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ついてない一日

落ちていく。

暗闇の中をただひたすらに、落ちていく。

体からとめどなく血液が流れ出ていき、体温がどんどん失われていくのを感じる。

もはや目はほとんど開かず、時間の感覚もひどく曖昧だ。

ただ耳元を通り過ぎていく風の音だけが、やけにうるさく聞こえていた。


地面に向かって落下し続ける少年の脳裏には、今までの記憶が走馬灯のように駆け巡っていた。

自分の生まれた家。自分の育った農村。自分の両親や兄弟たち。

初めて村から出た日のこと。初めて自分の装備を買った日のこと。

初めて冒険者の仕事をした日のこと。


そして、自分の最後の冒険のこと。

このダンジョンに来ることになった経緯を思い出しながら、彼はうわ言のようにつぶやく。


「できれば、もっと―――」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「はぁ……」


今日の僕は、ついてない。

そう思いながらレイは、酒場のテーブルで水の入った木のコップを手にため息をついた。

酒場はいつものように騒がしく、周りのテーブルでは楽しげな会話や笑い声が飛び交っている。

しかし彼一人の小さな卓で聞こえるのは、ため息と静かな食事の音だけだった。


ここはこの街で一番大きい酒場「白馬の(ねぐら)亭」。

この街の冒険者達が夜な夜な通う店であり、店員も客層も基本的に荒っぽい連中ばかりだ。

交わされる会話の言葉遣いも内容も、はっきり言って上品とは言えない。

明け方近くまで酔っぱらいが騒いでいることもしょっちゅうだ。


彼と同世代で大人と同じように働く人間は少なくないし、年齢的に言えば酒場にいること自体はさほどおかしなことではない。

しかし彼の華奢で小柄な体格や、下手をすると少女にすら見えるような中性的な顔つきは、このような酒場では浮いて見える。

それでもなぜレイがこんな場所で一人で食事をしているのかといえば、これでも冒険者の一人だからだ。


革鎧と短剣を装備して首から冒険者ギルドの登録証を下げていることから、彼が冒険者であることはひと目で分かる。

腰に巻いたベルトに下げた道具入れにはポーションなど怪我に備えたアイテムも入れてある。

これらの装備が必要となるような、いわゆるモンスター討伐の依頼に行って帰ってきたところだ。


彼がこうも落ち込み気味なのは、今日一日がケチのつきっぱなしだったからだ。

仕事終わりの素材分配で受け取った分け前はいつにもまして少なかったし、酒場に来る途中では大柄な男に体がぶつかったせいで絡まれた。

おまけに今日は酒場の店主の機嫌が悪かったようで、注文の声が小さいと怒鳴られてしまった。


これらの他にも、今日は小さな不幸のようなものに幾度となく襲われた。

分け前が少ないことも酒場の店主の口調が荒っぽいのも、いつものことだ。

ただこうも落ち込む出来事が立て続けに起こると、「今日は運の悪い日だ」と思いたくなる。


そしてこういう落ち込み気味な日には、将来の不安について考えてしまうのだ。

はたして、自分はこのまま冒険者を続けるべきなのだろうか、と。


レイはもうすぐ14歳になる駆け出し冒険者だ。

駆け出しとはいえ初仕事からはもう半年以上になるため、ギルドの職員に顔を覚えられる程度にはこの仕事を続けている。

ただあまり恵まれた体格ではないために、他の冒険者からは軽く見られがちだ。

同世代の平均と比べても一回りは小さいので、冒険者達の中ではなおさら小柄に見える。


冒険者の仕事は害獣やモンスターの討伐、危険な場所からの素材の調達、未踏の地の調査など多岐にわたる。

しかしその名が表すとおり「危険を冒す」内容がほとんどである以上、この稼業では体が何よりの資本だ。

魔法が使えるわけでもない、背の低いやせっぽちなレイが下に見られるのは仕方のないことだった。


(もっとたくさん食べて体を大きくしないとだけど、あんまりお金ないし……)


ここ最近毎晩のように食べている、薄い豆のスープを口に運びながらぼんやりと考える。

居候先では食事を用意してもいいと言われているのだが、それは丁重に断った。

寝床を提供してもらえるだけでも十分にありがたいことだし、何より自分の食い扶持は自分でなんとかできなければ一人前の冒険者とは言えないと思ったからだ。

とはいえ実際のところは、他の冒険者から全く一人前として扱ってもらえていないのだが。


今日も頼み込んでやっと入れてもらったパーティで雑用係のようなことをしていたのだが、正直扱いは良くなかった。

仕事終わりの分配でも一応分け前は貰えたものの、お世辞にも気前がいいとは言えない配分だった。


(一生懸命やったんだけど、しょうがないのかなぁ……戦闘ではあんまり役に立てなかったし……)


