私とあの人の15年越しのラブレター
恋愛感情と友情関係の違いは実に分かりづらく、その認識の違いにより人はよく悩み失敗することになる。
だが実際のところその感情は簡単に説明がつく、異性の相手をほんの少しでも無意識に気にかけて自分の気持ちに素直になれず、ちょっとでも自分のことを考えてほしいなんて考えたらそれはもう恋愛感情だろう。
また、初恋なんてものは簡単に陥る一時の気の迷いのようなもだ。しかいそれに気づくかといわれると難しい。
私自身、中学校に入ったその時から始まっていた初恋に気付けなかったのだから。
私は自分の感情に素直になれない方だ、その自覚はある。だけどみんなそんなもんだと思うし、それが初恋なんてものならなおさらだろう。
一目惚れって訳じゃないけれど突然の恋で私は少なからず焦っていたし動揺していた。だからこそ、好きになる程に自分の気持ちに正直なれなくなってしまう。私だって別に仲良くなれるように頑張ったりはした、それでもやっぱり冷たく接してしまい家に帰って後悔することの繰り返し。そんな私にいつでも優しくしてくれるあの子に申し訳なくて、情けなくて。いつしか私達はいつでも一緒にいるような仲になっていた、まぁ私が付きまとった成果なのだけど。
そんな虚しくも楽しい時の中、私は中学一年生くらいの頃に何気ない素ぶりを装って聞いてみたことがあった、「私と一緒にいても楽しいの?あなたならもっと愛想良く笑ってくれる友達がいるんでしょう?」 私は内心凄く動揺していて、でも顔には出さないようにした。あの人の為にも自分の為にも聞いておかなくてはいけない事だと決めてもいたから。後はほんのちょっぴりだけ、私のことを好きでいてくれたらなぁなんて打算もあったりした。だからこそ答えは予想の斜め上を行くものだった。「言うまでもないだろ、お前の考えてる通りとしか言えない」そう言って後は何も喋ってこなかったから私もそれ以上は追求できなかった。大体、私の思う通りってどういうこと?やっぱり普通にめんどうな奴って事?頭の中には色んなことが浮かんでは消えていき、いつのまにか聞いたことすら忘れ去っていた気がする。
そんな時、あの人が私に本気で怒ったことがあった。あの人が告白を受け、私がその恋路を応援した時である。 そもそもあの人は顔も性格も成績も抜群で高校生にもなるとよく告白されていたし、私に恋愛相談を持ちかけてくることもあった。けど私は仲のいい友達としてアドバイスしていた。だって、もしもここで自分の好意を出してしまったら告白をしようとしている相手にも失礼だと思ったからだ。それなのにあの人は私の恋愛相談をいつもつまらなそうな顔をして聞き、そのくせ「何をあげたら喜ぶ」とか「どうしたら気に入られる」だとか、時には私以外には意味が無いのではと思うような事まで熱心に聞いてきた。そしていつも最後に「お前は他人のことだと簡単だよな」と締めくくる。私としてはどうせ断るだろう告白にあんなにも一生懸命にアドバイスしたんだからもうちょっと感謝してくれてもいいんじゃないかと思う。
ともかくあの人は異常な程モテて、両手じゃ数え切れない数の告白を受け、その全てを「ずっと好きな人がいる」と跳ね除けてきたのだ。私としてはその『ずっと好きな人』というのがいつも気にはなっていたが、それを聞くといつもあの人は「いつか教えてやるよ」と頬を掻きながら誤魔化すからどこか私の知らない所に素敵な彼女がいて、その人とは両想いなんだろうな。なんて勝手に妄想しては名前も知らない彼女に嫉妬し、多分とっても素敵な人だろう彼女にこんな私が勝てるはずもないと諦めていた。そんな人気者のあの人にいつも纏わりつく私のことを周囲が嫌わない無い筈もない。まぁ元々初恋の人に告白もできずにウジウジとちょっかい出したり、何も言わずに隣にくっついてくるような意気地なしだしみんなに嫌われても、避けられてもあの人が苦笑いしながら私を側に置いていてくれ、そんなあの人との妄想を考えては、デレデレと情けない笑みを見せる。それだけで私は満足だった。
