第86話 けんじゅちゅしなん(3)
剣術指南開始から数日が経過した。
生徒達は根は真面目なようだ。指導に必死について来ようとしている。
まぁ指導と言っても、テオドールが俺にしたことをそのままやっているだけだが。
「ふむ、やっておるな…」
後ろから男が近づいてきた。
振り返るとそこにいたのはマルゴワール伯ジョルジュだった。
「これは伯爵様、何故このような所に?」
「いえ、アルエット姫が我が領内の貴族子弟に剣術の指導していると聞きましてな。様子を見に来たわけですよ。」
ジョルジュが恭しく会釈をした。
彼は伯爵で身分的には俺より下位である。
それでこのような態度で接してきているのだろう。
「おやめください伯爵様。私は冒険者アスカ・エール・フランクールとしてここに来ているのですよ。」
俺はチラッと生徒達を見た。
「まぁ彼等に対しては本当の身分を伝えましたがあくまでも導入部分と言いますか、『それ』を彼等に対して押し付け続けるつもりはありませんよ。もちろん貴方に対しても、です。」
「ふむ…。姫は変わった方だな。」
「そうですか?」
「私の様な貴族の常識に頭が凝り固まった人間からしたら、な。身分が上の方が来た時には逆らえぬものだ。」
「ひょっとして、国王陛下や兄上の事をおっしゃってますか?」
俺はジョルジュの顔を見上げた。
「お父上の、国王陛下を幽閉したことは申し訳なく思っている。我が領地を守るためにレオポルド殿下に逆らうことが出来なかったのだ。結局最後はギュスターヴ殿下に従いレオポルド殿下の兵を駆逐したが、風見鶏という誹りを受けることになっても仕方なかろうな。」
うーん、何だか真面目過ぎてめんどくさそうな人だな。
ここはちょっと励ましてあげるか。
「私には政治的な事とか、地政学的なことは良く分かりません。でももし貴方が兄レオポルドに逆らっていたらマルゴワール領は兄に蹂躙され、目の前で剣を学んでいる彼等は命を落としていたかもしれません。そう考えれば良いんじゃないですか?」
「む…、そうであろうか。」
「そうですよ。さて…」
俺は一歩前に出た。
「生徒の皆さん、今伯爵様がいらしています。一旦練習を止め、集合してください。」
「は、はい…!」
生徒達は小走りで集合してきた。
「伯爵様、ご無沙汰しております。」
生徒達を代表してアレクサンドルが一礼した。
「うむ。熱心に学んでいるようで、私も満足しておるぞ。」
ジョルジュが頷きながら答えた。
「おっしゃられたように、伯爵様は非常に満足しておいでです。そこで…」
俺は伯爵をチラッと見た。
「これより皆さん総当たりの模擬戦を行います。最も成績の良い人にはなんと、伯爵様から褒美が与えられます!」
「お、おー!」
生徒達が歓声を上げた。
「ひ、姫…!? 何を!」
ジョルジュが狼狽えたような目で俺を見て来た。
「ここはひとつ、領主様らしいところをお見せになった方が良いですよ?」
俺はニヤリと笑いながら答えた。
「む、むぅ…」
ジョルジュは頭を掻きながら黙ってしまった。
「あ、でもアレクサンドルはだめです。」
俺は向き直ってアレクサンドルを見た。
「え、な、何故ですか!?」
「貴方の実力はこの中では一歩抜き出ているでしょう。それだと貴方の優勝は確実です。そうですね、貴方は…」
「・・・」
「私から一本でも取れたら、伯爵様に褒美を頼んであげます。仕方ないのでハンデもあげます。」
「そ、それはどのような…?」
「私は素手で戦ってあげます。それで一本でも取れれば…」
「え、えええ! 無理ですよ!!」
「へ?」
アレクサンドルの言葉に俺は目を丸くした。
「どんな魔法を使ってるか分かりませんが、姫様…先生のような化け物じみたスピードで動いて、更にどんな攻撃をしても受け流してしまう先生から一本なんて、取れるわけないじゃないですか!!」
「え、ならどんなハンデならいいですか?」
「そ、その場から一歩も動かないとか…!!」
「なっ…!? あ、あんたねぇ…」
化け物じみた…? 俺のようなか弱き女の子にそんな事いうとは…!
「あ…!」
ジョルジュが小さな声を上げた。
生徒の中で一番の実力を持ったアレクサンドルは、化け物じみたスピードの女の子の接近を許し…。
みぞおちに一撃を食らった彼は、その日は痛みに苦しんだらしい。




