モンスター畜産計画
レイの体について一通り話し終わったところで、ルフィナがぽんと手を叩く。
「あ、そうだ。レイ君、前に話してた種を色々持ってきましたよ!」
そう言っていくつかの小さな袋を取り出し、順々に中身を説明しながら手渡していく。
「これが小麦で、こっちがトウモロコシ。あとはトマトとピーマン、それからこっちがカブの種です」
「こんなにたくさん、ありがとうございます!」
穀物と野菜の種を受け取り、レイは大いに喜んだ。
これだけの種類があれば、食事のバリエーションを大きく広げることができるだろう。
ルフィナから種の袋を順に受け取っていると、ヘッケル卿が興味深そうに尋ねてきた。
「ほう?ここにある畑に植えるのかね」
「はい。もう少し色々育ててみたいと思って、ルフィナさんにお願いしていたんです」
「ほうほう。できれば儂も経過を見てみたいところじゃの。ダンジョンで畑を耕した例など、そうはないじゃろうからな」
「私も興味がある。普通の農地とは違ったものができるかもしれない」
ヘッケル卿とリンはレイの畑に興味津々といった様子だ。
「えっと、見ていただくのはいいんですけど、普通の畑だと思いますよ?少なくともモロイモは普通のものができてますし」
「まぁ、こういうのは色々やってみんとわからんもんじゃ。何もないかもしれんが、とりあえず見てみたいのじゃよ」
「おじいさまの言う通り。観察することに意味がある」
「そ、そうですか」
研究者二人の間には、なにやら共通の認識があるようだ。
と、そこでリンに聞いておきたかったことがあるのを思い出した。
「そういえば、リンさん。ご相談があるのですが……」
「なに?」
「えっと、今ちょっと考えていることについてご意見をいただきたいんです」
「私に答えられることなら」
「その、角兎の飼育ができないかと思ってるんです」
「……飼育?」
「はい。モンスターを狩るだけではなく育てて増やすことができれば、もっと安定してお肉が手に入るかなぁ、と」
今は定期的にダンジョンの外へと狩りに出ているが、食用の肉がダンジョン内で手に入るようになれば食糧事情はより安定するはずだ。
今日の話であまり人に会わないほうが良いということが改めてわかった以上、あちこち移動して回ることの多い狩りの回数は減らしたほうがいいかもしれない、とも思った。
であれば、このダンジョンの中でモンスターを飼うことができれば良いのではないか、というわけである。
「つまり、モンスターで畜産がしたい、と?」
「そうです。……無理、でしょうか?」
リンは少し考えた後、やや申し訳無さそうに答える。
「……正直言って、わからない。そんなことをしようとした人は、私の知る限りいない。そもそもモンスターを食べる人を、他に知らない」
「ふむ、まぁそうじゃな。ダンジョンでの農作に、モンスターの畜産。面白そうじゃがどちらも前例は聞いたことがないの」
リンの言葉にヘッケル卿も同意する。
やはり自分のようにダンジョンで人知れず暮らそう、などと考える者はそういないようだ。
「でも、飼うこと自体は不可能ではないと思う」
「ほ、本当ですか?」
「私も実験用に小さい魔鼠を飼っていたことがある。あくまで実験用だし、全く同じようにはいかないと思うけれど」
「なるほど……今はこういう木材で柵を作って、飼育する場所をダンジョン内に作ろうと思っているのですが……」
そう言ってレイは柵を作るために用意していた木材をリンに見せた。
しかしリンはそれを見ると、それではダメだというように首を振る。
「角兎を飼いたいのなら、ただの木材では強度が足りないと思う。私のときも金属製の檻を使ってた」
「金属製、ですか。となると山の中で手に入る素材では、ちょっと難しそうですね……」
山の中で取れる素材でレイが加工できるものは、今用意している木材などの植物由来のものがほとんどだ。
力任せにやれば岩を加工することもできそうだが、それで柵や檻を作るのは難しいかもしれない。
「では、また私が街で色々買ってきましょう!金網や檻なら、鍛冶屋さんにいけばなんとかなると思いますよ?」
「で、でも、ルフィナさんにお世話になりっぱなしというのも……。それに僕、お金とか持ってないですし」
「そうですか?お金とか、私はあんまり気にしないですけど」
「ふむ。レイ君もそういった形で人に依存し続けるというのは、あまり落ち着かないじゃろうな」
「はい……」
既に二度も自分のために街で色々と買い物をしてきてもらっているのだ。
いくら初めて会った時にルフィナを助けたとはいえ、何度も物を買って来させるというのは流石に抵抗があった。
「なら、レイが稼いだお金で買えばいい」
「僕がお金を稼ぐ、ですか?」
確かにそれができれば素晴らしいが、どうすればよいのだろうか。
そう思っていると、リンはそのまま続けてその方法を提案してくれた。
「例えばレイが狩ったモンスターの素材をルフィナが換金して、それで資材や道具を買ってくる、というのは?」
「あ、なるほど。それはアリですね!」
どうですか?という顔でルフィナがレイの方を見る。
確かにそれなら、ただお金を払ってもらうよりはずっと気が楽だ。
ルフィナは受け取ろうとしないかもしれないが、換金したお金から手間賃を出すということもやろうと思えばできるだろう。
何より街に行けない自分が間接的にでも稼ぐことができるというのは、単純に嬉しいことだった。
「えっと、ルフィナさんが良ければそれでお願いしたいです」
「わっかりました!ではここにある余った毛皮や素材を、いくらか街に持っていきますね」
「お願いします。巨灰熊の素材とかもあるので、少しはお金になるかと思います」
巨灰熊、という名前にルフィナが動きを止める。
そしてギギッという音がしそうな動きでレイの方を見て、ゆっくりと尋ねる。
「……それ、レイ君が倒したんですか?一人で?」
「あ、はい。といっても、思いっきり石を投げつけただけなんですけどね」
あまり格好の良い倒し方ではなかったと思っているので、レイは少し恥ずかしそうに笑いながら答えた。
しかし三人の反応はというと、それどころではないようだ。
「ちょっとリンちゃん、今の聞きました?石ころ投げただけで巨灰熊やっつけたらしいですよ。ヤバくないですか?」
「普通なら完全に与太話。でも、レイならありえない話じゃない。……でも、やっぱりおかしい」
「ほっほっほ。流石にわしも聞いたことがないわい。いやはや、なんとも豪気な話じゃな」
なんというか、完全に人外扱いだった。
実際、体は人外と言っていい状態だが、こういう扱いはどうにも居心地が悪い。
「け、毛皮とかは角兎のが結構余ってますよ?この辺もどうでしょうか」
「あ、そうですね!それも持っていきましょう!」
やや強引に話題を変えたレイの言葉を受け、ルフィナは持ち帰れそうな量の素材をあれこれと選んでいく。
「これだけあれば、それなりの額にはなりそうですねー。色々買って来られると思うので、楽しみにしててくださいね!」
「はい、よろしくお願いします!」
その話を横で聞いていたヘッケル卿が、一言だけ忠告してきた。
「ふむ。まぁ、ほどほどにな。あまり稼ぎすぎると人目を引くからの」