271.使用する言葉は決めていた
アリエスは私が力を込めて掴んでしまった肩に痛みを感じ、若干体を強張らせたが、
「…酷い傷ですが、命に関わる動脈は上手く外れていますので、治療すれば完治します」
レイラの問いに早口に応えた。うむ。喋れるようになったら強く掴んでしまったことを謝らねばな。
「レイラ。早くアリエスさんに治療してもらおう」
「うん」
ライラがレイラに寄り添いながら道を作るように壁側に後退する姿を見て、1文くらいは話しても……と、私は口を開いた。
その姿が両親らの葬式で悲しんでくれていた参列者が、付き添いの者に肩を引かれ私に道を譲った時と重なったのだ。
哀しみは少しでも祓ってやりたい――
「ライラ。レイラ…」
「っとうさん!喋らないでって言われてるでしょ!」
私の声を聞いたことで2人は驚き、明らかに安堵の表情をした。
だが、そこからすぐに立ち直ったライラが怒鳴るように喋るなと、言ってきた。
……少しくらいは大丈夫だと思ったのだが、ライラの怒りの表情を見ては世間話のようには喋れんな。
ただ私は声を発してみて、少しは呼吸や傷にあまり痛みを感じなかったため、ライラ達に視線を合わせてから言葉を発した。
「…後の事は頼む。見舞いらは明日だ」
指示と約束を発するくらいは出来ると思ったのだ。
私は領主で。姉夫婦から2人を預り貰った『親』でもあるのだからな――
あの後、治療をしてもらうため移動した私は、アリエスの治療を風呂場で受けつつ、先程の短い会話がちゃんと伝わってよかったと改めて思っていた。
『後の事は頼む』というのを伝えたかったのは、アルタとサジリウス。
あの言葉には、この事件の事後処理を任せるという意味もあった。
侵入者が他に潜伏していないかの確認などの指示を全てサジリウスに丸投げし、アルタは見習い執事だが剣の腕はそこそこ持ち合わせているため、身近での護衛を頼んだ。
サジリウスはきちんと意味を理解し、目配せで承諾の回答をし、アルタは心臓に位置する場所に手のひらを乗せ、軽く頭を下げた。
あれは、執事が主人らから命令を受けたときにする行動を意味している。
まぁ、緊急時に短く済むように決めていた言葉を並べて言っただけなのだがな。
我が家で使う日が来ようとは思わなかったがな。
そして。『見舞いらは明日だ』という言葉はライラとレイラ、そしてその場にいた全員にかけた言葉だ。
今は無理だか明日なら話せるぞ、と短く伝えつつ、使用人らには『明日までに説明出来るようにしておけ』と今回の事件の詳細をまとめておくようにと。
本当なら私が使用人達の話を全て聞いてまとめるのだが……今回はアリエスがやらしてくれないだろうと、頼んだのだ。
暫くは書類は片付けられないのか……
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