そんなある日、あの人はクラスで一番の私のいじめっ子に告白をされた。私はいじめっ子のことは確かに嫌いだったけど、それとは関係無く彼女の恋路は応援した。だって、名前も知らない素敵な彼女にあの人を奪われるぐらいなら、顔も名前も知ってる人の方がいいと思ったんだもの。まぁそれ以外に彼女なら私でも勝てるかも、なんて意地の悪い考えもあったのだけどね。それでもあの人は私の対応に驚愕し落胆したようだった。「なぜ反対したり嫌がったりしない!僕が、君をいじめているあの子の元に行ってもいいのか!?どうして君は恋愛相談する度に他人の応援ばかりして自分には無関心なんだ!一体君は何を考えてるんだ!?」って見たことも無いような剣幕で怒鳴られた。私だって無関心じゃないし、私なりにあの人のことを思いちょっぴり自分の為でもあるけど精一杯考えてきたつもりだし、協力もしてきた。そりゃあ、いつもいじめてくるあの子の元に行ってしまうのは嫌だし、出来ればこのまま私と一緒にいてほしい。でも、私にはさっき言ったようなちゃんとした理由や考えがあるからこそ応援しているのだ。それに私達は同じ学校に通っているからこそ仲が良いのであって、この先いつまでも一緒にいられるとは考えにくい。その証拠に学校の中ではよく一緒にいるけど、休日に外で遊んだことは一回たりともない。まぁ私から誘ってもいいのだけど、私は極度の人見知りであの人以外まともな友達がいない為誘おうにも誘い方が分からず結局行けてなかったりするのだがそれはそれだ。だったらせめて私が一緒にいる内にあの人の幸せそうな顔を見たい。あの人に幸せになってほしい。出来れば同じ学校の中で彼女を作ってほしい。そんな風に考えても仕方ないでしょ。なのにあの人ときたら全くもって見当外れなことを言う。私は完全に頭にきてあの人に今まで思っていたことの全てをぶち撒けた。「なに、あんた私のことが好きなの!?違うじゃん。いつも邪魔しかしなくて、あんたも苦笑いしちゃうような私のことなんかなんとも思ってないくせに!そうやって良い人ぶらないでよ!あんたの方こそ私について何を考えてくれてるっていうのよ!?いつもいつも断るくせに恋愛相談ばっかしてきてさ、結局私なんて質問係でしかないんでしょ!」言ってしまった後にしまったと後悔するが、もう後の祭りだ。あの人は呆然とショックを受けたようだが、懸命に何か喋ろうとしているようだった。だけど声が音にならず空気を失った金魚のように口をパクパクさせている。私はといえばいつのまにか目からは涙を溢れさせ、鼻水を垂らし見るも無残な顔になっていた。この状況下でいち早く気を取り戻した私はまだ金魚の真似事のように口をパクつかせるあの人に「鈍感の意気地なし」と言い残すと一目散に私とあの人しかいない、夕暮れ色に染まった教室から飛び出した。途中あのいじめっ子とぶつかった気がしたが構わず走り抜ける。あの人にこんな顔を見せたくなかったのもあるが一番の理由は申し訳ない気持ちと、こんな自分の不甲斐なさでそこにいられなくなったのだ。走り続けていつのまにか見慣れた河川敷にいた。もう走り過ぎて立っていられなかった私は河川敷の草の上に仰向けにごろんと転がる。冷静になって気づいのだが、どうやら靴も履かずに走ってきたようで砂利道の途中小石でも踏んづけたのか血で赤く滲んだ二つの白い靴下が痛々しかった。私は今この状況を一旦落ち着く為考え直してみた。すると、考えれば考える程に申し訳ない気持ちと情けない気持ちで一杯になる。あの人はただ私に気を遣って言ってくれたのだろう。