344.成長した意思で
ゼイラルとの他愛のない話をしている最中、後ろからアリエスが『そろそろ』と、声をかけてきた。
確かにここで時間をとっては、彼の動く時間も減るな。
「ゼイラル。君にとっては不快なお願いとなるが聞いてくれるか?」
「内容は…どんなものでしょうか?」
ゼイラルが不安そうな目でこちらを見た。
「アリエスが君の後ろで調理の観察(監視)と毒味をしたいというのが、こちらの願いだ。料理を作ってくれるのに申し訳なく思う」
これは願うか迷ったが、ゼイラルがこの話を聞き、不快、嫌悪、困惑のどれかを強く示したなら、願いは取り下げる――つもりだった。
「いえ……。その。私も思っていたので少し安心しました」
ホッとした様子で語られた『思っていた』という言葉。
ゼイラルは私の想定していた感情ではなく、安堵を表した。
つまり私が我が家の料理人か外食以外で、誰かの『手料理』を食べることを案じていた?
今回その『誰か』が自分であったのを分かった上で作ることを了承してくれた、と。
…ならばきっとこの話を振らなくても、毒味か共に作ることを提案されていたかもしれないな。
――ロシュのゼイラルに対する見解は正しかった。
ゼイラルはこの日のためにあらゆる市場への足を向け、仕入れの際の腐食が少なく、飲食店の食材に選ばれている販売商人など事細かに調査をしていた。
「思っていたなら料理の件はお断りしても良かったのでは?」
「…私も最初はそう思いました。ですが――」
――ゼイラルはまっすぐにアリエスを見据えた。
「――自分の好きな相手に手料理を振る舞えるのは、嬉しいと。そう思ってお引き受けしたんです」
「…そうですか」
この様子だと今後からゼイラルはもう、アリエスに臆することはないだろうな。
――ゼイラルは好きな人に思いを伝えるのに、自分の意思が何かしらの影響で卑屈や萎縮になるのはいけない、という思考へと変化していた。
その意思の成長は少なからずアリエスにも届いていたため、彼女は大人しく引き下がったのだった。
ただ、彼女が引き下がったのはこの話題からだが。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
食材に関しての目利きは働いている飲食店のシェフに聞き、時に共に同行をしさらに養ったよう。