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出会い

「ふぅ……」


薪を一通り集め終わった所で、レイは適当な岩に腰掛けて一息つく。

特に疲れたわけでもないのだが、外に出た時にこうしてぼんやりと考え事をするのが、最近のお決まりだった。


新しい右腕のついた体になってから、およそ一ヶ月が経過していた。

今日もいつものように、ダンジョン近くの森で狩りと素材集めをしているところだ。


灰熊グリズリーの右腕はレイの体格に対してかなり長く太い腕で、軽く肘を曲げておかないと地面についてしまうほどだ。

今では扱いにも大分慣れてきたが、慣れるまではあちこちぶつけてしまって大変だった。

今では右手についた爪を工具代わりにしたりと、片手の時よりも色々と作業がスムーズにできるようになった。


畑のモロイモも順調に育ってきているし、狩りにも困っていないので食糧は多少の蓄えができた。

食糧事情は安定してきたが、次は何をすべきだろうか。


(やっぱり、何かやることがあった方がいいよね)


ダンジョン内にはまだ使っていない部屋がいくつかある。

その部屋を何か他の用途のために整備していくのもいいかもしれない。


今は安全のために一時的に封鎖してしまったが、調査に入っていない区域もある。

特に冒険がしたいわけではないが、どこに繋がっているかくらいは知っておいた方が良いかもしれない。


ただ、未探索のダンジョンに一人で踏み込むのは危険な行為だ。

冒険者ギルドでも、一人で活動する冒険者は天才か死にたがりのどちらかだと言われていたし、もし調査に行くなら入念に準備していくべきだろう。


だが装備を整えるために買い物に出るわけにも行かないし、自分にはものづくりの技能などない。

かなり時間はかかりそうだが、少しずつ進んでは【本邸ホーム】に戻る、という方法をとるのが安全だろうか。


「……ん?」


探索の方法についてぼんやりと考えていると、いつぞやのように何やら騒がしい音が聞こえてきた。

今度は茂みをかき分けて走る音に混じって、魔法を唱えるような声も聞こえてくる。

また誰かがモンスターに襲われているようだ。

この辺りはほとんど人が入ってこないほどに森の深い領域なのだが、先日の男のように追い立てられてきたのかもしれない。


(助けに、行ったほうがいいのかな?)


右肩からぶら下がった毛むくじゃらの腕に目をやりながら、先日の出来事を思い出す。

今の自分は更に輪をかけて、人間らしからぬ容姿となってしまった。

また相手を怖がらせるだけではないだろうか。

そう考えると、先日のようにすぐに駆け出すことはできなかった。


仮に様子を見に行っとして、うまく姿を見られないように助けることができるだろうか。

かと言ってこのまま帰ったとしても、自分は様子を見に行かなかったことを気にせずにいられるだろうか。


「……どうしたらいいのかなぁ」


レイはため息まじりに呟く。

一人になり、自分らしくゆっくり生活できると思っていたが、未だに迷いは消えなかった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


