名門貴族の御令嬢
「ル、ルフィナさん、き、貴族だったんですか!?」
「えー……まぁ、はい」
気まずそうに目をそらしながら答えるルフィナ。
驚いているレイに追い打ちをかけるように、ルキアーノが更に詳細な説明を付け加えてくる。
「ただの貴族ではございません。メディス家は代々この国の要職に就く人材を多く輩出して来た、名門中の名門でございます」
「め、名門中の名門……」
「特に現当主は国王の右腕とも言われるお方。早い話が、実質この国で二番目の地位ということですな」
「このくにで、にばんめ……」
ルキアーノの説明を聞いていると、レイは頭がクラクラしてきた。
そんな雲の上のような家の人間をこのようなダンジョンの中に泊まらせ、使い走りのように街に買い物に行かせ、あまつさえ同じ寝床で眠っていたのだ。
自分が今までしてきたことがどれだけ恐れ多いことだったのかと考えると、とても平常心ではいられなかった。
「あーあーもう、あんまり余計なこと言わないでください。レイ君びっくりしちゃってるじゃないですか」
「ですが、事実でございます。お嬢様のご身分を考えれば、このくらいのことは知っておいていただかねば」
「その『お嬢様』とか『身分』とか、あんまり好きじゃないんですって。最初に会った頃はルキアーノさん、もっと荒っぽい言葉遣いだったじゃないですか。なんでこんな執事みたいな感じになっちゃったんです?」
「我が主に恥じない立ち居振る舞いを身に着けようとした結果ですな。今となっては当時の自分の言葉遣いは……いやはや、お恥ずかしい限りです」
ルフィナとしては、仰々しい態度で対応されるのがあまり好きではないらしい。
貴族というものは皆、そういう対応をしなければ軽んじられていると感じて怒るものだ、と考えていたレイにとってはかなり意外なことだった。
とはいえ自分のような農民生まれでなんの能力も功績も無い、今やまともな家も持っていない人間が、彼女と親しげに話すなど許されるのだろうか。
「えっと……僕もその、ルフィナ様とかってお呼びしたほうが良いんでしょうか?」
「絶対ダメです!」
涙目になりながら、ルフィナが即答する。
これほど狼狽している彼女を見るのもまた初めてだった。
「お願いですから今まで通りにしてください!レイ君にそんなよそよそしい呼び方されたら、私泣いちゃいます!」
「わ、わかりました。ルフィナさん」
あまりにも強い勢いで言われたので、言われるがままに頷いてしまう。
確かに相手の身分を知ったからといって、急に態度を変えるというのもある意味不誠実なのかもしれない。
それにそういった対応をして欲しくないからこそ、彼女は自分が貴族であることを話そうとしなかったのだろう。
「あ、『お姉ちゃん』とかどうです?リンちゃんに会った時にも言ってみたんですけど、思いっきり嫌な顔されちゃったんですよね……」
「いえ、流石にそれは……」
「むー、ちょっと残念です。レイ君なら呼び捨てにしてもらってもいいんですけどねー」
「お嬢様。いくらお嬢様がお許しになったとしても、年の近い異性に呼び捨てにされているとお父上がお知りになったら……」
「あー……。レイ君の身が危険ですね。はい」
「危険ですか……」
そういえば以前リンが、ルフィナの父親は娘のことを溺愛していると話していた。
この国で二番目と言われるような身分の貴族と会う機会など到底あるとは思えなかったが、あまり親しげにしていることを知られないほうがいいようだ。
「時にお嬢様。なぜこのような場所に来られたのか……というより、そもそもなぜお嬢様がレイ殿をご存知なのかお伺いしても?」
「んー、今日は多少進展が合ったのでその報告と様子見に来たんですが……。レイ君の身の上も合わせて、最初から話した方が良さそうですね」
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「……とまぁそんなわけで、私やリンちゃんやヘッケル様が時々レイ君に会いにここまで来ているわけです」
レイがこのダンジョンで暮らすことになった経緯と、ルフィナがこのダンジョンに訪れるようになった理由をルキアーノに説明し終える。
