからも、大聖堂が街の人々にとって重要なものであることがわかる。

立地だけでなく建物としての存在感も強く、王城ほどではないものの空高く突き出た尖塔が立ち並ぶその威容は、王城と対をなす王都のシンボルとされている。

かつてこの街が作られたばかりの頃は今よりもずっと小さな聖堂だったそうだが、この国が栄えるのにつれて教会の建物も徐々に大きいものに建て直されていったのだという。

今の大聖堂は三代目で、建設には五年もの歳月がかけられたそうだ。


その大聖堂の中では今、一人の司祭らしき女性の声が響いていた。

芯のある落ち着いた、それでいて低すぎない透き通るような美しい声だった。

その声の主は大聖堂の奥にある講壇に立ち、広げられた聖典の一節を読み上げている。


「……つまり光とは神の御力の本質であり、それ故に神そのものでもあるのです」


その節を読み終わると、その女性司祭は聖典から顔を上げる。

切れ長の目にすっと鼻筋の通った、刃物のような鋭い印象を与える顔立ちだった。

黒と白を基調とした修道女の服を身に着けており、頭のシスターベールの隙間からは腰まで伸びた長い金髪が覗いている。

その女司祭は大聖堂の中に並べられた長椅子に座る人々を見渡す。


「祈りましょう。今日ここに集った皆様に、光の恩寵があらんことを」


女司祭が手を組んで目を伏せると、それを合図にして聖堂内の人間が揃って同じように祈りの姿勢を取る。


今日は週に一度の礼拝の日である。

こうして大聖堂のような教会施設に人々が集い、皆で揃って神に祈りを捧げる日だ。

大聖堂の長椅子は全て埋まっており、予備の椅子も持ち出されるほどに多くの人が集まっている。


これほど人が集まる理由の一つは、単純に教会という組織が持つ影響力の強さだ。

"光の御神"と呼ばれる神を信仰するこの宗教は、この国の国教として定められている。

その信者を束ねる存在である教会は、国内の各地に支部を持つ巨大な組織だ。

アテナスの中だけでも、礼拝が行われている教会施設が大聖堂以外にも複数箇所存在する。


施設だけではなく豊富な人員と資産、そして対アンデッド専門とはいえ武力も保有しており、ある意味もう一つの国と言っていいほどの力を保有しているのである。

宗教は人々が心の拠り所としているために、国民を治めるにあたっても重要な要素だ。

そのため王国政府も敵視したりはしていないが、その影響力は国王ですら無視することはできない。

それゆえに貴族の一部には教会の持つ力を削ぎ落とそうと画策しているものもいるという噂もある。


全員がしばらくそのまま祈りの姿勢を続けた後、女司祭の合図で合わせていた手を解いて再び顔を上げる。

その後もオルガン演奏を伴った賛美歌、両隣に座った人同士で感謝と祈りの言葉をかわす儀式が続き、司祭の閉会の宣言でこの場はお開きとなった。

そして礼拝は終わったにもかかわらず、閉会の宣言をした女司祭のもとには彼女に一言あいさつをしようという人が何人も集まっていた。


「司祭様、本日もありがとうございました。また来週もお願いいたします」


「先日はうちの子に読み書きを教えてくださったそうで、ありがとうございます。お安くしますので、ぜひうちのお店にいらしてくださいな」


「よう、司祭様!またアンデッドを退治しに行ったんだって?ギルドでも話題になってたぜ!」


次々とかけられる言葉に司祭は、「ええ、また来週」「はい、是非伺わせていただきます」などと短くも丁寧な言葉を返していた。

この大聖堂に人が集まるもう一つの理由とは、この大聖堂で司祭を務める彼女、エレナ・フローレンスの存在だ。

彼女はその実直で誠実な人柄や、司祭という地位にも関わらず私財をほとんど持たずに人々に尽くす姿、そして何より数多くのアンデッドと戦ってきた武勇伝によって、多くの住民から慕われている。


