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不穏な影

そろそろ夜になろうかという時刻の王都の通りを、一人の男が機嫌よく歩いていた。

ぼさぼさの黒髪に無精髭を生やしており、あまり身なりに気を使っている方ではなさそうだ。

彼の顔にある傷跡や首に下げた登録証を見れば、彼が冒険者であることがすぐに分かる。

肩に担いだ布袋の口からは何かの毛皮がのぞいており、同業者が見れば換金に行くところだと気づくだろう。


最近この街に活動拠点を移したこの男ーーグランは、この街に来て初めての素材換金に向かうところだ。

彼はレイをダンジョンに置き去りにして脱出した後、コルタナを離れることにした。

共犯者である二人から自分のしたことが露見することはまずないだろうと思っていたが、念の為にしばらく別の街で活動することにしたのだ。


あまり大きな街では自分のいつもの手口(・・・・・・)が使いにくいのではないかと敬遠していたのだが、グランは王都がすぐに気に入った。

王都のギルド支部は手続きについては小うるさかったものの、仕事の数も種類もこれまで見たどの支部よりも充実していた。

そこまで割が良い仕事は無かったが、一人で仕事をするのはさほど難しくなさそうだ。

周辺の商店も冒険者に役立つものが数多く売られており、寝床さえ確保できればこの上なく便利な所だ。


何より、酒場が良い。

王都の酒場はどこも規模が大きく、メニューもサービスも充実していた。

加えてウェイターに美人が多い点がグランは気に入っていた。

少々値段が高いのは確かだが、素材を換金して得られる金さえあれば好きなだけエールを呷れるはずだ。


上機嫌でギルド職員に教えてもらった素材換金所の扉を開けると、先に来ていた客がちょうど出ていくところだった。


「じゃあおじさん、また来ますね!」


「ああ、あんま無茶すんなよ」


「はーい!あ、すいません。外、出ますねー」


軽く頭を下げて扉から出て行ったそのやけに声の大きい客は、冒険者には見えない小綺麗な格好をした少女だった。

すれ違いざまに顔を見たが、かなり整った顔立ちをしている。

グランが思わずその背中を振り返って見ていると、換金所の店主が声をかけてきた。


「お前さんも換金に来たのか?初めて見る顔だな」


「あ?ああ。最近この街に移ってきたんでな。ほら、こいつの換金を……」


「来てもらって悪いが、今日は店じまいだ」


「なに?店じまいとはどういうこった」


「換金用の金がなくなっちまった。明後日あたりにまた来てくれ」


「なんだとぉ……?」


金がない、という言葉にグランの機嫌は急降下する。

先程までどの酒場に行こうかと考えていたところに水をさされたのだ。

怒りに任せて店主の方へ詰め寄ると、カウンターに拳を叩きつけて怒鳴る。


「換金所のくせに金がねえだと?なんだそりゃ、俺を舐めてんのか!」


「大声出すな。なくなったもんは仕方ねぇだろうが」


グランの怒鳴り声にも店主は全く動じず、淡々と言葉を返す。

普段から荒くれ者の多い冒険者を相手に商売をしているために、こういった手合を相手にするのは慣れているらしい。

自分の脅しが通じなかったことに、グランは内心で舌打ちをする。


「ひょっとして、さっきのガキか?あの小娘がそんなに稼いだってのか」


「まぁな。最近は誰かの代理で換金しに来てるらしいが……というかお前さん、あの娘が誰か知らねぇのか」


「あんな小娘のことなんぞ知るか!ガタガタ言わずに金を出せってんだよ!素材はあるんだ。今金が手に入らなかったら、今夜どうやって飲めってんだよ!」


他人がいくら稼ごうが知ったことではないが、今夜の酒をパァにされたことは何よりも気に食わない。

しかしいくらグランが凄んでみても、換金所の店主はうっとおしそうにしっしっと手を払いながら素っ気なく答える。


「だから金はもうねぇっつってんだろうが。お前の飲み代なんぞ知るか。酒場の店主拝んでツケにでもしてもらえ。ま、この街に来たばっかりじゃ無理だろうがな」


「なんだと?舐めた口きいてると……」


「どうするってんだ?」


店主から鋭い目つきで睨まれ、グランはたじろぐ。

思わず腰の剣に手が伸びそうになるが、その瞬間に店主からドスの利いた声が飛んできた。


「妙なことは考えるなよ?俺がお前らみたいなの相手に、何年この商売やってきたと思ってやがる。そいつを抜くなら、それなりの覚悟をしてもらうぞ」


「……チッ」


店主の体格を見れば、その言葉はこけおどしではないことが分かる。

流石にこの街で早々に問題を起こすのはまずいと考え、グランはおとなしく手を降ろして踵を返す。


「ケッ。次に俺が来るときには金用意しとけよ?」


「お前都合なんぞ知るかよ。お前が金が無くなる前に来い」


グランの捨て台詞にもさらっと言い返してくる店主にイライラしながら、グランは腹いせに思い切りドアを強く締めて外に出た。


「クソが!ここまで来て金がねぇだと!」


暗くなってきた大通り歩きながら、一人悪態をつく。

今日は慣らし運転のために簡単な仕事をこなしたは良いものの、この街のギルドでは以前いた地方の街とは違い、素材の換金を請け負っていないようだった。

あくまでギルドは仕事の斡旋やらの手続きをするだけで、素材を金に変えるには街の換金所に行けと言われてしまった。

仕事をこなしたことに対する報酬はギルドから出ているが、飲み歩くには少々物足りない額だ。


だからこそ、素材をさっさと金に変えて酒場にくり出そうと思っていたのだが、その換金をあっさりと断られてしまった。

それも換金用の金が無い、などというふざけた理由で。


(あんな小娘に俺の酒代が持ってかれただと?許せるか!)


自分が満足に酒を飲めないのは、先に来ていたあの客のせいだ。

なんとかあの生意気な先客に仕返しをしてやることはできないか。


「そういえばさっき店主の奴が、あの小娘は誰かの代理で換金してるっつってたな……」


どんな理由があるのか知らないが、他人に換金の手続きだけを任せるなどと妙なことをする人間もいるものだ。

もしかしたら、任せた人間が換金した金からいくらかこっそり抜いているかもしれないというのに。

よほどのお人好しのバカなのか、あるいは金にははさほど興味がない人間なのか。


と、そこまで考えてグランはあることを思いつく。

その換金の立場を、あの小娘から奪ってやるというのはどうだろうか。

それだけでも仕返しにはなるだろうし、自分が換金するようになれば換金した金から中抜きするだけで簡単に稼げるようになる。


(まさに一石二鳥じゃねぇか!やっぱり俺は天才だな!)


グランは自分の思いついた名案に、思わずニヤニヤしてしまう。

ついでに力づくであの小娘の体を楽しむというのも悪くなさそうだ。

かなり美人だったし、なかなか悪くない体つきをしていたように思う。

あんな細腕、自分なら簡単に屈服させられる。

復讐と肉欲の熱が下腹から湧き上がってくるのを感じながら、グランは行動の意志を固める。


「俺の金をかっさらって行ったこと、後悔させてやるぜ……!」


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