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アンデッド(?)の体

レイが落ち着きを取り戻し始め、通路に響いていた泣き声が収まっていく。

小さくしゃくりあげる声がまだ続いていたが、頃合いと見てリンが声を発する。


「ルフィナ」


「なんですか?あ、レイ君は離しませんからね!」


レイを腕の中に強く抱いたまま、ルフィナが答える。


「流石に今の話を聞いて『危ないから離れろ』なんて言うほど、私も鬼じゃない」


「えー?でもさっきは、レイ君にすっごい怖い顔してたじゃないですかー?質問の言葉もトゲトゲしてましたしー」


ルフィナは少し責めるような声を出す。

その言葉にリンも気が咎めたのか、ばつの悪そうな顔でレイに向かって謝罪の言葉を口にする。


「……ごめんなさい。さっきのは、私が悪かった。あなたのことをよく知らないまま、危険人物だと決めつけていた」


「い、いえ、いいんです。僕が隠し事をしていたのは本当のことですし。こちらこそ、大事なことを黙っててすみませんでした」


レイもルフィナから体を離し、涙を拭いながらリンに言葉を返す。

お互いに謝ったところで、二人の間の空気もだいぶ穏やかになった。

その様子を見てルフィナは満足そうに、うんうんと頷いている。


「改めて自己紹介したい。私はローザリンデ。ローザリンデ・ヘッケル。アテナスの国立魔法研究所で研究員をしている」


「僕はレイです。えっと、姓は無いです。農村の生まれなので」


基本的に人のまばらな農村では姓を持つ者がほとんどいない。

血統が重要なわけでもないし、何より名前があれば呼び分けられるほどの人口しかいないため、そもそも必要ないからだ。


逆に人口の多い都市部に住む人間は貴族でなくとも姓を持つものが多く住んでいる。

これは家柄がどうというよりは、どちらかというと個人を識別するのに必要なためである。

そのため、姓のない人間が都市部へと移り住んだ場合、ある程度その街で暮らすと姓を名乗るようになることもある。

更に貴族の爵位を持つ者であれば、そこに称号名を加えた名前を名乗ることになる。


「あれ、そういえばルフィナさんって姓は?」


レイはふと疑問に思い、ルフィナに尋ねる。

リンと同じように街に住んでいるのなら、姓を持っていてもおかしくない。


「ルフィナの家は……」


「わー!ま、まぁ、いいじゃないですか!普通にルフィナと呼んでくだされば!」


先んじて答えようとしたリンの言葉を遮って、ルフィナがあからさまに話をはぐらかそうとする。

その様子を見て何かを察したらしく、リンは「またか」といった呆れた表情になる。


「ルフィナ、また家のこと内緒にしようとしてる?どうせそのうち分かることなんだから、隠しても無意味」


「それはそーですけどぉ……。もうちょっと、仲良くなってからでもいいかなーって……」


ルフィナにしては珍しく、ごにょごにょと歯切れが悪い。

どうやら彼女は、自分の家の話をするのがあまり好きではないらしい。


「……まあ、好きにしたらいい。それより、一つ気になることがある」


「?なんですかリンちゃん」


「ルフィナ、さっき彼のことを……」


「レイ君、ですよ」


「……レイ、のことを『あったかい』って言ったけど、それは比喩?」


「え?レイ君はあったかいですよ?ほらっ」


ルフィナはそう言いながら、レイを強く抱きしめ直す。


「ル、ルフィナさん……」


こう何度も抱きつかれると恥ずかしいのだが、先程しがみついて散々泣いてしまった後だ。

今更恥ずかしがるのも逆にきまりが悪い気がして、小さく身じろぎするだけにとどまる。


「……まさか」


そうつぶやくとリンはやや足早に二人に歩み寄り、レイの左腕にそっと触れた。

レイの腕に、少しひんやりした細い指の感触が伝わってくる。


レイの腕に触れたリンは、信じられないという表情でつぶやいた。


「体温が、ある……?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


リンから詳しい話を聞くために、レイはとりあえず二人を【本邸ホーム】へと招き入れることにした。

リンはダンジョに入ること自体が初めてのようで、物珍しそうにダンジョンの通路や【本邸ホーム】の内部を見回していた。


本邸ホーム】に到着すると、三人でレイの作った椅子に腰掛けた。

椅子といってもは丸太を適当な厚さで輪切りにして作った簡素なものだ。

一応座り心地が少しは良くなるようにと、座面には狩りで手に入れた毛皮を敷いてある。


「それでリンちゃん、レイ君があったかいのがそんなに不思議なことなんですか?」


「わからない。これから話すのは、今の私の持つアンデッドの知識」


そう前置きして、リンは二人に次のような説明をした。


まずアンデッドには、大きく分けて二種類。

