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レイの役割

街道に沿って1時間ほど進むと、背の高い糸杉が街道の隣に立ち並ぶ場所に到着した。


「情報屋が言っていた目印は多分これだな。ここから東の森に入ってまっすぐ行けば、目的のダンジョンが見えてくるらしい」


グランの言葉に従い、全員揃ってその場所から街道を外れて山の麓に向かって広がる森の中へと入っていく。

人が通るように整備された道は無かったが、なんとか馬も入っていけそうな地形だった。

ただ流石に騎乗したままでは無理なので、全員馬から降りて手綱を引いて歩いて進んでいった。


この辺りの森はこの国の東端を南北に横断している、タマイラ山脈の麓から続くカリン大森林の一部になる。

この国の王都は国土の中央からやや東寄りにあり、コルタナはその更に東側に位置している。

そしてこれから向かうダンジョンは、コルタナの南東にある森の中、つまりこの国の中でもかなり東側にあることになる。


この辺りに亜人系のモンスターはおらず出現するのはほとんどが獣系のモンスターなので、街道近くであればさほど危険はない。

モンスターの縄張りに注意していれば、農村に住む人間が採集や狩りのために森に入ることもある。

ただ山脈地帯周辺まで深入りすると山の厳しい環境に適応した強力なモンスターに出くわすので、十分な注意が必要だ。


街道から森に入った地点からまっすぐ奥へと進んでいくが、しばらくは鬱蒼とした森が続いた。

レイは馬の扱いには慣れていなかったので、馬の様子を見つつーー時折そのせいで転びそうになったーー遅れないように進むので精一杯だった。

そのために街道からどの程度奥まで入ったのかわからなくなってしまった。


レイがグラン達の歩みから遅れそうになり始めた頃、一行はようやく目的地にたどり着いた。

地震か何かによって地層が隆起した結果出来たのか、割と平坦だった森の途中で急に岩肌が剥き出しになった斜面が現れた。

周辺の地面には背の高い草が生い茂っており、斜面には地下へと向かう大穴がポッカリと口を開けていた。


「あったあった!おいボウズ、馬をその辺の木に繋いでおいてくれ」


「あ、はい!」


レイは素直に頷くと、全員分の乗ってきた馬を近くの木に繋いでいった。

その間グラン達はなにやら相談をしているようだったが、遠すぎてレイには何を話していたのか聞こえなかった。

レイが馬を繋ぎ終えたあたりでグラン達の話もちょうど終わったらしく、全員が揃ったところで最後の確認となった。


「じゃあ早速入るが、装備はいいな?」


「はい、僕はこのままで大丈夫です」


「よし、じゃあボウズが前衛、俺が中央、ロイドとリンダは後ろだ」


「はーい!」


「……わかった」


リンダは手を挙げて元気よく、ロイドはボソリと返事をする。

四人はおのおの明かりを手に持ち、ダンジョンへと足を踏み入れた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


