頭から消えた 6
男はスタスタと導かれたように歩き出す。
(あそこを右に曲がった角にコンビニがある)
何の確証も無いのに男はそう思った。
その意識通りに右へと曲がる。
男が思った通り、角にはコンビニが店を構えていた。
男は間違いなく記憶を失ってしまっているだろう。
だが、日常で根付いた感覚というものは身体自身が覚えているのかもしれない。
男はどこか懐かしさを覚える景色に夢中となった。
そして自然と涙が止まらなくなった。
濡れた目を擦り、男は強い眼差しで歩を進める。
20分程歩くと交番が見えてきた。
男は交番の扉を開けると間髪入れずに言った。
「助けてください。何も分からないんです」
男は急遽病院に送られた。
ちゃんと検査をして他に異常が無いかを調べるのだ。
幸い男に他の異常は見られなかった。
男は一旦家に帰ることに決まった。
ただ、医者からは定期的に病院に来るように言われたが。
警察には仮の名についても言われた。
仮の名。
本当の自分ではない名前。
今まで自分が歩んできた道が消えてしまうようで嫌だ。
結局何も進展していない。正式に記憶障害を言い渡されただけだ。
男に医者から言われた一言が圧し掛かる。
「何か。大きな精神的ショックを受けた可能性があります」
知らない方がやはり良いのか。
男はもう何をすれば良いのか分からなくなっていた。