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貴族のやり方

「森の土地を、買ったんですか?ルフィナさんのお家が?」


「そうですね。このダンジョンの入り口を含む、ある程度の範囲の森を街道近くまで、まるっと」


「えっと、それで冒険者がここに来なくなるんですか?」


レイには理解できなかったが、ルキアーノはその意図を理解したらしく、顎に手を当てて納得したように頷く。


「なるほど。ダンジョンに至るまでの土地を貴族の私有地としてしまうことで、一般人がここまで来られないようにした、ということですかな?」


「そういうことです」


「流石はお嬢様、シンプルですが即効性のある良い手ですな」


「まぁ私って、魔法で結界張るとかここに泊まり込んでレイ君を守って戦うとか、そういう力は全然無いですからねー。貴族出身っていう立場を活用する方法しかなかったってだけです」


二人の間には共通認識ができているようだが、土地の売買などとは縁遠い自分にはよく分からなかった。

レイがピンときていない様子を見て、ルフィナが順を追って説明をしてくれる。


「いいですか?そもそも王都を含むこのあたりの土地は貴族の領地ではなく、国王の直轄地となっています。国王の直轄地は国有地なので基本的に国民であれば誰でも自由に出入りできますが、貴族の所有する領地は私有地なので誰が出入りできるか所有者である貴族が決められます」


「えっと……国の土地は誰でも入れるけど、誰か個人が持ってる土地は違うってことですか?」


「そうです。人の家に勝手に入ったら怒られるのと大体同じですね。で、国の土地だったところを私の家が自分の土地にしたので、誰が入っていいかは基本的に私の家が決められるようになったってことです」


「なるほど……」


話の規模が大きすぎてまだ実感が湧かないが、理屈はなんとなく理解できた。


「まぁ王国軍や教会は事態に応じて勝手に入る特権を行使することもできますが、そのへんは一旦置いときましょう。要するに普通の人が許可なしでここに来ると、不法侵入でしょっぴけるようになったってことです」


「適当な囲いや立て札で私有地であることを示しておけば、むやみに踏み荒らそうとする者はいなくなるでしょうな。誰でも無用なトラブルは避けたいものですから」


「そゆことです」


ルキアーノの言葉をルフィナが肯定する。


「それに王都に近いこの辺りが国王の直轄地であることは、土地勘がある人なら誰でも知ってます。そこに貴族の私有地ができたわけですからね。多少頭が働く人は余計に気をつけるはずです」


「そういうものなんですか?」


「対価を支払って買ったとはいえ、国王から賜った土地ですからね。そんな場所を無許可で踏み荒らしたりすると……」


「その土地の所有者である貴族だけでなく、その土地を与えた国王にも喧嘩を売るような行為とみなされかねない、というわけですな」


「ま、あの人が今更そんなことを気にするかは微妙ですが、他の冒険者に対してはある程度の牽制になるでしょう」


「へー……。そうなんですね」


二人の言う事に、レイはただただ感心するしかなかった。

自分にはそこまで考えが及ばなかったが、ルフィナはこういった駆け引きにも長けているようだ。


(ルフィナさん、ほんとに貴族なんだなぁ……)


