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ふたりで

ルフィナを背負ったまま、どうにか【本邸ホーム】に戻ることができた。

レイは途中で回収した荷物を地面に下ろすと、眠ったままのルフィナを寝床に使っている毛皮の上に横たえる。

自分の寝床に女性を寝かせるのは少し恥ずかしい気がしたが、これ一つしか作っていないので仕方がない。


「ふぅ……」


ルフィナをそっと寝床に降ろしたところで、レイは一息ついた。

年上の女性を背負うなどという慣れないことをしたせいか、やけに緊張した。

肉体的には全く疲労していないのだが、精神的にかなり疲れたような気がする。


寝れば治ると本人は言っていたが、どの程度眠ればよいのだろう。

今はもう夕方だが、明日の朝まで眠ったままなのだろうか。

もしそうであれば彼女に寝床を使ってもらい、自分は以前のように樹の下で寝ることにしよう。


落ち着いたところで、すうすうと寝息を立てるルフィナの服装を見てみた。

袖のない肩紐だけの動きやすそうなシャツの上に、肘くらいまでの長さの上着を羽織っている。

どちらの服も生地は上等なもののようで、多少汚れてはいるが織り目がきめ細かく、しっかりとした作りをしている。

腰には太めの皮のベルトを巻いており、そこにポーションの瓶やナイフ、道具入れを下げている。

履いているズボンは短く、そのかわりに膝下まである革のブーツを履いている。

ブーツの側面にも小さなポケットがついており、収納と機能性を兼ね備えた優れた装備のようだ。


(すっごくきれいな人だけど、何をしている人なんだろう……)