『他人のことばかり応援して自分には無関心』は私のことを、何も考えていない奴といったのではなく、ましてや私自身があの人を好きかなんてことではあるはずも無い。多分、友達もあの人以外いない私を心配して自分のことからしっかりしろよ、といった応援だったのだろう。それを私が勝手に早とちりして『私のこと好きなの』なんて恥ずかし過ぎるし本当に申し訳ないことをしてしまった。あの人のあんな酷い顔は初めて見たし、多分相当私に幻滅し、憤慨しているだろう。そして今度こそ本当に嫌われてしまっただろうな、当然だ。私にはもうどうすることもできないし、どうしようもないことだ。せめてこれ以上あの人に迷惑を掛けたくないし、もうこれ以上はないと思うけど嫌われたくない。だからもう学校なんて行くのはやめて、あの人とは関わらない人生を歩もう。私だってもう高校生なんだから家族の反対はあるだろうけど、最悪家出してでも自分で働いて稼ごう。私はそう決めた。
その後、痛む足を引きずり家に帰り家族に心配を掛けながら自分で治療すると家出の準備を整えた。そして家族に相談したところ冗談だと思われ相手にされず、尚も食い下がったが両親共に最後まで話しを聞いてくれなかった。私はこんな時ばっかり善は急げで、今晩中に母方のお婆ちゃん家に行くことにした。今から出発すると3時間はかかる道のりだが、今の私はそんなことより一刻も早くあの人がいるこの地を離れたい思いで一杯だった。
それから私はおばあちゃん家で預かられ、両親もいい加減ですぐ戻って来るだろうと楽観視していた。だけど私のこの計画は皆の、そして私自身さえの予想を遥かに凌ぐ長期に渡ったものとなり、結果的に大成功する。その要因は、私が空いた時間にいつも書いていたあの人との妄想を綴った小説を興味本意である大規模な大会に応募していたことにある。なんとその小説が優勝し出版されることになったのだ。私は始め躊躇した。だってその小説は、いかに私があの人のことを心から愛しているかを綴り、あの人も私にはそっけない態度をしているけれど実は私のことが大好きで、それに両者気付かずすれ違ってしまう、そして私は学校を辞めてしまうのだがあの人は私を探し続ける、そして私の30の誕生日当日に再会を果たした私とあの人は二人の想いに気づき幸せを掴む。という、実に小っ恥ずかしい自分の妄想が詰まりまくった一冊だからだ。だって恥ずかしいじゃん、あんなに大見得切ってあの人はもう諦めたとかいって、実際は一カ月後にはもう全世界に自分があの人をいかに好きかを語ろうとするだなんてさ。
でも現実はそうもいかない、いくら楽観的な両親だといっても子供が一か月も学校にもいかず、家にも帰ってこないと結構心配するもので事実その電話が掛かって来る前に両親からの電話に出ていて危うく優勝取り消しになるとこだったんだから。
仕方なく稼ぎを得るべく出版を決め、それをきっかけに私は作家としての活動に精を出した。あとで聞いたのだが、私の作品は失恋ものが非常に多いらしい。私は今まで友達もいなくて暇な休日に小説を書いていたことで身についた文章力に、あの人との妄想での想像力、あの人の恋愛相談で身に付けた恋愛の知識、これら全てを小説家の力として存分に発揮し、超売れっ子の若手恋愛小説家として名を馳せ、あの人まではいかなくとも多少モテるようになった。でも、もうそろそろ30になる今でも結婚はしていない。どうしてもあの人を忘れられないから。
私は運命の30の誕生日が終わる30分前に自分の処女作である『私と彼の15年越しのラブレター』を読み返す。今この歳になって読むと、文章に幼さが残る未熟な文に恥ずかしくなる。ちなみにこの本の最後をみんなにも聞いてほしい、もちろん私の妄想であり誕生日自体もうあと残りわずかだ。
