素材換金所
国内最大の人口を擁する都市であるアテナスには、大通りと呼ばれる人通りの多い太い道がいくつかある。
その中でも町の入口である門から王城へと伸びる大通りは、商店が多く立ち並ぶ一際活気溢れた場所だ。
ここを歩けば主だった種類の店は殆ど見つかると言っていい。
貿易で栄えているこの都市にとっては非常に重要な場所であり、治安維持のために衛兵も多く配備されている。
ルフィナはモンスターの素材を換金できる場所を目指し、リンと二人でその通りを歩いていた。
ダンジョンで受け取った素材を詰めた袋を背負い、機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。
今から向かう換金所は何度か行ったことがある場所だし、店主とも顔見知りなので安心だ。
「そういえば、リンちゃんってモンスター素材の換金所って行ったことありましたっけ?」
少し後ろを歩くリンに問いかける。
「ない。特に行く用事もなかったから」
「じゃあ今日が初めてですか。ちょっとぶっきらぼうなおじさんがやってるんですけど、話してみると結構楽しいですよ?」
「換金のやり取りは任せる。私は鍛冶屋の買い物のためについてきたから」
「そうですか?あそこのおじさん、リンちゃんとは割と話があうと思うんですけどねー」
二人で話しながら大通りを途中で曲がり、やや細い路地へと入る。
目的地である素材換金所はその路地の突き当りにあった。
入り口の扉は一般的な商店よりも幅広く作られており、店舗の前には解体をするためのスペースが設けられている。
看板には『素材換金所』とだけ素っ気ない文字で書いてあり、実用性を重視した簡素な店構えは店主の気質をそのまま表しているようだ。
「こんにちはー。おじさん、いますかー?」
扉を開けてルフィナが呼びかけると、カウンターでなにかの書類を読んでいた店主が顔を上げてじろりとルフィナを見た。
逞しい体格、日に焼けた肌、鋭い眼光。
店の主というよりは、山賊の類に思えるような威圧感のある、気難しそうな中年の男性だ。
男は訪ねてきたのがルフィナだと分かると、書類をバサッと横に投げ出して椅子に座り直す。
「お前さん、また来たのか。まだ冒険者の真似ごとなんかしてんのか?親父さんは何も言わねぇのかよ」
「最近はお父様もそういったお小言はあまり言わなくなりましたねー。私も十七ですから、もう大丈夫だと思ってるんじゃないですか?」
「どうだかな。お前さんは時々お気楽すぎるというか、不用心な時があるからな」
「ご心配ありがとうございます!」
「別に心配してねぇよ」
「おじさんも素直じゃないですねー。そんなんで奥さんと仲良くやっていけてるんですか?」
「ガキがいらんことを言うな。余計なお世話だ」
店主はそこまで話すと、ルフィナの少し後ろに立っていたリンに気づいてそちらに目を移した。
「ん、今日は一人じゃねぇのか」
「はい、今日はお友達のリンちゃんと来ました!」
「……はじめまして。ローザリンデ・ヘッケル、です」
誰かに教えられたばかりのようなぎこちない挨拶をしながら、リンはペコリと頭を下げた。
挨拶された店主はその名前に反応して片眉を上げる。
「ヘッケル……?研究所の爺さんの親戚か?」
「そうですね、あのヘッケル様のお孫さんです!」
「ああ、そうかい。よろしくな嬢ちゃん」
それだけ素っ気なくリンに言うと、店主はルフィナに向き直る。
「で、今日は何を持ってきたんだ?」
「今日は色々あるんですけど……一番のメインはこれですかね!」
ルフィナは背負っていた荷物を軽くまさぐると、大きなモンスターの爪を取り出してカウンターに置いた。
店主は仕事道具らしき片眼鏡をかけてその爪を怪訝そうに眺める。
「なんだこりゃ、灰熊の爪か?やけにデカいな。それに魔素含有量もバカに高い」
「ただの灰熊じゃないですよ?なんと、巨灰熊の爪です!他にも牙や骨もありますよ!」
巨灰熊、と聞いて店主はぎょっとした顔をする。
この都市の近隣ではほとんど見かけないモンスターであるだけでなく、とても一人の手に追える相手ではないからだ。
本職が冒険者でもない上に、基本的に一人で活動しているはずのルフィナがとても敵う相手ではない。
「おいおい、そんなもんお前さん一人じゃ勝てんだろ。それとも、そっちの嬢ちゃんが実はデタラメに強かったりするのか?」
「違う。私じゃない」
リンからあっさり否定の言葉を返されると、店主は片眼鏡を外してカウンターに両手をつき、ルフィナの顔を覗きこむようにして問いかける。
「お前さんが人のもんを横取りしたとは思わんが、一応出処を聞いておきたい。どうやって手に入れた?」
「あー……誰かは言えないんですけど、ある人の代わりに換金にきたんですよ。その人はちょーっと事情があって街に来られなくてですね……」
「何だそりゃ。犯罪者じゃねぇだろうな?」
「違いますよ!えっと……そう!その人すっごい人見知りなんです!」
「人見知りだぁ?」
「そうです!恥ずかしがり屋さんなんですよー」
適当な言い訳にしか聞こえない説明に、店主は胡散臭そうな顔でルフィナを見る。
しばらくそのままじっと見ていたが、ふんと鼻を鳴らすとまた片眼鏡をつけ直して言った。
「まぁ、いい。お前さんなら金を中抜きするようなことはないだろうし。討伐した奴のところに金がいくなら、俺は文句は言わん」