薄暗い森の中を、一人の少女が疾走する。

肩にかかる程の長さの栗色の髪が激しく乱れているが、気に留める余裕はない。

自分を追い立てている連中に追い付かれないようにするだけで精一杯だった。


「あー、もう、しつっこい連中ですねぇ!」


ルフィナは息を切らしながら、うんざりしたように悪態をつく。

この連中に追い回されて、一体どのくらいの時間が経っただろう。

茂みを飛び越し、枝をくぐり抜け、かなりの距離を走り続けている。

長年使った革のブーツが、今日で擦り切れてしまうのではないかと思えるほどの運動量だ。

腰に下げたポーションの瓶やナイフ、薬効のある草やキノコを入れた素材入れも激しく揺れ、カチャカチャと騒がしい音をたてている。


彼女はこの国の王都で癒術師をしている。

癒術師はポーションや治癒魔法を駆使して、様々な傷病者を癒すのが仕事だ。

基本的に癒術師が自ら野山に出て素材の採集を行うことはない。

彼女達の本業は癒すことであり、冒険者のようにリスクを負った危険な仕事をこなすことではないのだ。


しかしルフィナは違った。

彼女は幼い頃から、街の外に広がる世界に強い憧れを持っていた。

だから街の外へ出かける理由として「自分が作るポーションは材料から自分で採取したい」というこだわりを持っている、ということにしているのだ。

もちろん癒術師としての仕事も気に入っているし、実際材料を自分で手に入れているおかげでルフィナの作るポーションは値段の割に効きが良いと評判だ。

しかし彼女が癒術師という仕事を選んだ理由としては、過保護な父親が就業に反対せず、かつ街の外に出る方便が使える職業である、というのが大きかった。


今日も恒例の素材採集という名の探検に来たのだが、気づいた時にはモンスターの群れに目をつけられてこの有り様だ。

街道に戻る方向に回り込まれてしまったので、どうにか迂回できないかとあちこち逃げ回った結果、完全に方向の感覚を失ってしまった。

この森での採集は初めてではないのだが、一度にこれだけの数に出くわしたことはない。

もしかしたら、モンスターの生息領域に変化が起こっている可能性もある。


(流石にモンスターの生息域を完全に把握するなんてできませんからねぇ……まったく、ついてないです)


自分の運の悪さにルフィナが心の中で小さく舌打ちをした瞬間、すぐ隣の茂みから黒い影が飛びかかってくる。

彼女は即座にそれに反応してとびかかってきたそれに向かって手をかざし、火球の呪文を唱えた。


火よ(ファユロ)!」


掌からこぶし大の火球が放たれ、茂みから飛び出てきた影にぶつかる。

火球の勢いに弾き返され、その黒い影は樹の幹に叩きつけられる。

黒い影はその衝撃に「ギャッ」っと短い悲鳴を上げると、そのまま崩れ落ちた。

樹の下に転がったのは、魔法の炎で体毛を焦がされた魔狼ダイアウルフだった。


魔狼ダイアウルフは群れで狩りをする狼のモンスターだ。

一体一体は大した強さではないが、群れになると自分たちより遥かに大きい相手も狩りの獲物としてしまう。

ルフィナも探索に必要な程度の自衛手段は身につけているし、先程のような初歩的な攻撃魔法であれば使えるので数体であれば相手にできる。

しかし、今回は運悪く十体以上の群れに目をつけられてしまったらしい。


「これは、ちょっと、っは、きつい、ですねぇ」


いくら体力に自信があるとはいえ、モンスターの群れを相手に走り続けるのもさすがに限界だ。

かといって、鼻のきく魔狼ダイアウルフ相手に隠れてやり過ごすのは難しいだろう。

そこらの樹の上にでも登れればよいのだが、そのような時間を彼らが与えてくれるとは思えない。

なにか打開策はないかと周囲を観察しつつ走っていると、周りと比べてひときわ幹の太い樹が前方に見えた。


(これ以上は、ちょっと走れなさそうですし……覚悟を決めますか)


