第91話 暗部
「申し上げます!」
伝令が入って来た。
“王”はため息をついた。
“王”はこれから伝令の報告を聞き、辟易することだろう。
“先王”である父が兄に救出されて以降、我が軍は劣勢に立たされている。
忌わしき兄は“先王”の名を旗頭に、一度は我が方に従属した諸侯を糾合し勢いを増しているのだ。
「申してみよ。」
何も言わぬ“王”の代わりに、近くに控えていた大臣が伝令に答えた。
「はっ…!」
伝令は緊張した表情で話し始めた。
「昨日、我が方のスダン城が陥落致しました。またブランクールの野戦では我が軍が破れ、バルストネット砦に迫られております。」
苦戦が強いられているというような報告が続く。
クーデター後破竹の勢いでエレオノール大陸を席巻した我が軍であるが、ここ最近の敗北続きで既に元々のナイザール王国国境線を突破されてしまっていた。
伝令の報告を聞き、大臣や重臣たちが議論を交わしていた。
しかし、彼等ではその結論を得ることは無いだろう。
「陛下いかがなされますか? 敵将・ギュスターヴ殿下は元々戦上手な方。このままでは王都に迫る事必定ですぞ。」
壮年の軍人が立ち上がって声を上げた。
「ふむ。リオネルの言う通りであるな。」
“王”は気の無い返事をした。
「王よ! 兵達は祖国の為に必死に戦っておる。しかし先王の身柄を奪われ、ギュスターヴ達は我こそは正当なナイザール王国だど言っておるのですぞ。 兵達の士気は乱れ、ますます苦境に立たされます。ここで何か手を打たねばなりますまい!」
“王”とてそんなことは分かっている。
「そんなことは俺でも分かっている。対策は考えている。その準備も間もなく整うであろう。リオネルに命ずる。貴様は第2軍を率い出撃せよ。バルストネットの救援に向かうのだ。」
「・・・!」
リオネルは命令に一瞬表情を歪めた。
「聞こえぬのか? 命令だ。」
「…御意!」
リオネルは一礼し、軍議の場を後にした。
「軍議は散会だ。貴様等も各自役割を果たせ。」
「はっ!」
重臣達も一礼し、その場を去って行った。
「…ブレーズ。いるのだな?」
「こちらに。」
物陰からブレーズが姿を現した。
「影への転移術か? 相変わらず気味の悪い奴だ。」
「クックック…! レオポルド殿下は私の存在にずっと気づいておられたのでしょう。私は要人を暗殺するくらいのつもりでこちらに忍び込んだわけですが、殿下には無駄だったようですな。」
「フン、口の減らない奴だ。」
「ヒッヒ、褒め言葉を受け取っておきましょうか。さて、私めに声を掛けたという事は…?」
「…その後例の件は進んでおるか?」
「どちらも順調です、と言いたい所ですが…」
ブレーズが顎に手を触れた。
「一方に関しては魔力が不足しておりますな。“あれ”を復活させるためには魔道砲を起動できるくらいの魔力、つまり魔道兵1万人分の魔力が必要になります。」
「それは出来ぬ相談だ。それは1万の兵が命を失うこととなろう。」
その言葉を聞いて、ブレーズが卑しい笑いを浮かべた。
「ほっほ! レオポルド殿下から兵の命を憂う言葉を拝聴するとは思いもよりませんでしたな。」
「…数の問題だ。兄等敵を討ち敗れたとして再びこの地を平定するためには、最低でも1万の兵が要る。それだけのことだ。」
「なるほど、そう言う事にしておきましょう。魔力の話をするのであれば、姫様を再度手中にするのが良いでしょう。」
「やはりそうなるか…。アルエットはマルゴワールにいるようだな?」
「情報によればそうですな。しかし姫様や従者達はかなりの実力を身に着けていると聞きます。我が方の工作員を派遣しても、身柄を抑えるのは難しいでしょうな。」
「そうか…。実に忌々しいことだ。」
“王”レオポルドは腕を組んだ。
「ではこういうのは如何でしょう。レオポルド殿下は殿下をお守りになる近衛兵とそれに加えて1万の兵、そして“あれ”さえあれば良いでしょう。それであれば…」
ブレーズはレオポルドの耳元で作戦を囁いた。
「ふむ。それであれば先程出撃させた第2軍は“敗れてもらう”必要があるな。」
「リオネル将軍には申し訳ないが、魔道兵をあまり保有しない第2軍は我等には必要ないでしょう。そして敵の主力を“王都付近まで敢えて侵攻させれば”一気に敵を殲滅できることでしょう。」
「しかしそれにはアルエットが敵と同道してここに来るように仕向けなければならぬ。」
「ギュスターヴ殿下の性格であれば、我々に完璧に勝とうとするでしょう。ま、その辺の工作はお任せください。」
ブレーズがニヤリと笑った。
「分かった。任せよう。それで、もう一方の方はどうだ?」
「そちらの研究は順調です。状況が状況ですから、ぶっつけ本番になりましょうが。」
「構わん。準備出来次第、近衛に使え。」
「宜しいのですか? 命を落とす方も出ましょうが…」
「諄い。速やかに実行に移せ。」
「仰せの儘に…」
ブレーズは恭しく一礼すると、再び影の中に消えていった。




