第8話 恋する乙女
「それでね! 凄かったんだよ! あんな大きい魔物をズバーンと!」
「はいはい、そうですか。」
ブレーズは苦笑しながら答えた。
「私、目の前であんな魔法見るの初めてだったから、感動しちゃった。」
「はいはい。感動するのは良いですけど、休み時間はもう終わりです。授業の続きをしますよ。」
「はーい。」
俺はぶすっとした。
「…しかし、あれですね。姫様は急に明るく成られましたね。」
「そ、そうですか?」
「はい。姫様が目覚められたあと初めてここに来たときは、まぁ体調もあられたでしょうが、表情に影がありました。ですが、今の姫様は目がキラキラされていますね。」
自分では意識したことは無かったが…、確かに口数は増えた気がする。
「しかし私も嬉しいですよ。姫様から魔法について勉強したい、と言われたのですから。」
ブレーズは笑顔を見せた。
「だってさ、私ばかり守られてただけじゃ、申し訳ないじゃん…。あの時の私は何もできず立っていただけだった。もしアルフレッドがいなかったら、あの冒険者達を助けることが出来なかったし。」
俺は視線を落とした。
「もし、アルフレッドがケガでもしちゃったら、私には守ってあげる力は無いもの…」
「なるほど…」
ブレーズは腕を組んだ。
「姫様はアルフレッド君に恋をしたのですね。」
ブレーズがにやりとした。
「こ、こここ、恋!? 私が??」
俺は狼狽した。
「姫様の言動からはそうとしか考えられません。その証拠に、今日の姫様はアルフレッド君の話しかしていませんしね。」
「そ、そそ、そんな…」
自分の顔がカァーっと熱くなったのを感じた。
俺が恋なんて、俺は(中身は)男だぞ?
そんな馬鹿な…、でも…。
「しかし姫様、お気をつけなされ。」
「え…?」
「姫様は王族です。それに対してアルフレッド君は姫様の従者とは言え、身分は奴隷なのですよ。」
「う…」
俺は俯いた。
「私は身分の貴賤でどうこう、と言うのは愚かなことだとは思っています。ですがこの国の政体は王国なのです。」
ブレーズは一呼吸おいてから話を続けた。
「アルフレッド君はとても真面目で努力家です。あのような若者が国の未来を背負うべきだとは思います。ですが、この国の大多数の者はそうは思わない。それが身分の違いと言うものです。」
「・・・」
俺は下を向いて黙ってしまった。
「ですから姫様、この事は私の胸の中にしまっておきます。私個人としては姫様とアルフレッド君が仲良くするのは非常に喜ばしい。ですが、常に周りを注意して下さい。」
ブレーズは俺を慰めるように言った。
「私にとってアルフレッド君は大事な生徒です。そして恐れ多いかもしれませんが、姫様もね。」
「うん…、ありがとう。先生。」
俺は顔を赤らめながら言った。
いや、自分では分からないがたぶん顔は真っ赤だろう。
「さて、話が過ぎましたな。授業に戻りますぞ。」
ブレーズが魔導書を広げた。
「…と言うわけです。お分かりになられましたか?」
「うーん、魔法の呪文をただ言うだけではだめ…なんですよね? その、魔力を言霊に乗せるというのがどういう感覚なのか良く…」
俺は顔をしかめた。
「つまりですな、呪文を詠唱するというのは扉の鍵を開ける、という感覚です。扉を開けるには、その扉に適合した鍵を使わなければなりませんよね?」
「うん。」
「魔力を乗せることによって、その扉に合った鍵に変化させるというようなイメージですかな。」
ブレーズが人差し指を立てた。
「とりあえず見ていてください。私はまずこの指先に魔力を集中させます。」
うーん、言われてみればブレーズ先生の指先に何か力が集中している気がする。
「ですがこれだけでは私の指先に魔力が集まっているだけです。この状態で呪文を詠唱するとこうです。~火よ灯れ!」
ボッ!
指から少し離れたところに炎が出た。
「今の呪文詠唱に魔力が乗っていない場合、この火は出ません。ま、これは術者の感覚なので言葉だけでは分かりにくいのですが。」
ブレーズは火を消した。
「姫様もやってみてください。」
「はい。」
俺は人差し指を立てて、集中した。
「うーん…」
やはり、俺は魔導士らしく、魔力が指先に流れていくのを感じる。
「そして呪文は 火よ灯れ です。」
「…火よ灯れ!」
・・・
つかない
「あれ? 出来ないよ」
俺は顔をしかめた。
「おかしいですね。姫様の魔力が指先に集中できているのは感じられるのですが。」
ブレーズもはてな? という顔をした。
「姫様、少し、失礼します。」
ブレーズが俺の頭の前に手をかざして、目を瞑った。
「・・・?」
俺はきょとんとした。
「ふむ、これは…」
「な、何ですか?」
「姫様、申しげにくいのですが…」
ブレーズは難しそうな顔になった。
「姫様は…、魔法の詠唱が出来ないようです。」
それは衝撃の告知だった。
【主人公の一人称について】
主人公は話す相手によって自分の一人称を使い分けています。「俺」と言っているのはアルフレッドに対してのみ、その他に対しては「私」としています。これは誤植などではなく、主人公の心理面が左右してるとお考えください。