心の中で決意を固めると、残った体力を振り絞るように加速して、どうにかその樹の下までたどり着く。

そして樹の幹を背にして軽く息を整えながらナイフを抜き、追ってきていた群れに対峙する。


樹の幹を背にしたのは、できるだけ死角を減らすためだ。

だが途中でいくらか数を減らしたとはいえ、相手は十体を超える数のモンスター。

多少死角が減ったからといって、迎撃し切れるかは正直言って賭けだった。

それでもこの状況を打破するには、どこかでこの群れを撃退するしかない。


立ち止まったルフィナを見て、魔狼ダイアウルフ達も移動を止める。

そして油断なくこちらを睨みながら、残った群れで周囲をぐるりと取り囲む。

そして包囲が完全に完了して数秒、こちらの様子を窺うと、群れのうちの何頭かが一斉に襲いかかってくる。


火よ(ファユロ)火よ(ファユロ)!!」


続けざまに火球を放つ。

魔法の炎が正面の二頭を弾き返す。

更に側面から飛びかかってきた一頭を蹴りで迎撃。

しかし、対応できたのはそこまでだった。

一頭が反撃をくぐり抜け、ルフィアの右の太腿に牙を突き立てる。


「つぅっ……!このぉ!」


噛みついてきた一体の頭にナイフを突き立て、どうに脚から引き剥がすことに成功するが、受けた傷からはジクジクと痛みが広がってくる。

傷の様子を見たかったがそんな暇はない。

強引に視線を前に向け、こちらの様子をうかがっている群れの残りをにらみつける。


状況はかなり悪い。

今の攻防でなんとか相手の数は減らせたが、それでもまだ目に見える範囲で四頭はいる。

あまり得意ではない攻撃魔法を何度も使ったので、魔力も底をつきそうだ。

先程と同じような多方向からの同時攻撃を仕掛けられたら、迎えうつのはかなり難しいだろう。


脚も負傷してしまったので、再び走って逃げることはもうできなさそうだ。

ポーションをつかって傷を治そうにも、そんな隙を相手が見逃すはずがない。

今の自分に残された武器は、手に持ったナイフだけだ。


(うむむ、これは本当にまずいかもしれません……)


普段は楽天家のルフィナだったが、さすがに背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

勝てる見込みは多く見積もって三割といったところだろうか。

それでも、彼女はナイフを構える。


「かかってくるなら覚悟してください!ただではやられませんよ!」


その叫び声を合図とばかりに、群れの残りが今度こそ獲物を仕留めようと飛びかかってくる。

ルフィナがそれを迎え撃とうとしたーーその時。


突然、耳慣れない風切り音が耳に飛び込んできた。

と思った瞬間、ダイアウルフ達が次々と短い悲鳴を上げて空中で姿勢を崩す。

そして勢いそのままに地面に落ち、ルフィナの足元にもつれるように滑り込んでくる。


今まさにルフィナに襲いかかろうとしたモンスターの群れは、一瞬にして全滅した。


「……はい?」


目の前で起こった事が理解できずに、ルフィナは呆然とする。

地面に転がったダイアウルフ達の体に目をやると、鋭い槍か何かで貫かれたような穴が頭や体に数多く見られる。

これだけの傷を受けては流石に立ち上がることは無いだろう。

何が起こったのかはわからないが、ダイアウルフの群れという脅威からは逃れられたと思ってよさそうだ。


「助かった、んでしょうか?」


当面の危機が去ったことにひとまず安心し、樹にもたれかかったまま座り込んで目を閉じ、深く長いため息をつく。


さすがに今回は肝を冷やした。

今までで一番の危機と言っていいだろう。

原因は分からないが、とりあえず窮地を逃れられたことに感謝しよう。


気分が少し落ち着いてきたところで、周囲の様子を観察し始める。

ダイアウルフ達を全滅させた謎の力が、自分に向けられないとも限らない。

今起こった現象がどんな原因によるものなのか、はっきりさせてから動き始めたいところだ。


しかし、とりたてて変わったものは周囲の森には見当たらない。

ダンジョンに時折あるらしい、大規模なトラップのようなものでもあるのかと思ったが、それらしい仕掛けが作動した形跡も無さそうだ。


ダイアウルフ達の死体を軽く観察した限りでは、ルフィナから見て右側から飛来した何かが体を貫通したように思われた。

反対側の地面に何か落ちていないかと思って見回していると、一つの樹の根本に何かがめり込んでいるのを見つける。

足の怪我のために近寄るのは難しかったので、その場で目を凝らしてよく見てみるとーー


「石……?」


それは、どこにでもありそうなごく普通の小さな石ころだった。

よく見てみると、その樹の近くの地面や隣の樹の幹にも石粒がいくつかめり込んでいる。


(まさか、誰かがこれでモンスター達を?)


