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私は、うちの近くにある山に登っていた。
時刻は10時40分、夜である。
この山には120体もの地蔵が置かれており、「地蔵が山」と呼ばれている。
これだけズラリと並んでいたら、少々恐ろしさが出てきてしまうためか、今のような暑い時期は、肝試しに使われたこともあったようだ。残念ながら、夜の山は危険ということで、ほとんど登っていく人は居なくなっている。
懐中電灯をつけ、一歩一歩登る。頂上の展望台までは、舗装された道のりである。よほどのことがなければ、ほとんど事故になることはない。
この程度で危険なのか…最近の親たちは過保護になっているというのは、あながち間違ってはいないのだろう。
今日は誰もいないということはなかったようだ。小太りな男性が展望台の方から降りてくる。
「こんばんは。あなたも星を見に来たんですか?」
「ええ、今日はいい天気ですからね。綺麗に見えると思いまして」
「昨日と同じくいい星空ですよ。それでは、お気をつけて」
「お気遣いありがとうございます。お互いに気を付けましょうね」
すれ違い、ふと気づく。昨晩は雨が降っていたから、星が見えただろうか?
雲の切れ間に輝いていたのだろうか。それはそれでレアケース、撮影してみたい気持ちもある。
私は本間宏子、夜景カメラマンである。時折星空も撮影している。
今回持ちかけられた企画は、懐かしさの残る片田舎の夜景、である。
「本間さんの地元ってあそこでしょ、山が多いから綺麗だと思うんだよね。星空が。それに、あそこの展望台結構高いらしいじゃん。街の様子もばっちり見えるんじゃない?」
とのことだ。実際、小さいころから登ってきたこの山から見る星空は別格であった。
当時はほとんど街に光もなく、星だけがきらめいていた。
今では開発が進んで、東京ほどではないとはいえ、ちらほら、それなりの高さの建物も立った。
眠らない町、とまで行かなくとも、この時間だとまだ明かりをつけているところがあり、夜景も見える。
展望台まであと一息、といったところで、突風が吹いた。追い風によろめく。
なにか、嫌な予感がした。
展望台に到着し、空を見上げて一枚、二枚。六等星はほぼ見えないが、5等星から上の明るさを持つ星々は、データの中でも輝いている。さらに数枚追加し、帰宅後に明るいところでしっかり見よう。
夜景の撮影をしようと準備をし始める。と。
展望台に人影があった。ちょうど夜景を撮影しようとしていたところに入り込んでしまうので、移動をお願いする。
「すみません、ちょっと撮影がしたいので…」
振り返ったのは
「ウガァァァァァァ!!!!」
さっき降りて行ったはずの小太りの男性だった。
「なっ!」
その男性が突然タックルしてきたのだ。
「オマエノセイデェ!ハハハシンダンダア!ツグナアェ!!!」
「ひっ!」
馬乗りになろうとする男。そこに
「うああああ!」
横からすごい勢いで押されたように、男は弾きとんだ。
私は焦って、カメラだけを持ち逃げ帰った。
後で聞いた話だが、あの男性は開発によって立ち退きさせられた家の者だった。
彼の母は自営業を営んでいたが、業者の悪質な嫌がらせを受け、仕事を続けられなくなり、家で首を吊った。
開発の理由は、「夜景」だったそうだ。
今では考えられない理由だが、当時の権力者が、当時はやりの夜景づくりを命じたという。
その結果、「一億円の夜景」のかわりに、3つの町が消えた。
自殺した人も多くいるという。そのうちの一人があの男性であり、反対派のトップだったという。
息子は24歳になっており、彼がもっとも目障りだったということで、彼の母への嫌がらせは壮絶なものだったという。
母が死んだと聞いたのちに、彼は激高して当時の権力者の家に行き、つかみかからんばかりの勢いで飛び掛かった。そこを護衛に撃ち殺されたという。今では本当に、考えられない話だ。
それにしても、あの男が突然飛んで行ったのは、何だったのだろうか。
この話を祖母にすると、
「あんた、それはね、お地蔵さんが守ってくれたのよ」
という。
「毎日のように通っていた子どもが帰って来た、そうなると手厚くもてなすでしょう。山に登っていく途中から守ってくれていたのよ」
地蔵菩薩は、子どもの守り神として知られている。
大人になったとはいえ、子どものころから見知っている者は、大人になっても守ってくれるという。
「死んだ男の人というのも不憫なものね。自分のせいで母が死んだと、憎んでも憎んでも、満たされなかったのでしょう」
夜景のせいで死んだ男には、夜景で稼ごうとしている私も敵に映った、ということだ。
ほぼ巻き込まれだったのだが、地縛霊というのはそういうものらしい。
改めてお地蔵さまにお参りをし、展望台に花を添えた。
しばらくたってから、あそこでの肝試し大会が開催されるということを聞いた。
あの男の霊が原因で、展望台が危険だったのだろうか…。
真相は分からない。