再会の約束
樹の下でぼうっと座ったまま、結局レイは一睡もせずに朝を迎えた。
眠らずに朝を迎えたのはこのダンジョンに来てから初めてのことだったが、体の疲れはあまり感じなかった。
ルフィナが目覚める前に朝食の準備を始めようと思い、レイはいつものように火を起こす。
芋を焼いたり集めてきた木の実を準備したりしていると、昨日と同じく匂いに反応してルフィナが目を覚ました。
「おはようございます!レイ君、早起きですね!」
「お、おはようございます」
起き抜けから元気よく挨拶するルフィナの勢いに若干押されつつ、レイは挨拶を返す。
昨晩自分が寝床から抜け出したことについては触れてこなかった。
きっと気付かなかったのだろうと思い、レイはなんとなくホッとする。
「朝ごはんできてるので、良かったら」
「わー、ありがとうございます!起きたらご飯が用意されてるなんて、お嫁さんもらったみたいです」
「お、お嫁さんですか……」
この場合、自分が嫁いだことになるのだろうか。
用意した食事を喜んでもらえるのは良いのだが、その言葉は素直に喜んでいいのか微妙な心境だった。
昨晩のようにあれこれ話しながら朝食を終えると、ルフィナは帰宅のために装備を整える。
「よし、それじゃあ帰るとしますか!」
「あ、じゃあ外までお送りしますね」
「ああ、そういえばここダンジョンでしたね。あんまり快適だったので忘れてました。……そうだ!」
ルフィナは何か思いついた様子で、レイに向き直って提案する。
「レイ君!よかったらこのまま、私の家に来ませんか?色々とお礼もしたいですし!」
「いえ、すみません。僕、街にはちょっと行けなくて……」
「ありゃ、そうなんですか?何か事情でも?」
「えっ、と。その……」
当然の疑問をぶつけられ、レイは答えにつまってしまう。
ルフィナは腕が異形であることは気にしないと言ってくれたが、アンデッドだと知るとさすがに反応が変わるかもしれない。
自分がアンデッドであることを隠しているのは不誠実な気がする。
だが、レイにはどうしてもそのことを打ち明ける勇気がなかった。
答えづらそうにしているレイの様子を見て、ルフィナは「ふむ」とだけ言って、それ以上追求するのをやめる。
「わかりました。では、私がまたここに来ることにしましょう」
「え、でも、またここに来るのは、ちょっと危ないのでは……。その、昨日みたいに」
「大丈夫ですよ!今度はもっとちゃんと準備してきますから。あ、ご迷惑ですか?」
「いえ、その、迷惑とかではないんですが……」
本来ならもうここには来ないようにと言うべきなのだろうが、レイは強く否定することができなかった。
ルフィナのことを考えれば間違いだと分かってはいても、彼女にまた会えると思うと胸が躍る。
その誘惑を振り払うのは、レイにはあまりにも難しかった。
「じゃあ、また数日したら!……あ、何か街で買ってきて欲しい物とかあります?」
「え、えっと……。じゃあ、お塩とか」
「塩?そんなものでいいんですか?」
「はい。その、お料理に使いたいんですけど、森で塩はとれないので」
「わかりました!では塩の他にも香辛料とか買ってきますね!」
「あ、あの、あんまり高いものは大丈夫なので」
香辛料は種類によって値段が違うが、基本的には高級な嗜好品であり、庶民が日常的に使うものではない。
レイの生まれた農村で使われていたのは野山でとれた香草くらいだったし、コルタナの街でも酒場の高額メニューくらいでしか使われているのを見たことがない。
「まぁまぁ、これもお礼の一環ですから!任せておいてください!」
ルフィナは気にするなと言わんばかりに明るい口調で胸をたたく。
「わ、わかりました。えっと、じゃあ行きましょうか」
「はい!エスコート、お願いしますね!」
「あはは、頑張ります」
二人は揃って【本邸】の出入り口を出て、ダンジョンの通路を通って外へと向かった。
レイはいつものように灯りを手に持ち、先導するようにルフィナの少し前を歩いている。
ダンジョンに入る時には眠ったままだったルフィナは、【本邸】とは大きく違った様子の通路を興味深そうに見回していた。
「おー……。ほんとにダンジョンなんですねぇ。灯りがないと真っ暗です」
「はい。でも、モンスターはそんなに頻繁に出ないので、大丈夫ですよ。出ても小型のものばかりですし」
「へー……不思議ですねぇ。おっきい遺跡のダンジョンって、結構強いモンスターがいるって聞きますけど。ま、そのおかげでレイ君がここに住めてるならラッキーですね!」
「そ、そうですね。通路の行き来が大変じゃないのは、ありがたいです」
最初にいた巨灰熊による影響かもしれないと思ったが、話題にするのはやめておいた。
「私、ダンジョンはあまり経験がないんですけど、なんか結構歩きやすい気がしますね」
「あ、はい。軽く掃除したり道をならしたりしてます。最初のころは結構、つまずいちゃったりしたので」
「ほんとにダンジョンを住む場所として整備してるんですねー。面白いです」
ルフィナはふむふむと感心したように頷いている。
自分がしたことにこれほど興味を持ってもらえたのは初めてだったが、レイはなんだか嬉しいような照れ臭いような感じがした。
「あ!じゃあ呼び鈴つけましょうよ!」
「呼び鈴、ですか?」
「ここって、レイ君のお家なわけじゃないですか?」
「えっと……まあ、そうですね」
「じゃあ呼び鈴つけましょうよ!次に私がきた時に分かるように!大きなお家には呼び鈴やドアノッカーが付いているものですよ?」
「な、なるほど……。じゃあ、ちょっと作ってみます」
ダンジョンは所有しているのではなく勝手に住み着いただけだし、そもそも人が訪ねてくるのを望むべきではない。
だがルフィナの楽しそうな様子に、レイもなんとなくその気にさせられてしまっていた。
それに少ないとはいえ、入り口から【本邸】までの間にもモンスターは湧くのだ。
ルフィナがまたここを訪れるのであれば、呼び鈴で呼んでもらって自分が送り迎えをした方が安全だろう。
そんな言い訳を考えながら、とりとめのない話をしていると、無事ダンジョンの入り口へとたどり着いた。
「おー、いいお天気です。これなら順調に帰れますね」
「そうですね。ここからは北東にまっすぐ行けば、街道に着くはずです」
「はい!ではこれにて失礼いたします。……レイ君、本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返しします」
「い、いえ。僕も久しぶりに人とお話できて、楽しかったです」
「じゃあ次もたくさん、お喋りしましょうね!では!」
ルフィナはしゅたっと手を挙げて、街道に向けて小走りに去って行く。
その後ろ姿が見えなくなるまで、レイは手を振って見送り続けた。
そしてルフィナの姿が見えなくなると、手を下ろして軽くため息をつく。
「良い人、だなぁ」
昨日からのことを色々と思い出して、しみじみと独り言を言う。
出会った時に目の前で泣いてしまったことは少し恥ずかしかったが、彼女の優しい言葉は間違いなく嬉しかった。
「さて、と。……呼び鈴って、どうやって作るんだろう」
さっぱり見当もつかないが、やることがあるのは良いことだ。
畑作りや狩りをしながら、方法を考えてみることにしよう。
レイはいつもの畑仕事を始めるべく、軽い足取りでダンジョンの中へと戻って行った。