モンスターの体を貫通するほどの速度で石を投げる、などということが人間にできるのだろうか。

投石器でも用いれば可能なのかもしれないが、このように複数の石を同時に射出できるような投石器というのは、ルフィナも聞いたことがなかった。


だがこれらの形跡を見たルフィナは、誰かが自分を助けてくれたのだと直感する。

そしてその人物がまだ近くにいると信じ、周囲に向かって呼びかけた。


「あのー!誰かいますかー!?」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


様子を見にいくべきか迷ったレイだったが、結局気になって様子を見に行くことに決めた。

実際に助けるべきかどうかは、状況を見てから判断すればいいと思ったのだ。


レイがその場所を見つけた時には、誰かがダイアウルフの群れに囲まれているところだった。

樹の幹に背中を預け、群れを迎え撃つべくナイフを構えている。

先日の男とは違って戦いの心得があるようなので、もしかしたら冒険者かもしれない。

そんなことを考えながら、少しずつその人物の方へと近づいていく。


(わ、きれいな人……)


その少女を見て、レイは一瞬状況も忘れて見とれてしまった。


戦闘のために髪は乱れて汗で顔に張り付いていたが、軽く日に焼けた健康的な肌によく映える艶やかな栗色の髪だ。

今は険しい表情をしているが、笑顔であればこの上なく魅力的だろうと想像できる美しい顔立ちをしている。

すらりとした肢体とその容貌は、冒険者というよりはお姫様のようだ、とレイは思った。

無論レイは王都に行った事などないので、想像でしかないのだが。


森の中をかなり長く走ってきたようで、体のあちこちに擦り傷ができているのが見える。

腰に下げた道具や装備を見た限りでは、先日の男のように素材の採取にきた薬師か何かのようだ。

魔法を唱えるような声も聞こえたので、もしかしたら癒術師や錬金術師かもしれない。


彼女を囲んでいる魔狼ダイアウルフの群れは、見えるだけで七、八体はいる。

魔狼ダイアウルフと直接戦ったことはなかったが、一人で相手にできる数ではないということくらいはわかった。


(ど、どうしよう。助けた方が……でも……)


自分の姿を目にして、彼女はなんと言うだろう。

先日の男に投げかけられた言葉が、頭の中に響く。

それだけで、レイの足はそれ以上動かなくなってしまった。

そうしてレイが迷っている間に、ダイアウルフの群れが少女に襲いかかる。


「あっ……!」


小さく声を上げたが、レイが動けずにいる間に戦いが始まってしまう。

少女は火の魔法を駆使して奮闘しているが、数体を退けたところで、攻撃をすり抜けた一体が彼女の脚に噛み付く。

ナイフで攻撃してなんとか引き剥がすことに成功したようだったが、彼女の脚には痛々しい噛み傷が残り、じわりと血が流れ出しているのを目にする。


(僕のせいだ……。僕がすぐに助けに入っていれば、あの人はケガをせずに済んだかもしれないのに……)


傷口から血が滲み出るのに合わせて、動きを止めた心臓が強く締め付けられるように痛む。

そして彼女の状況から、自分が置き去りにされた時のことを思い出す。

モンスターに襲われている状態で一人取り残され、嘲笑され、見捨てられる苦しみ。

助けを求めることもできず、痛みと恐怖の中に一人で沈んでいく絶望を、かつて自分は味わったはずだ。


自分はもう、人ではない。

心臓も動いていないし、わけのわからない怪力も身についている。

右腕まで異形のものとなってしまい、見た目まで人間離れしてきた。

それでも。


(せめて、心だけは)


