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ぬくもり

レイが自分の名を告げると、ルフィナと名乗った少女は嬉しそうに破顔する。


「レイさん、ですか。いいお名前ですね!ちなみにおいくつですか?」


「えっと、14歳、です」


実際は14歳を迎える前に死んでしまったのだが、生きていれば14になっているはずなので一応そう答える。


「ありゃ、年下の子に助けられちゃいましたか。じゃあレイ君ですね!あ、レイ君とお呼びしても?」


「え、あ、はい」


「ちなみに私は今年で17歳です!お姉さんですからね、色々頼ってくれていいですよ?……と言っても、今回はこうして助けられてしまいましたが。いやー、今日のは流石に焦りましたよ。レイ君がいてくれて本当に助かりました!」


「そ、そうですか」


怒涛の勢いで話し始めたルフィナの勢いに圧倒され、レイは目を白黒させてしまう。

脚を負傷しているはずなのだが、それを感じさせないほどに饒舌だ。

手当てをしなくてもよいのだろうか、と心配になってしまう。

レイがやや気圧されているのを感じ取ったようで、ルフィナは言葉の奔流を一旦そこでせき止める。


「あっと、すみません。私、人と話すのが好きなもので……。よく友人にも注意されるんですが、つい夢中になってしまうんですよね」


ルフィナは小さく舌を出し、てへへ、と照れたように頬をかく。

やや子供っぽい仕草だが、不思議と違和感がない。

ひとまず、先日の男のように会話もろくにできずに逃げられてしまう、ということはなさそうだ。


「とりあえず止血しちゃいますねー」


軽い調子で言いながら、ルフィナは腰に下げたポーションらしき液体の入った瓶を取り出し、中身を傷口にかけて洗い流す。

そして自分のシャツの裾を軽く捲ってナイフで細長く切り取り、即席の包帯を作って傷の手当を始めた。

軽く服を捲っただけだが、じろじろ見るのはなんとなく悪い気がしたレイはふいっと目を逸らしてしまう。


「そういえば、レイ君はこの辺りに住んでるんですか?」


「え?あの、はい。そんな感じです」


右脚の咬み傷に包帯を巻きながら話しかけてくるルフィナに、レイはしどろもどろ答えながら考える。


素直に答えてしまったが、森の中に住んでいる、という話は彼女にどのような印象を与えるだろうか。

もし自分の家を見せて欲しいと言われたらどうすべきなのだろう。

流石にダンジョンに連れて行くのはやめたほうがよさそうだ。

しかし怪我の手当てをちゃんとするなら、森の中よりは【本邸ホーム】につれて行ったほうがーー


レイがあれこれ悩んでいるうちに、ルフィナは包帯を巻き終わったようだ。

どうにか樹に寄りかかりながらゆっくり立ち上がる。


「よっ……あいてて。やっぱり普通に歩くのはまだちょっと辛いですね。すみませんが、ちょっと肩を貸していただけませんか?」


「あ、えっと……」


言われて反射的に歩み寄りかけたが、自分の右肩に軽く目をやって足を止める。

手を貸したいとは思っているが、この腕を見られずにするにはどうすれば良いだろう。

ただでさえ自分の体で隠し切れているか怪しいし、普通に肩を貸せば確実に見られてしまうだろう。


いっそ目を閉じてもらって、その間に自分が彼女を抱えて走って行くことを提案したらどうか。

今の自分ならそのくらいの腕力はある。

だが初対面の自分からそんな怪しい提案をされて、あっさり受け入れてくれるわけがない。


レイが隠した右腕の方にちらちら視線を送りながら迷っていると、その様子を見てルフィナがやや訝しげな表情をする。


「あの、失礼ですが右腕が良くないんですか?」


「……っ、い、いえ。その、ケガとかじゃ、ないです。はい」


右腕のことを尋ねられて、思わずビクッと肩が跳ねる。

これだけあからさまに隠していれば、不審に思われるのは当然だ。

断られるかもしれないが、やはりしばらく目を閉じていてもらえないか提案してみるべきか。

そう意を決してレイが口を開いた瞬間、ルフィナがレイの背後を見て目をハッと見開く。


「危ない!後ろに!」


「えっ……ぅわっ!」


先程の群れの生き残りだろうか。

ダイアウルフが一体、レイの背後から飛びかかってきたのだ。

ルフィナの警告でレイは振り返り、とっさに右手・・でダイアウルフを薙ぎ払う。


レイの巨腕に凄まじい勢いで薙ぎ払われ、ダイアウルフは悲鳴を上げる間も無く軽々と弾き飛ばされ、再び茂みの中へと消えていった。

もうこれ以上は襲ってこないだろう。

レイはなんとか対処できたことにほっとしたが、自分の右腕を見られたことに気づく。

慌ててまた背中に隠したが、もう手遅れだ。


「えっと、あの、これは、その……」


目を泳がせ、言いよどみながら、レイはルフィナから怯えたように一歩後ずさる。

先日の男の言葉が頭の中で反響し、呼吸が浅くなり、胸が苦しくなる。

もし心臓がまだ動いていたとしたら、これ以上ない早鐘を打っていたことだろう。

そんなレイに、ルフィナから焦ったような声が飛ぶ。


「だ、大丈夫ですか!?」


「……え?」


ルフィナの発した言葉が一瞬理解できず、レイは呆けたような声を出してしまった。


「ケガとかしてないですか!?すみません、また助けられちゃいましたね。あーもう!こんなことなら、もうちょっと攻撃魔法も真面目に勉強しとくべきでした!」


