お店始めました
少し前のことだ。スカイツリーを超える高さの大樹が突如現れた。気づいたらそこにあった。なぜ巨大に成長するまで気が付かなかったのか、それすらも世間の間で謎だった。日本政府は調査団を派遣したが、失敗に終わった。調査団員は皆口を揃えてこう言うらしい。「あれは迷いの森だ」と。空軍でも然り。距離を詰めようとすると機器に何かしらのトラブルが引き起こされるらしい。まるで大樹に拒絶されているかのようだ。この森は「魔女の森」と名付けられ、大樹は「世界樹——ワールドツリー」と名付けられた。
「なんで魔女なんだ? 普通に迷いの森でいいだろうに。ワールドツリーって、スカイツリーと被らないようにしてるのはわかるけど、クソダサい」
「しょうがないだろ。親が子にキラキラネームつける時代だ。気にしたらキリがない」
「そうかぁ」ため息交じりに男はソファにだらける。「そうだなぁ」
「よし、できた」机で作業し終えた別の―—茶髪の男は木の板を運び出る。「ちょっと看板飾ってくるわ」
「おう。いってらぁ」
茶髪の男が部屋を出ると辺り一面は三寸先も見えない霧に包まれていた。しかし茶髪の男は躊躇うことなく駆ける。数分もしないうちに森を抜けられた。その抜け道の一番手前の木の幹に茶髪の男は板を押し付けた。暫くすると、木はゆっくりと枝を蔦のように板に絡めてきた。額縁のように板を固定してくれた。
「我ながらいいセンスだ。流石俺。中高は美術オール五だもんな。あいつと違って」
茶髪の男は両手の親指と人差し指で四角を作り、片眼を瞑ってピントを合わせるように腕を引く。
「やっとお店開けたな。俺たちのお店を」
茶髪の男はルンルルンと鼻歌―—ではなく声に出しながら愉快なステップで森に戻って行った。