達人の剣戟
「ぬぅん!」
ルキア―ノの攻撃をどうにか剣で受け止め、鍔迫り合いの形になる。
先程から数度打ち込まれてなんとか受け止めてはいるものの、剣の速さについていくだけでやっとだった。
この体になる前のレイであれば、とうに切り伏せられていたことだろう。
「ふむ。剣の腕というよりは、単純に素早いために受け止められている、という感じですな」
剣を合わせたまま、ルキアーノが余裕そうに言う。
恐らく自分よりはずっと格上の剣士なのだろう。
自分の剣の腕が大したものではないということは、あっさり看破されてしまったようだ。
動きや表情には余裕があるし、呼吸が一切乱れていないことからも、そのことは間違いなさそうだ。
対してこちらは攻撃の速さや迫力に圧倒されて、呼吸がかなり乱れてしまっている。
「このっ……!」
「むっ」
レイが力を込めて剣を払うと、ルキアーノはそれに押されて数歩分後ろに下がる。
自分のような小柄な者に押し返されるのは予想外だったのか軽く驚いた様子だったが、相変わらず体勢は崩れていなかった。
「なるほど、確かにかなりの腕力ですね。これは驚きです」
驚いた、という言葉の割には余裕が乱された様子はない。
単純な腕力があるだけの相手には負けないという自信があるのだろう。
「しかしどうにも動きというか、気配が読みにくいですな。さて次はどうしたものか……」
次の攻め方を考えているらしいルキアーノを観察しつつ、レイはどうやって相手を撃退すればよいか必死で考える。
致命的な攻撃をしないようにしているせいかもしれないが、どこに向かって攻撃するのか見透かされているようで当たる気配がない。
レイはルキアーノを殺したいわけではない。
彼さえ自分のことをどうにか諦めてくれれば、グランを追い返すことは恐らくできる。
また別の人間を連れてここに来る可能性はあるが、とりあえずこの場は凌げるはずだ。
だが自分程度の剣の腕では、ルキアーノほどの手練に殺さないように攻撃を当てることはかなり難しいようだ。
「では、これではどうでしょう」
レイが打開策を思いつく前に、ルキアーノは再びレイに向かって剣を振る。
先程と同じように左手の剣でそれを受け止めようと、レイは打ち込まれた剣に合わせて構える。
しかしーー
(……えっ!)
ルキアーノの剣が止まらない。
防御をすり抜けるようにして、そのまま体へと迫る。
とっさにレイは右腕を動かし、体に当たる寸前でその剣を受け止めた。
頑丈な毛皮の灰熊の腕とはいえ、剣をまともに受ければ無事ではすまない。
レイの右腕に刃が食い込み、地面に地が滴り落ちる。
「ふむ、やはりこういった技には反応できないようで」
「くっ……!」
腕に食い込んだ剣を振り払い、なんとか距離をとる。
ルキアーノは離れようとするレイに追いつこうとはせず、悠々と構えている。
先程の技への対処ができなければ徐々に追い込める。
そう考えているのだろう。
「ではこういう感じで……む?」
再び斬り込もうとしたルキアーノの足が止まる。
その視線は、先程傷を負わせたはずのレイの右腕へと注がれていた。
「これはなんと……傷が治ってしまうのですか」
ルキアーノの言う通り、レイの右腕の傷は既にほとんどふさがり始めていた。
この体になってから初めて負った深い切り傷だったが、この体の再生力はそれをものともしないようだ。
「ふむ。異常に高い再生力に、この妙な体の気配。ひょっとして……」
「……っ」
ルキアーノが言おうとしていることがわかった気がして、レイはどきりとした。
自分の体の特徴を見ればーー
「アンデッド、ですか?」
その結論は、当然の帰結だ。
そうとは限らないとヘッケル卿から聞かされているものの、レイはとっさに否定することができなかった。
レイの沈黙を肯定と受け取ったようで、ルキアーノは右手で剣を構えたまま顎をさする。
「ふむ。これだけ再生力も腕力も強いアンデッドを拘束するのは骨ですな。縛ってもあまり意味がないでしょうし、体力も底が知れません」
