第9話 魔法が使えない!?
「そ、それはどういうことですか?」
俺はすがるような目でブレーズを見た。
ひ弱な俺にとって戦う力を得られるとしたら、魔法しかなかったからだ。
「今、魔素解析で姫様のお体、魔力の状態を見させて頂きました。その結果、姫様は呪いを受けられている事が分かりました。」
「呪い…?」
「はい。呪文詠唱に魔力を乗せられない、という呪いです。」
ブレーズが俺を見た。
「同じようなものに、魔導士を沈黙状態にさせるという状態異常魔法があります。その効力は一時的なものです。ですが」
ブレーズが呼吸を置いた。
「姫様に掛けられているものはその比ではない、呪いクラスの魔法でしょう。」
「そ、それは治す方法はあるの…?」
「姫様に掛けられている呪いについて詳しく解析出来、その構成が分かれば解けるかも知れません。ですが私の実力では到底及ばない、そんなレベルのもののようです。」
ブレーズが表情を暗くした。
「そんな…」
俺は俯いた。俺は高校受験に失敗した時と同じような感覚に襲われた。
「お、俺は、またスタートラインにすら立てないの…?」
俺は頭を抱えた。そして目の前の魔導書を払いのけた。
魔導書はブレーズの前に落ちた。
ブレーズは落ちた本を拾って、俺の手が届かない場所に置いた。
「ご、ごめんなさい、先生。本、乱暴にしちゃった。」
俺は引きつった笑顔でブレーズを見た。頬を涙が流れるのを感じた。
「…良いのですよ、姫様。呪いについては私の方で解決策が無いか探ってみます。時間を掛ければ何とかなるかもしれない。」
ブレーズは俺の頭を優しく撫でた。
「今日はお休みになるのが良いでしょう。あまり暗い顔をされると、アルフレッド君も悲しみますよ。」
「そうですね…、ありがとうございます。」
俺は俺の実父であるヘンドリクセン王の事はよく知らない。
俺の感覚では、ブレーズ先生が父親のように感じた。
書庫を後にし、俺は庭が見えるバルコニーにやってきた。
城壁の向こうには夕日が見え、とても綺麗だ。
俺は力が欲しかった。でもそれは叶わない。
そう考えると、沈みゆく夕日は綺麗に見えなくなってしまう。
…その時、庭の方から何人かの声が聞こえて来た。
「アルフレッドだ、眠り姫の従者が来たぞ!」
3人ほどの男が囃し立てるような声を出している。
その先にはアルフレッドがいた。
「おい、何か言ったらどうなんだ?」
「奴隷のくせに、俺達貴族と同じ場所にいるんじゃねえよ!」
一人がアルフレッドの胸倉を掴んだ。
「…おやめください。マリユス様」
アルフレッドが苦しそうに言った。
「こいつ確か奴隷のくせに、王族と揃いのネックレスしてるんだってな。」
「引きちぎっちまえ!」
もう一人がネックレスに手を掛けようとした。
「お、お願いです。やめてください!」
アルフレッドはその場にうずくまり、ネックレスを守るように背中を丸くした。
「なんだ!この…!」
男達はそんなアルフレッドに殴る蹴るの暴行を加え始めた。
だが、アルフレッドは抵抗をしない。
俺はその光景を見て、わなわなと体を震わせた。
アルフレッドは魔法を使うことが出来る。でも、何で抵抗しないんだ…!
俺は我慢できず声を張り上げた。
「お前たち!何をしているんだ!」
俺は近くにあった花瓶を投げつけた。
でもやつらの所には届かない。俺は無力だ。
「いけね、アルエット様がいるぞ…」
「ここは逃げようぜ。」
「アルフレッド、運が良かったな。」
男達は暴行をやめ、逃げていった。
俺はそれを見届けると階段を下り、アルフレッドの所に駆け付けた。
「アルフレッド!」
俺はアルフレッドの傍らにしゃがみこんだ。
「姫様…、なんでこんなところに? ブレーズ先生の授業を受けられているのでは無かったのですか?」
アルフレッドは一度俺を見てから、視線を落とした。
アルフレッドの顔には痣が出来、口の中も切れているようだ。
服の下にもきっと痣が出来ているだろう。
「俺の事なんてどうでもいいんだ。アルフレッド、何であなたは抵抗しなかったの? こんなに痣だらけになって…」
俺はアルフレッドの肩に触れた。
「・・・」
アルフレッドは答えない。
「あなたはあんなに強い魔法を使える! あんなやつら、蹴散らすくらい簡単じゃない!」
「・・・」
「ねぇ! どうして!」
俺は目に涙をいっぱい溜めた。
「…僕の魔法の力は姫様を守るためにあります。僕自身の為にあるのではありません。」
アルフレッドが視線を合わせずに言った。
「な…」
俺は言葉を失った。そして俺はアルフレッドの頬をぺちんをはたいた。
「馬鹿! アルフレッドの馬鹿!」
アルフレッドがビックリしたような表情で俺を見た。
「俺だって力があったらあなたを守りたい。でも…、それは出来ないんだ。自分の為にある為じゃないって? あなたが大けがでもしたら、俺はどうすればいいんだよ!」
無茶苦茶だ。自分でも何を言ってるか良く分からない。
でも怒るしかなかった。
「いくら俺と揃いのだからって、そんなネックレス守るくらいなら、自分を守ってよ!」
俺はアルフレッドのネックレスを引っ張った。
俺の力では引きちぎれるものではない。俺は本当に無力だ。
「…分かりました。申し訳ありません。姫様」
アルフレッドはネックレスを引っ張っている俺の手に触れた。
俺はネックレスから手を放した。
「ブレーズ先生に治癒魔法掛けてもらおう? ね?」
俺はアルフレッドの手を引いて立ち上がった。
「分かりました。」
アルフレッドは痛みに顔をしかめながら立ち上がった。