346.完成品を前に
Trick or Treat?
ゼイラルの手料理もあと僅かで完成というところで、キッチンにいたアリエスがレオを呼んだ。
並び立った2人が何の話をしているのかは、ボソボソとしていて聞こえなかったが、様子を見た限りどうやら彼女は飲み物を作るらしくために、その間の監視をレオに任せたようだった。
予想通り。
アリエスは湯を沸かし初め、レオはゼイラルの手元が見える位置に移動していた。
時折レオがゼイラルに何か話しかけては、彼の手元が止まっていた。作業の邪魔は感心しないが、こちらも急いではないし、彼も邪魔そうにはしていないので、咎めるつもりはない。
しかしアリエスが徹底して疑い続けていたのにも関わらず、ゼイラルが気にした様子はないな――表面上は。
意思が強くなっても、それは急には変われない。
だからこそ、それを悟られないように振る舞うのは大変だろうが、『悟られないように』する立ち回りを苦手とする相手にし続ける根気が、さらに彼の意思を強くしてくれるだろう。
…これは早くしないとな。
――ロシュはゼイラルの喜ばしい成長に、ニヤリと口元を緩め、何かを早める算段をつけたようだった。
さて。
ゼイラルを正面に、レオを左に、アリエスを右に見える席順となった私の前には今、ゼイラルの作った食事が並んでいた。
やはり、あちらの国に近い料理を作ってくれたようだな。
「あちらの国の料理は少し味が濃いので、薄めさせていただきました」
そういってゼイラルは私を見つめた。うむ。
「そうか。それではいただこう――」
「お待ち下さい。まずは私がいただきますので」
「ここまで来てまだ疑うか」
「それが私の仕事でもありますので」
「なら早くしてくれ。冷めて食べる食事は旨味が減るだろう」
「はい」
アリエスは『失礼します』と私の食事を一口ずつ食べた。
子供の頃はこれを『むしくいのようだ』と言って、母に叱られたな。
幼いからこそまだ許されたが、今言えば罵倒でしかないと理解している……してはいるが、そう見えてしまうのだから仕方がない。
言わぬ、表に出さぬだけで、許してもらおう。
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――むしくい。
ロシュが使った『むしくい』は虫に一部分を食われ、穴や凹みが出来たという意味。(小説内での解釈)
幼いロシュが毒味で減った部分を見て使った例え。
ただし幼いロシュは『むしくい』ではなく、『齧られた』という言葉を使いたかったが、パッと出たのがむしくいだったため、叱られることになった。
以降稀に、毒味で減る食事を見ると過去を思い出し、『むしくい』という単語が出てくるようになったようだった。
明日は日曜日なのでお休みです。
また月曜日お会いできると幸いです。