横穴に入ってしばらくはゴツゴツとした壁が続くただの洞穴のようだったが、途中から明らかに人の手で作られたような道に変わった。

この場所も、恐らく各地に点在する古代文明の遺跡の一つなのだろう。

こういった地面に埋もれた遺跡は野晒しになっているものと比べて非常に保存状態が良く、発見されにくいこともあって価値のあるものが発見されることが多い。

レイの期待は否応なしに高まっていった。


遺跡の通路は床から天井まで同じ意匠の石造りで、かつては人通りが多かったのか、かなりゆったりとした横幅で造られている。

レイ達全員が横に並んで歩いて行くこともできそうだった。

天井も十分すぎるほどに高く、レイでは到底手が届かないような高さがある。

街で言うと目抜き通りにあたるような通路だったのかもしれない。

そしてこれだけ横幅が広く長い通路であるにも関わらず、不思議とこの通路には天井が崩れた場所がほとんどなかった。


途中曲がり道や分かれ道は何度かあり、この通路から逸れた細い通路も何度か探索した。

しかしどの道も途中で崩れていたり、個室らしき出入り口があっても固く閉ざされていたりしたため、結果的にはこの目抜き通りのような通路を奥へ奥へと進んでいった。


そしてそのまま2時間ほど探索を続けたが、これといったものは発見できないままだった。

道中大きな戦闘も無く、大型芋虫ワーム蝙蝠バットなどの小型モンスターに数度対処した程度。

他に大したモンスターはおらず、あとはスライムを見かけた程度だった。


スライムはダンジョン内をうろつく粘液状のモンスターで、生きている存在には何ら害を与えない。

動物やモンスターの死骸などを餌として吸収し、また次の餌を求めてうろうろと這いずり回る。

ただそれを繰り返すだけの存在であり、他のモンスターからも冒険者からも、特に邪魔でなければ無視される存在だ。


「ちっ。こんだけデカい遺跡だってのに、今回はハズレか?」


何も見つからないまま時間が経っていることに、グランが少しいらだったような声を出す。

せっかく未知のダンジョン、それも地下遺跡に来たというのに、ここまで何も見つからないと落胆するのは理解できる。

しかしレイは、それとは別のことが気になっていた。


「……あの、なんか変じゃないですか?」


「あん?何がだよ」


「さっきからかなり小型のモンスターしか出てないですよね。普通これだけ広いダンジョンなら、もっと体の大きいモンスターがいるんじゃないかなって……」


広いダンジョンには大型のモンスターが出やすいというのは、冒険者の間では有名な話だ。

そしてこのような遺跡であれば尚更だ。

保存状態の良さというのは、価値のあるものだけではなく、アンデッドやゴーレムが誰にも倒されずにそのまま残っているということも意味する。


だがこのダンジョンには大型モンスターも、アンデッドもゴーレムも見当たらない。

それらがもともといなかったとしても、これだけ広ければどこかから入り込んだ小動物系のモンスターが住み着いているのが普通だが、それすら見当たらない。

つまり、静かすぎるのだ。


「楽でいいじゃねぇか。いいから探索を続けようぜ」


「……そうですね、わかりました」


自分よりも経験豊富そうな冒険者が三人もいるのだ、心配ないだろう。

レイがそう思い直してまた一つ角を曲がった瞬間、突如レイの鼻を悪臭が襲う。


「うっ……!?」


これまでの通路に漂っていた湿った埃の臭いとは全く異質な、腐った獣の肉を煮詰めたような臭いだ。

軽い吐き気を催すほどの臭いに、レイは思わず鼻を覆って歩みを止めた。

そして後ろを歩いていたグランに止まるよう合図を送る。


「なんだ?何か見つけたのか?」


「グランさん、何か臭いませんか?」


「……うげ、なんだこいつは……」


グランもその臭いに気付いたらしく、同じように顔を歪めた。


「どうします?」


「肉食系のモンスターの住処が近いのかもな。……けどここまできて手ぶらで帰りたかねぇだろ。警戒して先に進むぞ」


「……はい」


自分達にどうにかできるだろうかという不安が頭をよぎったが、やはり年長者でありリーダーであるグランに従うことにして、レイはゆっくりと先頭を歩く。


悪臭は通路の壁にあいた大きな穴から漂ってきているようだった。

臭いの発生源を確かめるべくその横穴の奥へと進むと、さほど時間をかけずに突き当たりの広い空間に行き着く。

そこには漂っていた悪臭の原因が、山と積まれていた。


死体だ。

そこには、死体が山積みになっていた。

角兎アルミラージ黒狼ダイアウルフ灰色狐グレイフォックス砂蛇サンドサーペント……。

およそレイが思いつく限りの動物系モンスターの死体が、そこには全て揃っているのではないかと思えるほどの光景だ。

周囲にはその死体を食い散らかしたような形跡があり、大小様々な大きさの骨や肉片が転がっている。

この死体の山と転がった肉片、そして数ヵ所のドス黒い血溜まりが、先程の異様な悪臭の原因だったのだ。


「これは……!」


「おいおいこいつは……」


その光景を真っ先に目にしたレイとグランは息を呑む。

後ろから続いて来たロイドとリンダも、その光景を目にする。


「……う」


「ちょっと、これなんなのよ!?」


ロイドは無言で顔を青ざめさせ、リンダは悲鳴のような声を上げる。

これは明らかに大型の肉食モンスターの仕業だ。

それも、これほどの光景を作り上げるほどの、強さと凶暴さを兼ね備えた。


「こりゃ思ったよりもやべぇもんがいるな。俺らじゃ勝てないかも知れん」


「確かに、これは手強いモンスターが住んでいるみたいですね。ここまでほとんどモンスターがいなかったのは、ここに住んでいるモンスターが全部殺し尽くしていたから、ということでしょうか……」


