グランとの戦い
ルフィナを背にかばい、グランと対峙するレイ。
状況がまだ飲み込めていないルフィナは、レイに説明を求めようとした。
「レイ君、一体……」
「てめぇみたいなガキに何ができる!さっきはどういう手品を使ったか知らねぇが、もう容赦しねぇ!」
ルフィナの言葉を途中でグランが遮り、再び剣を構える。
武器を持っていないレイは、何も持たないまま重心を少し低く落として身構えた。
「俺がいつもの重装備を身に着けてないからって甘く見てんのか?重装備なしでも、武器なしのお前なんぞ敵じゃねぇんだよ!」
「武器ならあります」
そう言うとレイは足元にあった握りこぶし程度の石を拾い、左手にしっかりと握り込む。
「ハッ!そんなもんがお前の武器か?笑わせやがって、そんなもん……」
心底バカにした表情のグランの言葉の途中で、レイは軽く振りかぶって握った石を地面に思い切り叩きつけた。
放たれた石はレイとグランの間の地面に凄まじい音をたてて激突し、地面に大きくえぐれた穴を作る。
「……なん、だと?」
もうもうと上がる土煙の中で、グランが信じられないという顔でレイの作った穴を見る。
自分が怪力を手に入れたことを知らなかったのだから、驚くのは当然だ。
これを見せることで、まずは今の自分が持っている力がどれほどのものかを理解させようとレイは考えたのだ。
「ルフィナさんには何もしないと約束して、ここにはもう来ないでください」
レイは静かに言い放つ。
少なくとも自分は、グランが戦うことを諦めた巨灰熊を倒すことに成功している。
正面から戦っても、恐らく負けないだろう。
相手もそう思ってくれれば、こちらに手出ししなくなるはずだ。
だがこの状況でも、グランは剣を収める気が無いようだった。
剣を構えたままレイを睨みつけ、顔を赤くして怒りの言葉を投げつけてくる。
「揃いも揃って俺のことをコケにしやがって、これでもくらいやがれ!」
グランはレイの作った地面の穴から飛び散った土を片手で掴むと、レイに向かって投げつける。
「うわっ!?」
剣ではない予想外の攻撃に、レイは思わず顔を手でかばって目を閉じてしまう。
その隙にグランは素早く前に出て、レイとの距離を一気に詰める。
「いくら投げる力が強くても、当たらなけりゃ意味ねえんだよ!」
レイが目を開けた時にはグランは目の前に迫っていた。
もう石を投げつけるような間合いではない。
そのまま剣の間合いに入ってきたグランは、勢いそのままに剣を振り下ろした。
「死ねや!」
「レイ君!」
グランの殺意に満ちた声と、ルフィナの叫び声が聞こえる。
かわすこともできたそうだが、後ろにルフィナをかばっているため下手に避けては彼女に危険が及ぶ。
(とにかく、剣を……!)
剣を落とさせるか、最悪右手で受け止めることができればいい。
レイは一瞬の間にそう考え、鋭い爪の生えた右手を素早く振るう。
ヒュ、という空を切る音がした。
直後。
「あ……?」
ぐしゃりという何かが潰れたような音がして、グランの剣が地面に落ちる。
グランはなぜ剣を手放したのか、自分でもわからないという呆けた表情だった。
彼は自分の剣を握っていたはずの右手を見る。
が、そこに手は無かった。
グランの右腕は手首で途切れ、そこからは勢いよく血が吹き出していた。
右手首から先が、レイの右手の爪によって切り飛ばされたのだ。
「あ、がぁぁあああ!」
手首の荒っぽい断面から、拍動に合わせて血が溢れ出す。
傷口を左手で抑えようとしているが、血で滑ってなかなか抑えられないようだ。
「お、俺のて、手が、手が、手がぁぁあああ!」
グランは狂ったように手が、手が、と悲鳴を上げながらよたよたと後ろに下がる。
もう完全に戦意を失い、手首の断面から流れ出る血を必死で止めようとしている。
さすがに手を切り落とすつもりのなかったレイは罪悪感を覚えそうになったが、グランがしようとしたことを思い出し、気持ちを強く持ち直して再度警告する。
「……もう一度いいます。ルフィナさんには何もしないと約束してください」
「ひぃ、ひぃ……。わ、わかった!もうここにも来ない!だから勘弁してくれ!」
そう言うとグランは踵を返し、傷口をかばうようにしながら逃げ出す。
落とした剣もそのままにして脇目も振らず、そのまま森の茂みの中へと消えていった。
走り去る足音が完全に聞こえなくなった頃、ルフィナがレイに声をかける。
「レイ君、大丈夫ですか!?」