「いえ、ケガは、別に……」


「なら良かったです……。いやはや、これはますますちゃんとしたお礼をしないといけませんね!」


「あ、え、はい……」


予想外の反応に、レイはどうすればよいのかわからず生返事をしてしまう。

あの腕を見られた後で、純粋に心配されるとは思ってもみなかったのだ。


見間違いだとでも思っているのだろうか。

いや、そんなはずはない。

この上なく、はっきりと見られたはずだ。


「……あの、平気なんですか?」


「え?何がですか?」


「だって僕の腕、ヘンだから……」


レイが俯きながらボソボソと言うと、ルフィナはあっけらかんと答える。


「え、超かっこいいじゃないですか!っていうか、それどうなってるんですか?魔法ですか?……あ、何かのご病気だったりするんですかね。だったらあんまり触れない方が?」


「いえ、病気とかでは……」


「あ!さては、その腕のことで誰かにイジメられたんですね?もう大丈夫ですよ!これからはお姉さんが味方してあげますからね!」


ふふん、と何故か得意げに言うルフィナ。

しばらく呆気にとられたようにただ視線を送っていたレイは、ふと自分の頬を熱いものが伝っていくのを感じる。

気づいた時には、もう止められなくなっていた。


「うっ、ふぐ、うぇ……」


「え、あれ!?私、何か失礼なこと言いました!?あ、やっぱりどこかケガでもしてましたか?治癒呪文使いましょうか?たぶん、まだ一回くらいならなんとか使えるかもしれませんから!」


「いえ……ち、ちが、くて、ぼく……ふぅっ、ちがうんっ、です……」


涙が溢れて止まらず、えずいて言葉に詰まってしまう。

いつ以来だろうか、人から優しい言葉をかけてもらったのは。

拒絶の言葉を覚悟していただけに、ルフィナの言葉はレイの胸に深く沁みた。


「遠慮しなくていいですよ!私、治癒呪文は結構得意なんです。なぜか自分に使うと絶対失敗するんですけど、他の人に使う時は大丈夫ですから!」


「だ、大丈夫です。ケガとかじゃ、なくて。その、ちょっと、びっくりしちゃって……僕、てっきり、怖がられると思ってた、から」


ようやく落ち着いてきて、レイはゆっくりと答える。

特に負傷したというわけではないということが分かり、ルフィナは目に見えてほっとしたようだった。


「自分のことを助けてくれた恩人を、怖がったりなんかしませんよ!」


ルフィナの言葉には、自分の振る舞いに対する強い自負のようなものが感じられた。


「ちょっとくらい見た目が変わってても、いいじゃないですか!私の友人にも髪が白くて瞳が赤くて、『吸血鬼っぽい』とか『めっちゃ眷属いそう』とか言われてる子がいますけど、別に全然怖くないですよ?ちょっと抜けてるとこありますけど、とってもいい子ですし!」


「そ、そうなんですか」


「あとその子、超かわいいんですよ!」


(……それは結局見た目の話なのでは)


軽く突っ込みたくなったが、異様に目をキラキラさせて力説するルフィナには言えなかった。


ともあれ、事故のような出来事の結果だが、彼女なら右腕のことは気にせず移動を手伝っても大丈夫そうだ。


「あ、えっと、じゃあ肩をお貸ししますね。とりあえず、街道まで」


「おお、助かります!」


レイがおずおずとルフィナの方に近寄り、ルフィナも樹から手を離して身を乗り出す。

しかしーー


「はれ?」


間の抜けた声をあげて、ルフィナが前のめりにぐらっと倒れる。

レイは驚きながらも、反射的に駆け寄ってその体を受け止めた。

助けるためとはいえ、正面から抱きつく形になってしまい、レイはあわあわして声をかける。


「ル、ルフィナさん?どうしたんです?」


「あー……、すみません。多分魔力切れのせい、ですねー。眠ーくなって、きちゃいました。だいじょぶです。ねれば、なおります、から……」


そう言うと、レイに寄りかかったまますぅすぅと寝息をたて始めてしまった。

自分より背の高いルフィナに寄りかかられているが、今のレイは全く重く感じない。

しばらくこのままでいても平気だろう。

だが、それとは別の問題がある。


「ど、どうしよう。ここに寝かせておくのも危ないし……」


この場所にとどまると、またいつモンスターが現れるとも限らない。

日没まではまだ多少時間があるが、完全に日が落ちてしまったらより危険なモンスターが現れる可能性もある。

かと言って、自分は街に連れて行くこともできない。


(ひとまず、【本邸ホーム】に連れて帰るしかないかな……)


眠っている女性を自分の住処に連れ込むなど、なんだか悪いことをしているようで気が引けた。

それにダンジョンの位置を他人に知られてしまうのは、かなりのリスクかもしれない。


だが自分の右腕を見ても迷わず自分の身を案じてくれたルフィナのことを、レイは信じたいと思った。

レイは両腕に抱えていたルフィナの体を背中に負い、帰路に着く。

こうして人に触れたのは、いつ以来だろうか。

背中に感じるルフィナの体温が、やけに温かく感じた。


ダンジョンに住み始めてから初めて、レイは二人で【本邸ホーム】へと戻った。

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