「さっすがおじさん、話がわかるー!」
「いいから、他の素材もさっさと出せ」
そう言われたルフィナは背中の荷物をカウンターにごっそり広げる。
店主は毛皮を含む全ての素材の査定を手際よく進め、パチパチと計算器を弾いて総額を出す。
「終わったぞ、全部で金貨十枚と銀貨二十枚だ」
「おー!なかなかの額ですね、ちょっとおまけしてくれてます?」
「俺がそんなことするように見えるか?適正価格だ」
「……なかなか、というかすごい額。やっぱり巨灰熊の素材は高額?」
この国では金貨が一枚あれば都市部でも一ヶ月は食べていける。
金貨が十枚も一度に手に入るような機会は、腕利きの冒険者でもなかなかないはずだ。
「ああ。めったに手に入らない素材だからな。特に毛皮の状態が良い。でかい穴が二箇所あるが、他に傷がほとんどない。一体どんな武器を使ったらこうなるんだ?」
「あー……石ころっていっても、信じてもらえませんよねー……」
ルフィナがぼそりとつぶやく。
「あんだって?」
「いえいえ、何でもありません!」
「まぁいい。角兎の毛皮も悪くない。狩ってすぐに処理されてるし、完璧とは言えんが丁寧だ。真面目な奴の仕事だな」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう!」
「……なんでお前さんが自慢げなのかは知らんが、ほれ。報酬だ」
そう言うと店主は査定通りの額の硬貨をカウンターの上にジャラっと出した。
「ありがとうございまーす!これだけあれば色々買えますね、リンちゃん!」
「なんだ、依頼したやつにそのまま渡すんじゃないのか?」
「えっと、あれです!人見知りだから買い物も代わりにして欲しいそうなんですよ!」
「ああ、そうかよ。じゃあその人見知りの熊殺しに、よろしく言っといてくれや」
やや投げやりにそう言いながら、店主は引き取った素材を持って店の奥へと引っ込んでいった。
ルフィナはカウンターの硬貨を財布にしまうと、店の外に出て再び大通りへと向かった。
「いやぁ、いい感じに換金できましたねー。とりあえず、雑貨屋さんから行きましょうか」
「ん」
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それから二人は商店をいくつか巡り、色々と買い込んだ。
ロープに釘、簡単な工具、金網に檻、ハンマーや鉈、農具など。
モンスターの畜産以外にも、ダンジョンで暮らしていくレイが生活の中で必要とするであろう道具も揃えてある。
買うものの内容は金額に応じて任せると彼には言われているので、二人で相談しつつ決めていった。
かなりの量になったので、重いものは買い付けただけで後で店に取りに行くことにして、手に持てる分だけ持って帰り道を歩いていく。
「さて!これで次にレイ君に会いに行く時、色々と資材や道具を渡してあげられますね!」
「ん。……雑貨屋で買ったそのベル、何に使う?」
「呼び鈴用です!やっぱりこういう音の方が、呼び鈴っぽいじゃないですか」
ルフィナは手に持ったベルを軽くチリン、と鳴らして言う。
「呼び鈴らしくはある。けど、ダンジョンらしくはない」
「いいんですよ。あそこはもう、レイ君のお家なんですから」
あの場所はもう、あの少年の住処と言っていいだろう。
実際ダンジョンは誰の領土にも属さないとこの国の法律では決まっているので、特に問題はないはずだ。
彼がダンジョンの中や周辺で定期的にモンスターを退治してくれるのであれば、むしろ治安は良くなるかもしれない。
とはいえ、それは逆に言えば入り口さえ見つければ誰でも入れてしまう、ということでもある。
不用意に人と出会うのは避けるべきだという結論が出ている以上、冒険者などが探索に来るような事態にはならないほうが良いだろう。
(人が近寄らないよう、ちょっと手を打った方がいいですかね?)
彼自身がどう思うかはわからないが、自分の家にはある程度の力がある。
それを行使すれば、人があの周辺の森に立ち入らないようにすることはできるだろう。
彼の生活を守るには、そういったことも必要になるかもしれない。
(あーでもそうすると、お父様にお願いすることに……)
ルフィナが軽く頭を悩ませながら歩いていると、曲がり角から現れれた男がルフィナの肩に軽くぶつかる。
「あ、ごめんなさい」
「チッ、気をつけろ!」
無精髭の男は吐き捨てるように言うと、そのまま足速にその場から去って行った。
ルフィナはその男の後ろ姿を少し不思議そうに見る。
「冒険者のプレート下げてましたけど、ギルドでは見たことない人でしたね。よその街から来たんでしょうか?」
「かもしれない。正直、あまり関わりたくないタイプ」
「そうですか?まぁ顔に傷跡もありましたし、ちょっと荒っぽい感じの人でしたけど」
アテナスほどの大きい都市であっても、ギルドの支部は一つの都市に一箇所しかない。
冒険者の数も他の都市に比べれば多い方だが、それでも普段から出入りしていれば顔を見たことくらいはあるはずである。
ルフィナは人の顔を覚えるのがかなり得意なのでなおさらだ。
にもかかわらず、その男の顔に見覚えがないことが気になった。
「ルフィナ、そろそろ帰る」
「あ、そうですね。じゃ、これは私の家に持って帰りますから。他の荷物を運ぶ手配ができたら、また研究所のお部屋に行きますから」
「ん、わかった」