「僕は大丈夫です。ルフィナさんも、大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで。それであの、さっきの人は一体……」
「……グランさんといって、以前このダンジョンに一緒に探索に来た人です」
「え!?それって、レイ君を置き去りにしていった人ってことですか?」
「……はい」
「なんとまぁ……私も一発くらい殴っておけばよかったです。で、その人がなんでまたここに?」
「ルフィナさんの後をつけて来たって言ってました。何か恨みがある、とも」
「む、なんでしょう。あまり冒険者から恨まれるようなことはしていないつもりなのですが……」
ルフィナが考え込んでいると、ルフィナが歩いてきた方から近づいてくる足音がした。
振り返ると、ルフィナの後を追ってきたらしいリンだった。
「リンちゃん!」
「街道の馬車で待ってたけど、すごい音が聞こえたから様子を見に来た」
「あー、お待たせしちゃってすみません。ちょっと色々ありまして……」
そう言われたリンは周囲の様子を見渡す。
地面は大きくえぐている上に、血が飛び散った跡もある。
おまけにレイの右手の爪は血に濡れていた。
「……一体、何事?」
「うーん、どこから説明しましょうねぇ……。あ!」
ルフィナは突然そういえば、という表情で声を上げる。
そしてリンに向かっていきなりまくし立て始める。
「聞いてくださいよリンちゃん!レイ君が、私のことを『大切な人』って言ってくれたんですよ!それで、『ルフィナさんは僕が守る』って!きゃー!どうしましょう!やっぱりこれはもう、あれですよね?お父様に色々とご報告したほうがいいでしょうか!?」
「それは……おめでとう?『あれ』がどれかは知らないけど」
「ル、ルフィナさん……できれば、その、あれは忘れてほしいというか……」
ルフィナの言葉に、思わず顔が熱くなる。
今思えば、ずいぶんと恥ずかしいセリフを叫んでしまったものだ。
だがあの時は無我夢中で、自分を奮い立たせるのに精一杯だった。
「えへへ、忘れられませんって。嬉しかったんですもん。レイ君、すっごくカッコよかったですし!……それとも、あれは本心じゃなかったんですか……?」
急にルフィナの声のトーンが下がり、目を潤ませてこちらを見てくる。
レイはうぐ、と声をつまらせてぼそぼそと答えた。
「い、いえ、それはその、本心のつもりです、けど……」
「やったー!」
「むぎゅ」
ルフィナに勢いよく抱きつかれ、レイはそのままもみくちゃにされる。
「はぁ……で、何があったの?」
明らかに本筋から外れた話が展開されているのを見て、リンは少し呆れたような声で再度説明を求めた。
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なんとか落ち着いた所で、グランがここに来たことや彼の目的など、先程の出来事をリンに説明する。
二人から一通りの説明を聞いたリンは、面倒なことになったと渋い顔をする。
「レイ、厄介なのに目をつけられた」
「一応もう関わらないように、とは言ったのですが……」
力を見せつけた上で釘を差したので、レイは諦めてくれたのではないかと期待していた。
だがリンとルフィナはそう考えてはいないようだ。
「頭に血が上ったままの人間は、多少脅したくらいじゃ止まらない」
「ですね。ああいう人って、一度怒らせるともう損得関係ないんですよ。仕返しするまで、しつこーく手を出そうとしてきます」
「そ、そういうものなんですね……」
「よくある話。貴族にはそういう人間が時々いる」
「そうですねぇ。プライドの高い人間って本当に面倒です」
ルフィナはリンの言葉にうんうんと頷いている。
以前も少し気になったことだが、やはり彼女は貴族と関わることが多いようだ。
「リンさんはお祖父さんが貴族ですけど、ルフィナさんも貴族の方と会うことがあるんですか?」
「え?あ、あー……そうですね」
素朴な疑問だったのだが、何故かルフィナはしまったという表情で目を泳がせる。
「あ、ほら、私って街で癒術士の仕事もしてますから!結構、貴族のお客さんもいるんですよー」
「あぁ、やっぱりそうなんですね」
「……」
レイは素直に納得したが、なぜかリンはジトッとした目でルフィナを見ている。
「ま、まぁともかく!このまま何もせずにいるのは得策ではないということです。まずは、レイ君の身を守ることを考えましょう」
「でも、ルフィナさんのほうが危ないのでは……」