「お、おい何言ってんだ。こいつはここで始末したほうが……」
「我が主の方針としては『会話ができるならなるべく殺すな』ですので。意思あるものは、法の下に裁かれるべきとお考えのようですから。……言っておりませんでしたかな?」
焦った様子のグランに対してさらっと返すルキアーノの言葉を聞き、レイは少しホッとする。
どうやら問答無用で即座に殺されるというわけではないようだ。
が、それに続く言葉を聞き、レイは凍りつく。
「仕方ありません。適度に痛めつけて手足をいくらか落とした後に、どうにかして意識を奪って拘束しましょう」
「は、い……?」
「手足を落としても再生するやもしれませんが……まぁ、そうなったらまた考えますか」
なんでも無いことのように恐ろしいことを喋り続けるルキアーノを見て、レイは全身に鳥肌が立ってきた。
脅しでないことは、彼の話す調子や表情からも明らかだ。
目の前の大男は今口走った恐ろしいことを実行するだけの意志と力量がある。
このまま負ければ間違いなく腕や脚を切り落とされるだろう。
右腕を失った時のことを思い出し、肩口がズキズキと痛むような感覚を覚える。
傷がすぐに治るとは言っても、目覚めた時に腕が無かったことを考えれば、切り落とされた四肢が再生するとは考えにくい。
何よりまた腕をなくしてしまうかもしれないと思うと、それだけであの時の恐怖が蘇ってくる。
打ち込まれてもいないのに息が上がり、足がすくんでしまいそうだった。
「では、参りましょうか。多少痛むでしょうが、死なない程度には加減するのでご安心を」
「……全然、安心できないんですけど」
「なに、我が主であれば寛大な処遇を検討してくださるでしょう。……腕を落としたくらいで改心していただけるとよいのですが」
ルキアーノがいよいよ攻撃を再開しようと踏み込んできた。
レイはじりじりと後ろに下がりながら、この場から逃げる方法を必死で考える。
【本邸】の出入り口はルキアーノの向こう側だ。
グランはルキアーノの後ろで戦いを見守っているが、剣を抜いていない。
どうにかして二人の横をすり抜ければ、外には出られるかもしれない。
切りつけられるのを覚悟で脚力に任せて全力で跳べば、なんとかなるだろうか。
(でも、ここから逃げて……それから?)
このダンジョンを出て、どこへ行けばいいのか。
他に行くあてなどないし、ここを離れてしまったらルフィナ達と再会することも難しいだろう。
自分は王都に近づくことはできない。
きっとどこかの森の中で、人目を避けて隠れ暮らしていくくらいしかできないだろう。
(せめてもう一度、会いたかったな)
彼女達ともう会えないかもしれないと考えると、気分が深く沈んでいくのを感じる。
この戦いに負けても、うまく逃げたとしても、また一人になる。
ルフィナ達に出会う前に戻るだけかもしれないが、それは彼女達に出会ってしまった後だからこそ、辛かった。
それでも。
(ここで負けてしまったら、本当に二度と会えなくなる……!)
生きていれば、再会できる可能性はゼロではない。
諦めなければ、希望はある。
レイは深く息を吸って吐くと、左手の剣と右腕を体の前に構えて姿勢を低くする。
防御を固めた姿勢で、一気にルキアーノの隣を跳んですり抜けるのが狙いだ。
レイの覚悟を決めた表情を見て、ルキアーノも警戒心を高めたようだ。
先程の余裕ある表情は消え去り、油断のない鋭い目をしている。
「では……ぬ?」
突然、レイに近づいていたルキアーノが歩みを止める。
数秒後、その原因にレイも気づいた。
ーー誰かがここに近づいている。
ダンジョンの通路の方から、誰かが走ってくる足音が聞こえてくるのだ。
その足音は止まることなく徐々に近づき、とうとう【本邸】の入り口に到達する。
足音の主は息を切らせて、【本邸】の中へ大声で呼びかけてきた。
その声はレイが誰よりも会いたかった、彼女のものだった。
「レイ君、無事ですか!?」