94.ティーカップ
ダイニングに到着すると、前もって準備してあったティーカップにアリエスが紅茶を注ぎ、目の前に置いた。
「いつもより遅いお目覚めなので、ハーブを少し淹れてあります」
「あぁ」
まだこの家の主な食事の時間ではないため、ここにはアリエス以外の他の者がいない状態。
だからこうして部屋ではなく、ダイニングでくつろげるのだがな。
私は執務室以外の部屋ならほぼ(トイレ・倉庫を除く)どこでも『くつろげる』なため、ころころと場所を変えて、好きな紅茶を楽しんでいる。
どうも執務室でくつろごうとすると、一息ついた後に『仕事をしなくては』となる。休む時間はきっちりと、出来れば休めるものにしたいからな。
――ガチャ
「おはようございます、ロシュさん」
「ランスか。おはよう」
「ロシュさん、早起きなんですね」
「いつもよりは遅いがな。そういうランスはどうした?昨日はこの時間はまだ寝ていただろう?」
「ふと目が覚めて、のども乾いたのでサヤンキさんがいるかもと調理場に行ったら、目覚めのホットミルクをダイニングに持っていくと言われました」
「そうか」
少し緊張感を含んでしまったが、我が家であることには変わりない。
そのあと聞いたとおり、サヤンキがダイニングに来たが、私がいるとは思わなかったのだろう。驚かれてた。
なんとかトレイに乗ったティーカップが溢れなかったのは、幸いだった。
「割っちゃってたら、スロウさんにもロシュ様にも怒られちゃってましたっすね…ランスくん、どうぞっす」
「ありがとうございます」
サヤンキはランスに飲み物を渡しつつ、危なかったと反省しているようだ。
「サヤンキ。私は別に怒らないぞ?」
「そうなんすか?スロウさんがティーカップだけは割るなって言ってたっすから…じゃあ何でなんすか?」
「割って怒るのは私、ではなくアリエスだ」
我が家にあるティーカップは父や母の代から使っているものを除けば、あとはアリエスが『我が儘を1つ叶えては下さいませんか?』と言って買いそろえたティーカップ達だ。
わざわざ休日を使い街に出ては、買ってくるようになったため、今では私に出すティーカップが、1週間違うものしか出てこない時もあるくらいだ。
それほどに好きなものを
「ぇ。アリエスさんだったんすか?」
アリエスはサヤンキに無言の圧力を笑みでかけた。言葉にするなら『絶対に割るなよ?割ったらどうなるか分かるか?』的な雰囲気はある。
私より年上のメイドの者達は、怒ると皆怖くなるのが我が家の密かな共通認識だ。
「以後はもっと扱いに気を付けるっす!!」
サヤンキもそれを心得ており、アリエスに意思表明した。
ただアリエスが怒るのは、不注意による破損だ。事故などで割れた場合などは怒らんだろうな。今回はその意識が低かったサヤンキへの注意喚起だな。
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