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告白

「あなたは、何?」


「何って、えっと、僕は……」


突然の質問に、レイはしどろもどろになる。


呼び鈴が鳴ったことに喜び、急いでルフィナの出迎えに来てみると、そこに待っていたのはルフィナだけではなかった。


ルフィナの隣には、長く美しい真っ白な髪と紅い瞳の、自分と同じくらいの背丈の少女がいた。

ここに来た経緯はよくわからないが、自分にはあまり良い感情を持っていないらしい。

先程から強い敵意のこもった目でこちらを睨んでいる。

彼女は自分の要領を得ない言葉にも納得いかなかったようで、重ねて質問してくる。


「あなたは、人間?」


質問の意図を理解して、レイはぶわっと全身から汗が噴き出すのを感じる。

彼女は、自分が人間以外の何かではないかということを強く疑っているのだ。


一体なぜそう思ったのか。

やはりこの腕のせいだろうか?

そう思ってとっさに右腕を背中に隠す。


「あなたは、モンスターの肉を食べると聞いた。それは人間にはできないこと」


「それは、その……」


自分が角兎アルミラージの肉を食べてなんともなかったということを、ルフィナから聞いたのだろう。

そこから自分がただの人間ではないということを察して、ここに来るのについてきたというわけだ。


「えっと、体質、というか」


「研究者として断言するけど、ただの人間にモンスターの肉は消化できない」


とっさに出た言い訳めいた返答をばっさりと否定される。

恐らく彼女はこういったことの専門家であり、強い確信を持って自分を詰問してきている。

生半可な回答ではとても納得してくれないだろう。


だがここで正直に自分がアンデッドなどと答えてしまえば、ルフィナはもう二度とここには来てくれないかもしれない。

この数日、彼女の来訪を心待ちにしていた彼にとって、その決断はすぐにできるものではなかった。


「まぁまぁリンちゃん、落ち着いてください。そんな怖い言い方しなくても……」


レイが言い淀んでいると、再びルフィナが仲裁するように言う。

だがリンと呼ばれたもう一人の少女は、警戒をとこうとしなかった。


「よくない。自分が何者かなんて重大なことを隠したまま親しくなろうとするなんて、不誠実。そんなことをルフィナにするなんて、私は見過ごせない」


「……っ!」


『不誠実』という言葉に、レイの肩がビクリと跳ねた。

確かに彼女の言うとおりだ。

ルフィナは森の中で出会ったおかしな体をした自分に優しい言葉をかけてくれた。


そんな彼女に自分がアンデッドだという重大な隠し事をしていて、果たして良いのか。

それは、人の道を外れた行為ではないのか。

そう考え出すと、レイは自分の正体を黙っていることがどんどん恐ろしくなってきた。


やはり言うべきだ。

彼女のように問いただしてくる人間が現れるのは、時間の問題だったに違いない。

早く本当のことを言ってしまおう。


「僕は、ぼく、は……」


自分はアンデッドだ。

そう言おうとして声が震え、言葉がつまる。

言ってしまえば、もう元には戻れないのだ。

ルフィナと過ごした時間が脳裏をよぎる。

丸一日にも満たないごく短い時間だったが、レイにとっては夢のような時間だった。


一人で生きていくしかないと思っていた自分が、誰かと会話をして、認められて、優しくしてもらえた。

そんな時間が二度と来なくなる。

そう考えると、思うように口が動かなかった。


「レイ君も、言いたくないことは無理に言わなくても……」


「い、いいんです!言わなきゃいけないんです!」


ルフィナの優しい言葉を、むりやりに撥ねのける。

これ以上、彼女の優しさに甘えていてはいけない。

レイは、勢いそのままに叫んだ。


「僕、アンデッドなんです!」


ダンジョンの通路に、レイの声が反響する。

しばらくの間、静寂が続く。


「アン、デッド?」


「レ、レイ君が、アンデッドですか?」


流石にアンデッドという返答は予想外だったのか、ルフィナもリンも驚きの表情を隠せない。

レイは視線を地面に落とし、そのまま言葉を続ける。


「ぼ、僕、このダンジョンに探索に来たんですけど、パーティの人達に置いてかれちゃって、ここで大怪我したんです。それで、すごく血が出て、このまま死んじゃうんだと思ったら、なぜか目が覚めて……」


自分が経験したことを、つっかえながらも、せきこむように一気に話す。

腕を失った時の記憶が蘇り、無意識に左手で右腕を強く握りしめてしまう。

強く握りすぎたせいで腕の毛を何本か引き抜いてしまい、右腕に鈍い痛みが走った。


「目は覚めたけど、心臓が動いてなくて、力もすごく強くなってて。だから、僕きっとアンデッドになっちゃったと思って。それでもう、街には帰れないから、ここで暮らそうと思って」