レイの主な担当は基本的に荷物持ちや野営の設営作業などの雑務だった。

もちろん戦闘にも参加しているのだが、彼の体格と戦闘技術ではどうしても他のメンバーと比べて見劣りしてしまう。


『戦闘もろくにできない雑用係には、おこぼれをくれてやれば十分』


面と向かって言われたわけではないが、そういった考えが自分に対する扱いからは見て取れた。

そして自分でも戦闘が不得手である自覚があったために、正面切って反発することなどできなかったのである。

そのパーティも明日から別の街に拠点を移すと言っていたので、明日からはまた別の働き口を探さなければならない。


自分のような未熟者がソロで活動できないことは、火を見るよりも明らかだ。

おそらく仕事の受注すらギルドにさせてもらえないだろう。

またどこかのパーティに下働きとして入れてもらえるよう頼んで回るしかない。

しかし今後も少ない分け前と貧しい食事が続くと思うと、あまり事態が好転するとは思えなかった。


「はぁ……」


幼い頃に聞いた物語のような活躍を夢見て農村の家を出て冒険者になったが、先行きは暗いままだ。

もういっそ冒険者などやめて、街の商店で働くことを考えたほうが良いのだろうか。

そんなことを考えながらもう何度目かのため息をついていると、後ろから聞き覚えのない野太い声に話しかけられた。


「ようボウズ、浮かない顔だな。何かあったのか?」


顔を上げて振り向くと、レイより頭一つ分は身長の高いがっしりとした体格の男が木樽のジョッキを持って立っていた。

ボサボサの黒髪に濃い無精髭の、やや粗っぽい印象の男だ。

ギルドが発行している登録証のプレートを首に下げていることから、その男も冒険者であることが分かる。


「あ、どうも。今日はちょっとつまらない失敗が続いていたので、ついてない日だなぁと……」


「そりゃ災難だったな。まぁ俺も似たようなもんだが。昨日からパーティーメンバーが一人怪我で動けなくなっちまってよぉ」


男は右頬にある大きな傷跡を指でなぞりながらぼやく。

かなり古い傷跡のようなので、きっと冒険者を長くやっているのだろう、とレイは思った。


「それは大変ですね。えっと……」


「ああ、俺はグランだ」


「僕はレイといいます。お仲間さん、早く良くなるといいですね」


グランと名乗ったその男は、レイの向かいの席にどっかりと座りながらため息をつく。


「まったく……ついてないぜ。こちとらせっかく新しいダンジョンの情報を仕入れたから、他の連中が見つける前に早く出発したいってのに」


「新しいダンジョン、ですか?」


レイはわずかに身を乗り出して聞き返す。

新しく発見されたダンジョンの話など、自分が冒険者になってから初めて聞く。

この街の周辺地域はほとんど探索され尽くしており、未調査地域の探索依頼などめったにお目にかかれない。

治安維持のための難度の低い討伐か素材集めが依頼の多くを占めている。

レイがこの街で活動しているのも、そういった駆け出し冒険者でもこなせるような仕事が十分にあるからだ。


「ああ、多分まだ誰も知らねぇと思うぜ。ギルドからの探索依頼もまだ出てないし、俺だって情報屋から仕入れたばかりの話だ」


「はぁ、なるほど……」


「まぁそれも時間の問題だろうな。他の連中に先を越される前に出発したいんだが、しばらく一人動けないとなるとちょっとな……」


グランはやれやれといった様子で首を振ってからジョッキをぐいっとあおる。

そしてちらっとレイの方を見てから軽く口を拭うと、軽く身を乗り出しながらレイの顔を覗き込む。


「……なあボウズ。俺達のパーティーとそのダンジョンに行ってみないか?」


「え!?ぼ、僕がですか?」


「ああ。見た感じお前、軽装の戦士系だろ?動けなくなったやつはレンジャーだから、ちょうどそういう奴が欲しかったんだよ」


「確かに、僕は軽装が基本ですけど……」


冒険者の中でも、剣や斧などの武器で戦う前衛の戦士系には大きく分けて重装と軽装の二種類がいる。

重装は重く頑丈な装備を身にまとった戦士で、扱う武器も大振りなものが多い。

多少の攻撃は受ける前提の装備であり、敵を引きつけた上で後衛と連携して相手にダメージを与えるのが基本だ。


逆に軽装はあまり重い武器や防具は身につけておらず、身のこなしが軽い者が多い。

素早い動きで敵を翻弄し、スキを見ては攻撃を加えるという戦闘スタイルだ。

武器も軽いために重装と比べて相手に与えられるダメージも小さいが、その分戦闘以外でも活躍できるよう斥候の技術を身に着けている者が多い。

もっともレイが軽装なのは、特殊な技能を身に着けているからでも身のこなしに自信があるからでもなく、高価な重装備を購入する資金がなかったというだけなのだが。


「でも、いいんですか?その、僕で……」


「頼むよ!せっかくだから一番乗りしたいじゃねぇか!まだ誰も入ってないダンジョンなら、きっと良いもん見つかるぜ?」


手を合わせ拝むようにしてくるグランの言葉に、レイは正直かなり揺らいでいた。

この半年、これといって目立つ仕事には関われていない。

前衛として活躍できる自信はあまり無いが、ここで何か成果を上げることができれば自分でも冒険者としてやっていける、という自信がつくかもしれない。


何よりこんな風に誰かに頼み込まれることなど、冒険者になってから初めてのことだった。

自分でも誰かの役に立てるのかもしれない。

そう思うとレイにはもう、この提案を断ることができなかった。


「えっと、じゃあ、僕でよければお手伝いします」


「ほんとか!?いや助かるぜ!ようやく俺にも運が向いてきたってもんだ!」


大げさに喜ぶグランに、レイは照れたように顔を軽く伏せる。

こうして喜んでもらえただけでも、了承してよかったと思ってしまった。

そんなレイに向かってグランは、景気づけだと言わんばかりに自分のジョッキを突き出してくる。


「じゃあボウズ、明日からよろしくな!」


「はい、よろしくお願いします!」


レイはグランの掲げたジョッキに、自分のコップを控えめにぶつけた。

ついてない一日だと思っていたが、最後に良いことがあった。

誰も入ったことの無いダンジョンなら、もしかしたらすごい発見ができるかもしれない。


(もしそうなったら、僕でも有名な冒険者になれるかも!)


そんな期待に胸を膨らませ、レイはコップの水を飲み干した。

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