コルタナの街でも色々な人を目にしたが、彼女ほどの美少女は初めてだった。

服装にも洗練された雰囲気があるので、もしかしたら王都の方に住んでいるのかもしれない。

自分は行ったことがないのだが、王都には彼女のような人がたくさんいるのだろうか。

あれこれ想像をめぐらせていると、右の太腿に巻かれた包帯が目に入る。


「あ、そうだ。たしかまだポーションが……」


このダンジョンに来た時に持ち込んでいたポーションがまだ残っていたはずだ。

手当ては彼女が自分で済ませていたが、ひとまず持ってきておいたほうが良いかもしれない。


レイは普段物置に使っている場所へ行き、木で作った簡素な道具入れの中からポーションを一本取り出す。

アンデッドになってしまった自分にポーションがどう作用するのか分からなかったので、使う気になれずに置いてあったものだ。

幸いここに来てからは、ポーションが必要になるようなケガを負っていなかったので、そもそも必要としなかったというのもあるが。


とりあえずポーションの瓶をルフィナが横になった寝床の隣に置き、彼女の体にもう一枚あった毛皮をかけておく。

そして天窓がわりの天井の穴から指す光が、だいぶ傾いてきているのに目をやる。


「さてと、晩ごはんの準備でもしようかな」


いつものように火をおこして料理の準備をしていく。

料理と言っても、モンスターの肉や芋、キノコを焼いただけものくらいしか作れないのだが。

火をおこすのは両腕が使えるようになったおかげで、前よりも楽になった。


食材を削って尖らせた木の枝に刺して火にあてていると、寝床のルフィナがもぞもぞと動き出す。

レイがしばらく様子を見ていると、ルフィナが突然ガバっと体を起こす。


「ごはんですか!?ごはんですね!」


あまりの勢いに、レイは小さくビクッと肩を震わせる。

どうやら食材の焼ける匂いに反応して目を覚ましたようだ。

若干半目で周囲を見回していたルフィナだったが、自分が見覚えのない場所にいることに気づいて意識がはっきりしてきたようだ。


「……あれ、ここどこでしょう?」


「あの、ルフィナ、さん?」


「あ、レイ君です!おはようございます!」


「は、はい。お、おはようございます。お体はもう大丈夫なんですか?」


ケガをした上に魔力切れを起こして眠っていた割には、随分とハツラツとしているように見える。

魔法の使えない自分にはわからないが、魔力というのはこれほど早く回復するものなのだろうか。


「あーそうでした。私魔力切れで眠っちゃったんですね。もう動けるくらいには大丈夫ですよ!……で、ここってレイ君のキャンプか何かですか?」


「あの、はい。僕の家、みたいなところです」


「え!?ここに住んでるんですか?レイ君、見かけによらずワイルドですねー」


森に住んでいる、と自分が言った時には山小屋のようなものを想像していたのだろう。

このような洞窟に住んでると聞いて、かなり驚いたようだ。

ルフィナは「はぇー」と感心したような声をあげて【本邸ホーム】の中を見回している。

自分の家をまじまじと見られるのがなんだか恥ずかしい気がしたので、話題を変えようと話しかける。


「それであの、今からご飯にしようと思うんですが……食べますか?」


「いいんですか?ありがとうございます!」


ルフィナは目を輝かせて喜んでいる。

期待されても大したものは用意できないので、レイは自分が出せるものをおそるおそる伝える。


「あの、お肉とかモロイモとかを焼いただけのものしかないですけど、すみません……」


「いえいえとんでもない!こういう場所で食べるにはピッタリじゃないですか!」


ルフィナの言葉にほっとしたレイは、焼けた肉の刺さった串を一本、ルフィナに手渡す。


「わー、ありがとうございます!これって、何のお肉なんですか?」


「あ、それは角兎アルミラージの肉です」


レイの言葉を聞いて、ルフィナがピタッと固まる。

そしてギギギッと音がしそうな機械的な動きでレイの方を向き、聞き返す。


「あの、レイ君?」


「は、はい」


角兎アルミラージ、ですか?モンスターの?」


「そ、そうです。お嫌いでしたか?」


「嫌い、というか、そのー……」


何か答えづらそうにしているルフィナを見て、レイは内心しまったと思う。

もしかしたらレイの知らない宗教的な戒律でもあるのだろうか。


「私の友人が言っていたんです。人間の体はモンスターの肉を食べられるようにはなっていないと。モンスターの肉を食べると体を壊すというのは、モンスター狩りをする冒険者の間ではよく知られたことですし……」


その言葉を聞いて、レイも固まる。

自分はもう食べ慣れてしまったが、世間でモンスターの肉が流通していない理由を自分は知らなかった。

ここに来る前はほとんど採取などの簡単な依頼や他人の手伝いばかりしていたので、今の話は聞いたことがなかったのだ。


皆がモンスターの肉を食べようとしない理由はわかったが、自分がそれを平気で食べていることをどう説明すればよいのか。


「レイ君、あなたは……」


(ま、まずい。アンデッドだって、バレちゃった……?)


「お腹がとっても丈夫なんですね!すごいです!」


「え?あ、そう、みたいですね……あはは」


それでいいのか、と聞いているこちらが思ってしまう都合の良い解釈だったが、とりあえず怪しまれなかったことに内心ホッとする。


「でもすみません、私はちょっと自信がないので……。お芋のほうをいただけますか?」


「は、はい!どうぞ」


肉の串を受け取り、かわりに切ったモロイモを刺した串を差し出した。


「いただきます!……うん、おいしいです!お芋の味ですね!」


当たり前のことを嬉しそうに言いながら、ルフィナは焼きモロイモを味わっていた。

塩なども持っていないので、本当にただ焼いただけのものなのだが、喜んでもらえたようだ。

レイはその様子を見て一安心し、受け取った肉の串にそのままかぶりついた。


(うん、やっぱりおいしい)


人間にとっては毒らしいが、やはり自分にとってはご馳走だ。

生前は試したことが無かったが、ここに来てからはモンスターの肉を食べたせいで体調を悪くしたことなど無い。

指摘されて初めて気づいたが、見た目どころか食べる物まで人間離れしていたらしい。


(モンスターの肉を食べるってこと、人には話さない方がいいかな……あんまり人に会うつもりもないけど)


