239.例の茶の別名
領地に関する資料という名の書物を読み終え、昼御飯を食べ終えて暫く。
また執務室へと籠ろうとしていた所、ジェミナが訪問者がいるということを伝えてきた。
現在はサジリウスが対応し、応接室へと連れていったらしい。
サジリウスが我が家へ招き入れたのならば、確実に私に用件のある人物であると判断したということ。
「こうも立て続けに訪問者が来ると、運命が私に休むなと言っているのかもしれないな…」
「ロイ様。待たせてしまってよろしいのですか?」
「あぁ、そうだな。行こう」
それからジェミナ先導のもと、応接室へと向かった。
途中、飲み物の配膳をしに応接室へと入ろうとしていたスロウからワゴンを拐ったアリエスに、彼は苦笑いしつつも配膳を任せ、会話もそこそこに調理場へ戻っていった。
アリエスが淹れた方が、上手く淹れられるというのを理解したのだろう。
――コンコン。
「失礼します。ロイヴァルッシュ様をお連れしました」
――ガチャ。
ジェミナが中にいる客人に私を連れてきたことを告げると、返事を待たずに扉を開けた。
そのまま扉横に控えたジェミナを素通りし、中へと入った私が見た客人は、頬を染め、恍惚とした表情を向けてきていたミナージュだった。
服色は全体的に寒色。シンプルなワンピースに、ケープを羽織り、ショルダーバックも持っていた。
「ようこそ、グランツェッタ家へ」
「は、はいっ!」
「とりあえず一息つこうか」
「あ、ありがとうございますっ」
緊張しているのだろう。
私と目を合わせることをなるべく避けるように視線をさ迷わせている。
アリエスに出された飲み物に礼を告げるミナージュだが、飲もうとはしない。
「遠慮せずに飲んで良いんだぞ?」
「あのっ!こ、これは『洗礼茶』ですか?」
「洗礼茶?」
「飲む人によって味が変わるという…」
「噂でもされているのか?」
「…実際に飲んだ事のある親を持つ人が、話を会に持ってきたんです。それで皆で私が飲んだらどんな味がするのだろうとか、グランツェッタ家で採れる茶葉で不味いと感じるなんて…とか色々妄そ…あ、いえ!その、想像をしていたんですっ!」
妄想でも良かったがさすがに恥ずかしかったのか。
「そうか。洗礼茶と呼ばれていたのは知らなかった。だがそうそうその洗礼茶は出さないぞ?」
「そうなんですね…」
「美味い茶葉であることはかわりないがな」
「で、ではいただきますっ」
ゴクリと唾を飲み込む音が小さく聞こえた後、ミナージュが飲み物へと口をつけた。
――『むぐっっ!!』
『そうそうに出さない』と言ったが、目の前の茶が『洗礼茶』と名付けられた茶ではないとは、一言も言ってはいない。
ミナージュには悪いが、私としては悪戯が成功したという高揚感があった。
…それに咳き込みながらも彼女の表情はどこか嬉しそうだしな。
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『洗礼』は『ある事柄について、初めて経験する大きな出来事』の意味で使っています。
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