彼女は二十歳という驚くべき若さで司祭という立場についている。

教会の司祭に就任するのは三十代以降という例がほとんどであり、彼女の若さは異例中の異例だ。

ましてや王都内にある大聖堂という重要な支部の司祭ともなればなおさらである。

しかし彼女はこういった民衆からの人気や対アンデッドの強力な戦闘員としての能力を認められ、今の地位についているのである。


それでも彼女は謙虚な気持ちを忘れぬようにと、一介の修道女であった頃の服をいまだに身につけている。

もっともこれには、あまり若い者が司祭の衣装を身に着けていると一部の司祭に目をつけられかねないという、彼女の上司による采配でもあるようだ。

彼女自身はどのような服装でもすることは変わらないという考えなので、特に断ることもなくその指示を受け入れている。


大人たちのあいさつが一通り終わると、今度は連れられて来ていた子供達が彼女のもとにわらわらと集まってくる。


「しさいさま、あそんで!」


「ぼく、鬼ごっこがいい!今日こそ、にげきってやるんだ!」


「あの、しさいさま。ご本、よんでほしいです」


何人もの子供達からわいのわいのと同時に言われ、少し戸惑いつつも「順番に」となだめながら相手をする。

率直に言って彼女は、決して愛想のいい方ではない。

口数もあまり多くはないし、美人ではあるが顔つきもどちらかといえば厳しい印象を与えやすい。


しかしなぜか妙に子供達になつかれやすかった。

教会で働く者は働いている両親に代わって子供の面倒を見ることもよくある。

そのため司祭としては嬉しいことではあるのだが、本人としてはこんな愛想のない女のどこを気に入るのだろう、と思っている。


以前この話を研究所の老人にもらした時は「おっぱいがでかいからじゃろ?」などと不真面目この上ない返事が返ってきた。

その直後彼は隣にいた孫娘に思いっきり足裏を踏まれ、その孫の方が代わりに謝罪してくれたので気にしてはいないのだが。


(まったく、あの人はいつになったら年相応に振る舞うようになるのか……)


上司から聞いた話だが、つい先日も教会裏の墓地でなにやらよからぬことをしようとしていたらしい。

自分の何倍も年齢を重ねているはずなのに、まるで聞き分けのない悪童を相手にしているようだ。

目の前の素直な子供達よりも、あの老人のほうがよほど手がのかかる存在だ。


「しさいさま、どうしたのー?」


「……いえ、何でも。ではお外へ行きましょう」


「はーい!」


子供達が元気よく返事をして、我先にと教会の外へと駆け出していく。

エレナもその後をついて歩いて外に出ようとしたのだが、その直前で声をかけられて足を止める。


「ずいぶん子供に好かれてるんだな、司祭様?」


聞き覚えのない声に振り返ってみると、入り口の扉により掛かるようにして腕組みをした一人の男が立っていた。

ボサボサの黒髪に無精髭の、やや粗野な印象の男だ。

着ている服はかなり擦り切れており、あまり良い暮らしはしていないように見える。

腰に剣をさげていはいるが、冒険者のプレートは首に下げていない。


「……どちら様でしょう。初めていらした方かと思いますが」


「ああ、最近この街に移って来たもんでな。ちょいと司祭様に用があってよ」


そう言うと男は、腕組みを解いて歩み寄って来る。

見ると右手の手首から先が無く、なくした手の代わりなのか針金でできた鉤爪のようなものをくくりつけていた。

見かけで人を判断すべきではないとわかっているが、どこか危険な雰囲気を感じてエレナは警戒心を抱いた。


「何でしょう。食べ物や薬が必要でしたら、いくらか蓄えがありますが」


「そんなんじゃねぇよ。俺の手をこんな風にした奴を、なんとかしてほしいんだ」


「そういったお話は、騎士団か冒険者ギルドへどうぞ。道はご案内しますので、どうぞ外へ」


そう言って先に立って歩き出したエレナの後ろから、男が一言だけ言う。


「アンデッドだ」


その一言で、彼女はピタリと歩みを止めた。


「俺を襲った奴はアンデッドだ。それもあんたでないと相手にならないような、強力な奴だ」


男の言葉が終わらないうちに、エレナは踵を返して男の方へと歩み寄る。

そしていつにも増して鋭い目つきで、低く静かな声で男に言う。


「詳しいお話を伺いましょう。お名前を伺っても?」


その男はニヤリと暴力的な笑みを浮かべ、名を告げる。


「グランだ。じゃあ教会の中で話そうか、司祭様よ」

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