決断してからの行動は素早かった。

レイは腰に下げた道具入れに手を入れ、いつも狩りに使っている小石をいくつか取り出す。

そして全ての小石を異形の右手の中に握り込んだ。


今のレイの右手は左手よりもかなり大きいため、一度に複数の石を握り込むことができた。

そして左手よりも力が強いため、石を投げた時の威力も右手のほうが高い。

左手よりも少しコントロールが難しかったが、この一ヶ月間の練習によって精度はかなり良くなってきている。

少女を巻き込まないようにダイアウルフの群れに攻撃することくらいはできるだろう。


そしてレイが右手に石を構えたちょうどその時、少女が勇ましく声を上げる。


「かかってくるなら覚悟してください!ただではやられませんよ!」


少女が叫び終わると同時に、魔狼ダイアウルフ達が一斉に飛びかかった。

今が最後のチャンスだ。

レイは力強く右腕を振り降ろし、握り込んだ石を魔狼ダイアウルフ達に向かって投げつけた。


複数の風切り音と共に、魔狼ダイアウルフ達に石つぶての雨が降り注ぐ。

そして飛びかかった魔狼ダイアウルフ達はレイの放った石で穴だらけになり、力尽きて地面に落ちていった。

多めに石を握り込んでいたおかげで、一頭も残すことなく倒すことができたようだ。


(間に合った……)


レイはほっと胸を撫で下ろす。

少女の方はというと突然のことに驚き呆然としているが、命に別状は無いようだ。


これで大丈夫だろう。

立ち回りを見た限り、彼女は自分よりも冒険者的な活動に慣れているようだ。

複数のモンスターに囲まれてさえいなければ、自力で街に戻れるだろう。


このまま立ち去れば、自分の姿は見られずにすむ。

レイがこっそりと踵を返した時、少女が声を張り上げて呼びかけてきた。


「あのー!誰かいますかー!?」


レイは一瞬動きを止めるが、すぐに再び歩き出す。

姿を見られたり言葉を交わしたりするのは、アンデッドだと知られるかもしれないし危険だ。

そもそもこんな姿では、また怖がられて逃げられてしまうに決まっている。


「助けてくださってありがとうございます!すみませんが、ケガをしているので手を貸していただけないでしょうか!」


再び投げかけられた彼女の言葉で、レイは完全に立ち止まった。

彼女がケガをしているのは、自分がすぐに動かなかったせいだ。

なら彼女がそのケガで困っているというのに、そのままにして立ち去っていいのか。


レイは再びこっそりと元の場所へと引き返し、右腕を見られないよう樹の陰に隠れた状態でそっと顔を出す。

少女は自分が助けられたということに確信を持っているらしく、レイの姿を見つけようとあたりを見渡している。


しかし、やはり姿を見せるのは抵抗がある。

どうしたものか、と木の影から出ては戻るのを数度繰り返していると、彼女の方が足音に気づいたらしくこちらの方を向く。

そしてレイの姿を見つけると、そのまま声をかけてきた。


「あの、あなたがモンスターを倒してくれたんですか?」


「えっと、その……はい」


すぐに助けに入れなかったという負い目から、レイは俯いてしまう。

失礼だとはわかっていても、彼女の顔をまっすぐ見ることができなかった。


「それはありがとうございます。先程も言いましたが脚をケガしてしまいまして。ちょっと手を貸していただけないでしょうか?」


「あ、わ、わかりました」


思わず承諾してしまったが、ケガの手当や移動を手伝えば良いのだろうか。

この腕を見られると怖がられてしまうだろうから、ひとまず見られないようにしよう。


そう考えてレイは右腕を自分の背に隠したまま、樹の下に座り込んでいる少女の方へと歩み寄る。

完全に隠し通せるとは思えないが、少なくとも手助けが終わるまでは彼女を怖がらせないよう、どうにか腕をまともに見られずに済ませたい。


「ご親切にありがとうございます。後で何かお礼をしないといけませんね!」


「いえ、お礼なんて、僕はそんな……」


自分に感謝される資格などない。

むしろ責められるべきだ。

彼女の足の傷を目にすると、罪悪感でまたすぐに下を向いてしまう。

だが相手はそれを気にした様子もなく、明るい口調で話を続ける。


「まぁまぁそう言わずに。あ、私はルフィナといいます。あなたのお名前を教えていただけますか?」


名前を聞かれて、答えるべきか躊躇する。

自分の名を明かしても大丈夫だろうか。

でも名乗られたからには答えないと失礼な気がするし、住処ならともかく、名前だけならさほどリスクにはならないだろう。

そう考え、レイはおずおずと自分の名を告げる。


「その、僕は、レイです」


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