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「○○って、だれか好きな人いないの?」
こう切り出されると、僕は言葉に詰まってしまう。
そうやって聞いてくる相手は、大体だれかのことを想っているからだ。
「いるよ」
と答えようもんならとてつもない追及に遭うわけで。
「いないよ」
といえばつまらなさそうにそっぽを向くだけだ。
答えてはいけない質問だと思う。
でもこたえなければ答えないで、にまぁ、と笑う。
相手とどんな関係であろうとも、大体こうだと思う。
友人だったとしても、知人だったとしても。
初恋の相手だろうと、両親でも。
僕はこれまで、恋を知らなかった。
今も、分かっていないのかもしれない。
僕は、周りの同級生がする下世話な話に、ついていけない中学生だった。
僕は、周りの同級生がする遊びの話題に、ついていけない高校生だった。
僕は、周りの同級生がする別れ話に、ついていけない大学生である。
これまでに、気になる相手はいた。でも、それ以上はなかった。
へんにませていて、へんに純粋だった。
無敵感が無くなった小二の頃、僕は時間から置いていかれた。
夜九時に寝ていた僕は、テレビの話題についていけなくて。
親がくれなかったゲームの話は、うらやんで聞いていて。
ただ一つ買ってくれる娯楽の雑誌を舐めるように読んでいた。
少年漫画も、少女漫画も連載されていたその雑誌は
異質な「恋」を語っていた。
謎の「あこがれ」を秘めていた。
もう廃刊になったその雑誌は、輝いていた少年時代の記憶と共に薄れていった。
残っているのは、くすんで埃まみれになった、ボロボロの一冊。
嗤われるならよかった。
捨てられたならよかった。
誰からも見向きもされず、朽ちていくのみは耐えられなかった。
でも。どうにもできない。
愛だの恋だの、憧れだの夢だの
翼を失った鳥は、海に暮らしを移した。
足を折った獅子は、飢えを待つしかない。