自分が人間でなくなったとわかった以上、人間の世界には戻れないとわかっていた。

わかっていた、つもりだった。


「でも、ルフィナさん、すごく優しいから、甘えちゃって。だから、アンデッドだって、言い出せなくて、だから……ごめんなさい」


最後に謝罪の言葉を告げ、顔を伏せたまま一息つく。

ルフィナ達は何も言わず、黙ってレイの言葉を聞いている。

二人はどのような表情をしているのだろうか。

気になったが、怖くて確かめることができない。


「ごめんなさい。やっぱり、もう帰ってください。お礼とか、もういいですから。僕、大丈夫ですから」


そこまで言うとレイは下を向いたまま目を閉じ、深く息を吐く。

言うべきことは言えたと思う。

もう後戻りはできないが、後悔は無かった。

後ろめたさがなくなったためか、少しスッキリしたくらいだ。


自分の心臓が動いていないと気づいた時から、これは決まっていたことなのだ。

自分はもう、誰かと生きていくことなんてできない。

それをごまかして、ズルをしようとしたからいけなかったのだ。


どのような反応であっても、受け入れよう。

レイは自分の体を抱くようにして、二人からの言葉に備えた。


「ルフィナ、待って」


「大丈夫ですよ、リンちゃん」


目を開けて顔を上げると、ルフィナがゆっくりとこちらに向かって歩み寄って来ていた。

それを見てレイは思わず顔を逸らし、拒絶の言葉を口にする。


「やっ、こ、来ないでください!」


「レイ君、大丈夫ですよ。怖がらないでください」


更に、ルフィナが歩み寄る。


「ぼ、僕、腕も変だし、力も強すぎるし、きっと、ルフィナさんにケガとかさせちゃいます」


「大丈夫ですよ。レイ君は、その力で私を助けてくれたじゃないですか」


更に一歩、ルフィナが歩み寄る。

レイは小さく、一歩後ずさる。


「僕、アンデッドなんですよ?一緒にいても、いいことなんて無いです」


「そうですか?私はレイ君といて、すごく楽しかったです」


更に一歩、ルフィナが歩み寄る。

もう手の届きそうな場所まで来ている。


「だ、ダメですよ!僕みたいな、ば、バケモノが一緒にいたら、ルフィナさんに迷惑かけて」


「こーら」


「あうっ」


目の前にまで近づいたルフィナが、指先でつん、とレイの額を軽くつく。

顔をあげさせられたレイは、ルフィナの表情を見る。


「どう、して……」


ーールフィナさんが、そんな顔をするんですか


言葉にできないまま、レイはルフィナから視線を逸らすことができなくなってしまった。


「ダメですよ、自分のことをそんな風に言っちゃ」


「でも……だって……」


「それに言ったじゃないですか?私がレイ君を守ってあげるって」


そう言いながらルフィナは、レイをゆっくりと、強く抱きしめる。

レイはその腕を振り払うこともできず、立ち尽くしたままだった。

抱きしめられたまま、どうしていいのかわからないままに謝罪の言葉を口にする。


「あ、あの、ルフィナさん……黙ってて、ごめんなさい」


「いいんですよ、私にだって内緒にしたいことくらいあります」


「で、でも、僕がいると、ルフィナさんに迷惑が」


「人間、生きてれば迷惑かけることだってあります」


「でも、僕、人間じゃないし……」


「大丈夫ですよ。レイ君の体は、ちょっと人とは違うかもしれませんけど」


ルフィナは更に強くレイを抱き締める。


「あったかくて、優しくて、とってもいい子な、ちゃんとした『人間』です」


「ルフィナ、さん……」


その言葉で、ルフィナを拒絶しようとする意志は完全に失われてしまった。

レイはだらりと下がったままだった左手を、恐る恐るルフィナの背中に回す。


「……辛かった、ですよね」


「……え?」


ルフィナのつぶやくような言葉に、思わず聞き返す。


「一人で置いて行かれて、悲しかったですよね。自分の体が変わっちゃってて、怖かったですよね。一人でいて、寂しかったですよね」


「……う」


「でも私のために、我慢しようとしてくれたんですよね?」


「あ、う……」


「こんなに優しいレイ君が、バケモノなわけないじゃないですか」


「でも、う、僕……」


「大丈夫ですよ。これからは、私がいます。私がレイ君と一緒にいますから。……もう、我慢しなくていいんです」


それからしばらくのことを、レイはあまりよく覚えていない。

ただ、本当に小さな子供のように泣いてしまったことだけは覚えている。

ルフィナの体に強くしがみついて、胸元に顔をうずめて、大声で泣いた。

堰を切ったように、涙が溢れて止まらなかった。

今まで感じたことのなかったような安心感に、感情が抑えきれなかった。

自分が生きていて良いのだと、誰かにはっきり認めてもらえたような気がした。


しばらくの間、ダンジョンの通路にはレイの泣き声だけが響いていた。

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