「このモロイモは、レイ君が育てたものなんですか?」


「あ、はい。あの畑で育てています」


そう言って【本邸ホーム】の中に作ったモロイモの畑を指す。

今では十分な大きさのモロイモがいくつも地中に育っており、ここからでも葉が生い茂っているのが見えた。


「おお、ここで畑をやってるんですか!なるほど、陽が射してくる場所があるから洞窟内でも畑ができるわけですか。屋内の農場って面白いですね!」


「はい。日当たりがちょっと気になりますけど、手入れはしやすくて結構便利です」


「いいですねー。ちなみにここは、レイ君のご両親の土地だったりするのでしょうか?」


「いえ、その、ここはダンジョンの中なので。誰の土地でもないと思います」


「え、ここってダンジョンなんですか!?……普通にモンスターが湧きません?」


ルフィナが驚いて周囲を見渡す。

やはりダンジョンに住む人間というのはルフィナも聞いたことがなかったのだろう。


「えっと、とりあえず、この場所は大丈夫みたいです。通路には時々出ますけど、このダンジョンに出るくらいのモンスターなら平気なので」


「はー……。レイ君って強いんですね。ほんとにワイルドな生活です。自由って感じで、ちょっと憧れちゃいます」


「いえ、そんな……」


思いがけず自分の生活が好意的に評価されてしまい、レイは照れくさそうに頬をかく。

強いとか憧れるとか、以前の自分であればまず言われることのなかったような言葉に、舞い上がってしまいそうだ。

とりとめのない話をしながらの質素な食事だが、レイにとってはこの上なく楽しい食事だった。


「ごちそうさまでした!いやはや、夕食までお世話になってしまって。本当にありがとうございます」


「いえ、喜んでいただけてよかったです」


「レイ君はいい子ですねぇ……。弟にしたいくらいです」


「そ、そんな。いい子だなんて……」


手放しに褒められることなどほとんどなかったために、慣れない扱いに戸惑ってしまう。

ルフィナのような年上の美人が相手だとなおさらだ。

思わず頬が熱くなり、下を向いてしまう。


「あれ、照れてるんですか?……ぬふふ。レイ君、なかなかカワイイですねぇ」


「か、からかわないでください」


「あはは、すみません。でもほんと、レイ君はいい子だと思いますよ。私が保証します」


「……ぁ、ありがとうございます」


温かい言葉に思わずまた涙が出そうになったが、どうにかそれをこらえる。


「お礼を言うのはこっちですって!さって、どうしましょうか。今から街に戻るのは、流石に難しいですかね?」


会話のある食事が久しぶりだったせいか、いつもよりだいぶ長い時間をかけてしまったようだ。

いつの間にか天井の穴から差していた日の光は消えており、二人の周囲はかなり暗くなっていた。


「えっと、そうですね。ここから街道まではちょっと距離がありますし……」


「ですよねー」


むむむ、と唸ってどうしたものかと考え出すルフィナ。

レイとしても、こうも暗い中、女性を一人で行かせるというのはどうかと思った。

自分が送っていくという手もあるが、他の人間に出くわす可能性を考えると街道にはあまり近寄りたくなかった。


「……あ、あの!もしよかったら、泊まっていきます、か?」


思いがけず大きな声が出てしまい、後半は小声になってしまった。

自分らしからぬ思いきった提案に、緊張しているのかもしれない。

言ってからなんだか恥ずかしくなってしった。


「いいんですか?なんだかお世話になりっぱなしな気がしますけど」


「その、僕は大丈夫です。ここは広いですから。寝床はさっきの毛皮になっちゃいますけど」


やむをえず【本邸ホーム】にルフィナを連れてきたものの、来訪者ための準備などしていないのだ。

とりあえずの食事を提供できただけで、寝床などは自分の使っているものしかない。


「全然大丈夫ですよ!結構寝心地よくてびっくりしたくらいです」


「ならよかったです。あ、僕はあの辺の樹の下で寝るので」


「え?それはいけません!家主を差し置いて寝床を使うなんて!」


どちらかというとルフィナを安心させるために言ったのだが、彼女にとっては逆効果だったらしく、慌てて引き止められてしまう。


「で、でも寝床用の毛皮はそれ一つしか作ってませんから」


「じゃあ一緒に寝ましょう!」


「え」


当然のようにルフィナが放った言葉に、思考が追いつかず固まってしまう。


「ほら、この寝床結構大きいですし。くっつけば二人でも十分寝られますよ!」


「いえ、広さとかではなく、その……く、くっつけば?」