二人の言葉で、リンダの顔色がますます悪くなる。


「ちょっと、そんな奴とここで出くわしたらヤバイじゃない!どうすんのよ!?」


「大声を出すな!それこそ誘き寄せちまうだろうが!」


叫ぶリンダに対して、グランも叫び返す。

その時、その空間の奥から心臓が凍りつきそうな、低くゆっくりとした音が響いてくる。

それは、一番奥の壁際でうずくまっていた、この部屋の主の唸り声だった。

暗さのせいで誰も気づいていなかったが、この部屋の主は留守ではなかったのだ。


全身を濃い灰色の毛で覆われたそれは、寝そべったままゆっくりと不機嫌そうに頭を上げて自分の眠りを妨げた音のした方を向く。

そして自分の寝床に侵入した者達の存在に気づくと、立ち上がって侵入者達に向き直り、先ほどよりも強い威嚇の唸り声を上げる。


それは、巨大な熊の姿をしていた。

立ち上がれば身長はレイの倍以上はありそうな大きさをしており、真っ赤な眼を光らせて侵入者達を敵意の眼差しで睨みつけている。

普通の熊と比べて、体のサイズに対して明らかに大きな鋭い爪と牙を持っており、それがただの大きな熊ではなくモンスターであることを主張していた。


「おいおい、マジかよ……。巨灰熊ギガントグリズリーじゃねぇか……」


「グ、灰熊グリズリー?」


レイの知る灰熊グリズリーは、熊の姿をした強力なモンスターだ。

基本的に森の中の洞穴や大きな木のうろに住み、あらゆる動物系モンスターを捕食する。

巨灰熊ギガントグリズリーという名前から、その更に上位種なのだろうとレイは推測する。


「こりゃヤベェな。足も速いから走って逃げ切るのも厳しい」


「ど、どうするんですか?グランさん?」


レイが指示を仰ぐと、グランはごく当たり前のように言い放つ。


「よしロイド、やれ。麻痺だ」


「っ……」


ロイドは一瞬躊躇するように動きを止めたが、その後即座に魔法を発動させる。

ねじくれたような木の杖から放たれたそれは、狙いを過たず標的に命中して効力を発揮した。


「……え?」


なにが起こったのかわからない、というぽかんとした表情のまま、レイは前のめりに倒れる。


「ロ、ロイドさん、グランさん?何を……?」


麻痺魔法の効果で動きにくくなった唇をなんとか動かし、レイはグランに問いかける。


「何って、逃げるんだよ。お前は囮だ。そのために連れて来たんだからな」


「お、囮って……。ぜ、前衛が欲しかったんじゃ……?」


そう言って何とかグランの方に顔を向けると、心底バカにしたような表情でレイを見下すグランがいた。


「おいおい、お前みたいなチビのヒヨッコをあてにしてると本気で思ってたのか?未知のダンジョンに行くのに、こういうやばい奴に出くわした時のための足止めが欲しかったんだよ。仮に何もいなかったとしても、お前程度ならいくらでもピンハネできるしな」


「そ、んな……」


珍しく人から頼られたと喜んでいた気持ちを裏切られ、レイは頭の中がぐるぐると回っているような感覚に陥る。

しかしそんなレイの動揺など関係なく、巨灰熊ギガントグリズリーが唸り声をますます強く上げながら、ゆっくりと四人に向かって歩み寄って来る。


「おっと、そろそろ逃げねぇとな。じゃあ、せいぜい頑張って時間を稼いでくれや!精一杯頑張って役に立ってくれるんだろ?ガハハハハ!」


グランは笑いながら歩いてきた道を急ぎ足で戻って行った。

絶望したレイは、すがるような目でロイドとリンダを見る。


「た、助け……」


「ごめんねー?あたしもまだ死にたくないしー。君の分まで楽しく生きたげるから、ゆるしてねー?」


「……ごめん」


必死に助けを乞う言葉も最後まで聞かず、二人はグランに続いて来た道を引き返して行く。

レイはただ呆然と、それを見送ることしかできなかった。

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