ルキアーノは最後までほとんど黙って聞いていたが、話が終わると突如、ぶわっと涙を流し始める。
彼ほどの大男が涙を流して泣くとは思わなかったので、レイはギョッとしてしまった。
「ル、ルキアーノさん?」
「なんという……なんという壮絶な過去をお持ちだったのか……!」
ルキアーノは流れる涙を拭おうともせずに、レイの身の上話に感じ入ったように言葉を続ける。
「その若さで人に裏切られて死線をさまよい、それでも腐らず一人でも前向きに生きようと努力し……そしてなにより!」
ルキアーノはレイの両肩を強く掴む。
「あなたはお嬢様の命を救ってくださった」
そして深く頭を下げ、レイに感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます。お嬢様にもしものことがあれば、我が主がどれだけ嘆き悲しまれたことか……!」
「いえ、そんな……僕もルフィナさんにはたくさん元気づけてもらっていますし。その、力になれたならよかったです」
ルフィナを助けられたことは、自分でもちょっぴり誇りに思っていることだ。
そのおかげで一人ぼっちで生きていくこともなくなったし、彼女と知り合えたおかげで、結果的に自分の体のことを知ることもできた。
「でも、いいんですか?僕、アンデッドかもしれないんですけど……」
「お嬢様を救ってくださったのであれば、私がレイ殿を信頼するには十分です。『生まれでも言葉でもなく行動を見よ』というのが、我が主の教えですので」
「ルキアーノさん、昔は野盗でしたからね。亜人と一緒に生活してたこともあるって言ってましたし」
「そ、そうなんですか」
レイのような体の持ち主からしても、亜人と生活するというのはかなり驚きだ。
言葉が通じる者がいるとは聞いたことがあるが、ほとんどの亜人は人間の生活圏からは離れた所で暮らしているはずなので、同じ場所で生活したことのある人というのはレイにとって初めてだった。
家の方針のためかルキアーノもルフィナも、種族や出自に関してはかなり寛容な考え方の持ち主のようだ。
「そのような方に、私は一体なんということを……申し訳ない。どれだけ償っても償いきれるものではありませぬ」
「レイ君、私からもごめんなさい。私の家が雇った人が、レイ君に取り返しのつかないことをしてしまうところでした」
二人から同時に頭を下げられてしまい、レイは困惑してしまう。
「そ、そんな!ルキアーノさんは、悪気があったわけじゃないですし……。ほ、ほら!怪我も治ってますから、頭を上げてください!」
「なんと寛大な……お若いのに、度量の大きいお方です。このルキアーノ、できる限りレイ殿のお力になることをお約束いたします!」
「レイ君、ありがとうございます。……そういえばルキアーノさんも、あの人に騙されてたんですよね。ごめんなさい、勢いで思いっきり殴っちゃって」
「いえ、グラン殿の虚言を鵜呑みにしてしまった私の落ち度です。どうかお気になさらぬよう」
二人が頭を上げてくれたことにホッとしたレイだったが、グランのことを思い出して表情を曇らせる。
彼はあのまま街まで逃げおおせてしまっただろう。
ルキアーノと同じように連れてこられる冒険者がまたいないとも限らないと思ったのだ。
おまけに、自分がアンデッドという可能性があるということも知ってしまっている。
今回にも増して、人を数多く引き連れて討伐にやってくる可能性もあるだろう。
「そのグランさんのことですけど、これからどうしましょうか。また他の冒険者の人を大勢連れてこられたら……」
「ぬぅ、確かに。王都のギルドであれば私の顔が多少効きますが、他の街のギルドとなると……」
「そうですね。どの冒険者に対しても、この場所が手出し無用であると示す必要があります」
「なにかいい方法があるんですか、ルフィナさん?」
「ふっふっふ……。実は今日来たのは、その話をするためなんです」
そう言うとルフィナは、折りたたまれた一枚の書類を取り出した。
ルフィナがそれを広げると、ルキアーノがそれを覗き込んで軽く目を通す。
「これは……土地の権利書ですかな?」
「はい。このダンジョン外にある森一帯の土地を、メディス家が買い受けました」