彼女が高貴な身分であるという実感を新たにしていると、ふと疑問が湧いてくる。


「そういえば国有地って、そんなに簡単に買えるものなんですか?」


「普通は無理ですな。いくらお金があったとしても、平民はおろか、貴族でも国王の直轄地はおいそれと買い受けられるものではありません」


「そうですね。……まぁだからこそ、お父様にお願いする必要があったわけで」


「ルフィナさんの、お父さんですか?」


レイが聞き返すと、ルキアーノが誇らしげに説明する。


「先程も申し上げましたが、我が主は国王の右腕とまで呼ばれるお方です。他の貴族なら難しいでしょうが、我が主であれば可能でしょう」


「そ、そんなにすごい方なんですね」


「ええ、そうなのです!我が主は素晴らしいお方なのです!」


「まぁ、政治的な能力はすごいですね。政治的な能力は……」


ルキアーノがやや興奮した様子で主を讃えているのに対して、ルフィナは何か物言いたげな雰囲気だった。

以前にも頼み事をするのは控えたい、と話していたが、今回は大丈夫だったのだろうか。


「ちなみに、どんな風にお願いしたんですか?」


「あー、まぁ、なんというか……普通にですね」


「ええ……。私が『ちょっとお願いが』って言うと、『いいぞ!』って答えるんですよ。まだお願いの内容言ってないのに……」


「す、すごいですね」


「我が主は、お嬢様にはとことん甘いですからな。お嬢様が少しでもお喜びになると見ると、あらゆる手段を持って事に当たるのです」


「はは……」


どう反応すればいいのかわからなくなり、レイは乾いた笑いをもらす。

メディス家当主のルフィナに対する溺愛ぶりは本当に凄まじいもののようだ。


「まぁともかく。武装した集団がここに乗り込んでくるということは、これでそうそう起こらないでしょう。レイ君も、少しは安心していいと思いますよ?」


「ありがとうございます、ルフィナさん!」


「レイ君の安全のためですからね。これくらいは安いもんです!」


ルフィナの言葉は素直に嬉しいものだったが、レイには気になることがあった。

自分のためにルフィナが貴族であることを最大限に活かした手を打ってくれたというのは嬉しいことだが、一方的に守ってもらっているようで少し気が引ける。

それにルフィナもまた、グランに襲われてもおかしくない状況なのだ。

ルフィナの身分を知ればグランも簡単には手を出せなくなるだろうが、だからといって安全と言い切れるわけではない。


自分の身を自分で守るために、そしてルフィナを守るために、今の自分にできることはないだろうか。

少しの間考えた結果、レイはあることを思いつく。

こんなことをしても、あまり意味はないかもしれない。


(でも、少しでもできることがあるなら……)


レイは一度目を閉じて軽く深呼吸をする。

そうやって軽く緊張をほぐしてから再び目を開くと、ルキアーノの顔を見据えて言った。


「あの、ルキアーノさん。お願いしたいことがあります」


「む?なんでしょう。私にできることであればなんなりと」


「僕に剣を教えてくれませんか?」


「ほう……?」


ルキアーノは軽く眉を上げて、レイの顔を探るような目つきで見る。

なぜそのようなことを言うのか、ということを問うているようだった。


「ルフィナさんのおかげで、ここは前よりも安全になりました。でも今回、ルキアーノさんと戦ってみて思ったんです。力が強くなっただけじゃダメなんだって」


ルキアーノの目を真っ直ぐ見つめ返し、レイははっきりとした口調で言葉を続ける。


「僕、もっと強くなりたいんです。だから、剣の腕を鍛えることができればと思って」


「なるほど、ご自身で身を守る力をつけるべきだとお考えなのですな?」


「はい。それに、えっと……」


レイはルフィナの方をちらりと見る。

その先は言えなかったが、ルキアーノはその様子から何か察してくれたようで、小さく笑って答えた。


「ふふ……なるほど。お嬢様、いかかでしょうか」


「私はいいと思いますよ?最近のルキアーノさんはそこまで忙しくなさそうですし。お父様の方には私からうまく言っておきます」


「かしこまりました。ではレイ殿、私で良ければ剣の稽古をつけさせていただきます」


「あ、ありがとうございます!」


レイが頭を下げて礼を言うと、ルキアーノは優しく微笑んだ。


「なに、ちょうど私も鍛錬の仲間がほしいと思っていたのですよ」


「ルキアーノさんとまともに戦える人って、王都にもそんなに多くないですからね。レイ君は色々特殊ですから、手合わせすればお互いにとっていい訓練になりそうです」


「まさに。では私も、定期的にこちらを訪れることとしましょう。お嬢様の護衛にもなりますし」


護衛、という言葉にルフィナが小さく唇を尖らせる。


「ありがたいんですけど、護衛って言うとちょっと堅苦しいですよねー」


「何をおっしゃいます!私としては、常日頃からお供を付けていただきたいくらいです。そもそもお嬢様はメディス家のご令嬢としての自覚が少々……」


「あーあー聞こえませーん」


ルキアーノが小言めいたことを言い出し、ルフィナは両手で耳をふさぐ。

レイはその様子をみて小さく笑うと、二人にお茶でもいれようと考えて、水を汲みに川へと向かった。

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