一つはグールやスケルトンに代表されるような、死体が魔法的な力によって動かされているもの。

これは言ってみれば、死体という『物体』が動かされているような状態であり、元になる生物は人間に限定されない。

そしてこれらの肉体は、状態を保存する何らかの工夫が施されていない限りは劣化していく。


そしてもう一つは吸血鬼ヴァンパイア不死術師リッチーなど、人間が意図的にアンデッドとなったもの。

屍食鬼グールなどとは異なり、こちらは本人の意識が残っている状態で活動している。

更にこちらの場合、時間の経過による肉体の劣化がない。

詳しいことはわかっていないが、一説によると生命活動の時間の流れを強制的に止めたような状態を維持することで、その形を保っているらしい。


「つまりアンデッドの肉体は、どちらの場合でも生命活動を行っていない、というのが定説。だから体温も無い。アンデッドと接触したことのある冒険者達の証言からも、それは証明されている」


「はー……。そうなんですねー。さすがリンちゃんは物知りです」


「これくらい、研究者なら常識」


こともなげに言いつつも、レイにはリンがどこか誇らしげな表情をしているように見えた。


「つまり、レイ君はあったかいアンデッドってことですね!なんかお得です!」


「お得って何……」


ルフィナのよくわからない結論に、リンは呆れ顔になる。


「あの、ローザリンデ、さん?」


「リンでいい」


「えっと、じゃあリンさん。……僕、自分はグールみたいなもので、何かの間違いで意識が残っている、くらいにしか思っていませんでした。でも、普通のアンデッドじゃないってことですか?」


「グールなら、原理的に意識は残らない。でも、ちゃんと調べてみないとわからない。そもそもアンデッドですらない可能性も、無いとは言えない」


『アンデッドではないかもしれない』という言葉に、レイの動きを止めたはずの心臓が大きく跳ねる。

レイは少しの間考えた後、意を決したようにリンに提案する。


「あの、リンさん。できれば、僕の体のことを調べてくれませんか?」


「それは、研究者としては興味深いテーマ。でも、なぜ?」


小首をかしげたリンに、レイは答える。


「僕、自分の体のことを知りたいんです。ルフィナさんは僕のことを受け入れてくれましたけど、普通の人間じゃないことには違いありません。……だから、危ないことにならないか、ちょっと心配で」


例えば得体の知れない自分の体が、何かのきっかけで暴走するようなことがあるかもしれない。

自分を受け入れてくれた人間に危険が及ぶようなことは、できる限り避けたい。


「僕では、自分の体のことがちゃんと理解できないと思うんです。だから、リンさんみたいな色々詳しい人に、調べてもらえたらって」


「……わかった。国立魔法研究所の研究員として、あなたの体のことを調べてみる」


「あ、ありがとうございます!」


リンが自分の体を調べるのをあっさりと承諾してくれたことに、レイは素直に喜ぶ。

もしかしたら、まだどこかで自分のことを信用しきれていないのかもしれない。

だが体を調べてもらうことを通して、自分のことを知ってもらえるのであれば、いくらでも調べてもらおう。

そう思った矢先、リンがさらっと言う。


「じゃあ、脱いで」


「……え?」


リンの言葉が一瞬理解できず、レイは固まる。


「服を脱いで、体を見せて。調べるから」


「え、えっと、今、ここで、ですか……?」


レイがたじろいでいると、横からルフィナも声を上げる。


「あ、私も!私もレイ君の体見てみたいです!特に右腕の付け根のところとか、どうなってるか気になります!」


「それは私も最初に見ようと思ってた。というわけで、まず上半身から。……ふふ……聞いたこともない、体温のあるアンデッドの体……しかも協力的な被験体……」


なにやら不穏な雰囲気を発しながら、席を立ったリンがじりじりとにじり寄ってくる。

その空気に気圧されるようにレイも椅子から立ち上がり、一歩下がろうとする。

が、いつの間にか後ろに回り込んでいたルフィナに捕まってしまった。


「ほらほら、リンちゃんに調べてもらうんですよね?大人しくしてましょう」


「いや、でも……」


「大丈夫ですよー。痛くないですよー。すぐ終わりますからねー」


ルフィナはなぜか楽しそうな様子で、後ろからレイの両肩をがっちりと捕まえて離そうとしない。

リンの方も怪しげな笑いを浮かべながら、もう目の前まで近寄ってきていた。


「ま、待ってください。じ、自分で、自分で脱ぎますから!二人とも、一回後ろ向いてください!ちょっ、リンさん!服を捲らないでください!うひっ、ル、ルフィナさん!なんでお腹撫でてるんですか!」


しばらくの間、ダンジョンの通路にはレイの半泣きの情けない悲鳴が響いていた。

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