「私達はこれからすぐ、王都に戻ります。いくらあの人でも町中では強引な行動には出ないでしょう。王都には衛兵さんもいますしね」
「ん。王都の中なら、ルフィナはまず安全と言っていい」
二人がそういうのであれば大丈夫だろうと思い、レイは納得することにした。
ルフィナを守ると言っておいて何もできないのは歯がゆいが、自分は街に入れないのだ。
「だから、まずはレイ君の安全の確保です。ここの守りを固める、というのが1つ目ですかね。人を集めて攻めてくるということも考えられますから」
「守りを固める、ですか」
「ここはダンジョン。手っ取り早く守りを固めるなら、罠を仕掛ければいい。いくつか簡単なものの作り方を教える」
「な、なるほど……。お願いします」
このダンジョンには罠らしきものは見当たらなかったが、まさか自分が仕掛ける側になるとは想像していなかった。
だが誰かが攻めてくるときのことを考えると、確かに有効な手立てに思える。
「でも、ただ守りを固め続けるだけでは後手に回り続けることになる。ルフィナ、他に手は?」
「んー……ちょっとばかし、街で色々と手を回してみますか。その手はずが整ったら、またここにやってきますよ」
「具体的には、何するつもり?」
「うーん、いくつか手は考えてるんですけどね。こうなるともう、お父様にお願いすることになりそうで……はぁ……」
ルフィナは深い溜め息をつく。
父親と話すことがそんなに憂鬱なのだろうか。
「えっと、ルフィナさん、お父さんとはあまり仲が良くないんですか?」
「あー、別に仲が悪いわけではないんですが……」
「ルフィナと父親の仲は良い方。というか父親はルフィナに激甘」
答えづらそうなルフィナに代わって、リンが答える。
なら困ることはなさそうだと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「それが私としてはちょっと……。嫌というわけではないんですが、お父様にお願いするのは色々と控えたいなー、というか」
「そう、なんですか?」
いまいちピンとこなかったレイは、軽く首を傾げる。
その様子を見て、リンが説明を加えてくれた。
「これは私も人から聞いた話だけど。ルフィナが小さい頃、街で売っていたお菓子を食べて、とても喜んだことがあった。それを見た父親は、どうしたと思う?」
「えっと、そのお菓子をいっぱい買ってくれた、とかでしょうか」
「そのくらいだったら、全然よかったんですけどねー」
ルフィナはどこか遠い目をしながら言う。
「はずれ。その菓子を作ってる店を買った」
「……え?」
「土地も従業員も経営権もまとめて全部。ただ子供が気に入った菓子を売っているというだけで」
「お父様は、ほんっ……とーに加減を知らない人なんです。うう、恥ずかしい」
ルフィナが顔を抑えて首を横にふる。
これほど恥ずかしそうにしている彼女を見るのは初めてだ。
「でもルフィナ、その時は喜んでたって聞いた。毎日お菓子が食べられるって」
「あ、あの時はまだちっちゃかったから、よく分かってなかったんですよ!」
「あはは……なんとなく、わかりました」
要するに、最上級の親バカなのだ。
それも店をまるごと買う、などということが簡単にできるほどの財力の持ち主らしい。
ひょっとするとルフィナの実家は、有力な商人だったりするのだろうか。
「じゃあとりあえず、防衛用の罠の作り方について話したら私達は王都へ戻りましょう。絶対また来ますから、それまでどうか無事でいてくださいね!」
「呼び鈴の鳴らし方を決めておけば、私達が来たかどうかわかる。その時は仕掛けた罠を解除しながらレイがここまで迎えに来てくれる、ということにしておけばいい」
「わかりました。それでいきましょう」
その後ルフィナ達は王都へと戻り、それからの数日間、レイは通路に罠を設置したり【本邸】への近道を以前のように塞ぎ直したりと、忙しく過ごすことになった。
色々と作業をこなしながら、レイはこんな状況でも自分が意外と落ち込んだり不安になっていないということに驚いていた。
自分の居場所や体の状態を知られ、その上で付け狙われている。
にもかかわらずふさぎ込んだりすることもなく、不思議と前向きに作業に取り組めていた。
これからもしかしたら、大変な目に会うかもしれない。
でも今は、自分のために色々と手を尽くしてくれる人達がいる。
だから諦めずに頑張ろう。
一人ではないということが、この上なく心強いものなのだということを、レイは強く実感した。