あの人は息を切らしながら私の家に訪れた。私は初め訪問客が誰か分からず目の前の男に尋ねた。「なんの御用ですか?」すると目の前の男は答えた「あなたに謝罪をしに、もしよろしければあなたを貰いに」私はその瞬間あの人だと認識した。そして、
「本当にごめんなさい!あなたのことをあんな風に言ってしまって!」驚くよりも何故ここにいるのか尋ねるよりも一番に謝罪した。もう15年も前のことなのにあの時の想いが、気持ちが、記憶が、まるでさっきのことのように思いだされた。あの人は許してくれるだろうか、ただそのことだけを考えていた。だけどあの人は「いや、僕が悪かった。君は何も考えていないなんて言いながら、本当に何も考えていなかったのは僕自身だ。本当に済まない!」私は一体何を言われているのか分からなかった。何故あの人が謝るの?本当にイケナイのは私でしょ。
その後あの人は私に今までの誤解をもう15年も前のすれ違いを一つ一つパズルを逢わせるように教えてくれた。例えば、私があの人にした質問「私と一緒にいて楽しいの?」の答え「お前の考えてる通り」とは、あの時私は中学生であの人に構って貰おうと必死だった。この時まではあの人も私が自分のことを良く思っていると認識していたらしい。他には、私がよく構って貰おうとすると苦笑いしていたことは、私が構ってほしそうにするのが愛おしくて、嬉しくて口元がにやけてしまうのを抑えようとして苦笑いになっていたらしい。私としては嬉しいやら、小っ恥ずかしいやらでやりきれなくて、この時ばかりは私もあの人も苦笑いを浮かべながら語り合った。あと、私とあの人の恋愛相談だが、どうやら私の好みを引き出そうとしていたらしい。それなのに私がボッチなせいで他人の観測には優れており、そのせいで逆に本来の目的である私の好みが引き出せずそれでいつも「他人なら簡単に聞けるのに」ということだったらしい。あと私が作家になるきっかけになったあの事件については、私があの人に興味を示さず他人の応援ばかりするから僕のことを好きになってほしくてということだった。やっぱり聞いてるこっちが恥ずかしくなる。顔が熱い。そして一番最後の一番重要な質問に移る。私は一息つくと、あの人に問いかけた。「で、『ずっと好きな子』って誰なの?」今までの想いが涙になって溢れないように、慎重に問いかける。あの人は全てを優しく包み込んでくれそうな穏やかな声で私へ宛てた手紙を読んでくれる。「いつも友達としてなにも求めず、ただただ僕の側にいてくれた愛しい君へ」それは彼が私に向けた15年越しにやっと届いたラブレター。「君が消えたあの日から僕の時間は止まっていました」私は感動して抑えてた涙を取りこぼしてしまった。「でも、あなたに逢えたこの瞬間僕の時間は動き出す」私は鼻水も垂らして、あの時と一緒の状態である。だけど、あの時とは違って目の前の彼は言葉を紡ぎ続ける。「僕は今までもそしてこれからもこの初恋が全てです」簡単に陥る一時の気の迷い、それにしてはあまりに強く長い初恋、そんなものに捧げた15年の集大成にして完結編。「僕の初恋を永遠にして下さい」それはあまりにも不器用な2人が追い求めた最高の答え。私はあの時と同じ酷い顔で、だけど今度は間違わないよう慎重に答えを伝える。「こちらこそよろしくね」こうしてラブレターは15年の月日を経て私の30の誕生日当日に2人の元にたどり着いた。
<完>
私は一息着くともうあと少しに迫った今日の終わりにため息をつく。少し期待して今日という運命の日をずっと部屋の中で過ごしているのだがなかなか訪問客は現れない。そうこうしている内に私は椅子に座ったまま居眠りをしてしまったようで、訪問客のインターホンの音で起こされた。私は初め訪問客が誰か分からず目の前の男に尋ねた。
「なんの御用ですか」