レイが口ごもっている間にも、ルフィナはブーツや上着を脱いでさっさと寝る準備を始めてしまう。


「いやー、おっきい寝床で雑魚寝って楽しいですよね!お父様はあんまりいい顔をしないんですが、私結構好きなんですよ!」


「そ、そうですか。……じゃなくて」


「ほらほら、レイ君も早く一緒に寝っ転がりましょうよ!」


あっという間に、ルフィナは寝床の上で横になってしまった。

何やらワクワクした様子でレイの方を見ながら、隣のあいた場所を軽く叩いて、寝るように促してくる。

その様子を見てレイは観念するしかないと悟り、ひとまず靴と革鎧を脱ぐ。

そしておずおずと寝床に向かうと、毛皮からはみ出ない程度にルフィナから間隔をあけた場所に決め、そこで仰向けになった。


横になってはみたものの、まったくもって落ち着かない。

誰かと同じ寝床に入るなど、幼い頃に両親と一緒に眠った時以来ではないだろうか。

寝る前に体を拭いた方がよかっただろうか、なんてことを思ってしまう。


ふとルフィナの方に顔を向けると、腕を枕にしてこちらを向き、なにやらニコニコしていた。

多少は間をあけたつもりだったが、それでも火を囲んでいた時よりもだいぶ距離は近い。


「ル、ルフィナさん。あんまり見られると、その……」


「んふふー。恥ずかしいです?」


「あ、う、はい」


「ほらほら!もっとこっち来ないと、寝床から落ちちゃいますよ?」


「でも、その、あんまり近いのは……」


「むー……えいっ」


レイが躊躇していると、ルフィナが腕を伸ばしてレイを自分のほうにぐいっと引き寄せる。


「わっ、る、ルフィナさん!?」


「レイ君が恥ずかしがって端っこにいるからですよ?心配しなくても、変なことはしませんって!」


「いえ、あの、僕が何かされる、というか、その」


「わー!レイ君の右腕、もふもふです!」


目の前にルフィナの顔が近づき、レイは更に慌てたが、ルフィナの方は特に気にしていない様子だ。

毛むくじゃらのレイの右腕を、物珍しそうに撫で回している。


「これ、ほんとすごいですねぇ。触られてる感覚とか普通にあるんですか?」


「それは、はい。ちょっと、くすぐったいです」


「へー……」


ルフィナは何やら感心した様子で、腕の太さを確かめるように、両手でにぎにぎと握る。

女性と同じ寝床で横になって腕を丹念に触られているという未体験の状況に、レイはどうしたらいいのか全くわからなかった。

目をひどく泳がせながらもじもじしていると、ルフィナもその様子に気づいたらしい。


「あれ、まだ照れてるんですか?」


「だって、その、ルフィナさん、すっごくきれいな人だし……」


「あは、嬉しいこと言ってくれますねぇ!こういうのは一回慣れちゃえば平気ですよ、ほら!」


ルフィナはそう言うと、今度は自分の胸元にレイの頭を抱き寄せる。

完全にルフィナの腕の中に収まってしまったレイは、その温かさと柔らかさで頭が真っ白になる。

動いていないはずの心臓が、もう爆発しそうだった。


「あああああの、ルフィナさん、あの、僕」


「よーしよし。だいじょぶですよー。レイ君はいい子ですねー」


ルフィナは小さな子供をあやすように、レイの頭をなでつけてくる。

しばらくわたわたと抵抗していたレイだったが、ルフィナの胸から聞こえる心臓の鼓動で、はたと動きを止めた。

とく、とく、と一定のリズムを刻むその音と肌の暖かさが、ルフィナが”生きた人間“であることを、レイに強く認識させる。


(……いいなぁ)


自らが失ったそれを間近に感じて、素直にそう思う。

レイは慌てていた自分が、すっと冷静になっていくのを感じた。

そしてそのままじっとしていると、頭の上からすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。


なんだかそのまま眠る気になれなかったレイは、ルフィナを起こさないようにそっと腕の中から抜け出し、寝床を離れた。

そして【本邸ホーム】で一番背の高い樹の下まで歩いて行き、樹の幹に背中を預けて座り込んで空を見上げる。


(僕は、人間じゃない。ルフィナさんとも、あまり深く関わるべきじゃない)


自分は、彼女とは違う。

アンデッドなのだ。

関わって良いことなどあるわけがない。

自分のような者に優しくしてくれた彼女に、迷惑はかけたくない。


天井の穴から覗く月をぼうっと眺める。

その夜、レイが自分の寝床に戻ることはなかった。

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