第39話 今後の方針
「なるほど、やはりここはノワールコンティナンなのか。」
ガストンが世界地図を広げた。
朝食後、俺達は今後の方針を決める会議を行っていた。
ノワールコンティナンの全貌は、この地図では描かれていない。
大体の大陸の形と、人間が立ち入ったことがある場所のみ記載されていた。
「この高い山、この村からも見える。」
リディが地図の一点を指さした。周りは何も描かれていないが、山の記載がある。
恐らく人間が住んでいる町からも見えるのだろう。
「リディ、この村の場所ってこの地図でどのへんか分かる?」
俺はリディを見た。
「うーん、俺、地図とか見たことないから…。でも俺達、この山の方から南に逃げて来たんだ。戦いながら半月の距離だ。」
リディは顔をしかめた。
「ふむ、そうするとこの村はこの辺だと思うな。そうすると、人間の住んでいる町はここから北東ってとこだな。ここからは地図に道が書いてあるから、まずは海を目指し、海沿いに北上すればこの道に出られるかもしれんな。」
ガストンが地図を見ながら言った。
さすがは歴戦の冒険者だ、情報分析能力が違う。
「そいえばさ、リディって何でボク達の言葉を話せるの? 族長様とか他の魔族の人たちは話せないじゃない。」
「ああ、言葉か。俺、実は人間の知り合いがいて、その人に教わったんだ。」
「今でもその人はいるの?」
「いや、いない。いつからかどこかに行ってしまった。でも、その人が住んでいた家なら、ここから東に行ったところにまだあるよ。」
その言葉に、ガストンは手を叩いた。
「それは良い情報だ。そいつはこの地図に載っていない、この村の周辺まで来ていた、という事だ。そこまでの道中の情報が残されているかもしれない。」
なるほど。もしその人物がここまでの日記とかを記していたとしたら都合がいい。
「リディ、そこまで俺達を案内してくれないか?」
ガストンがリディを見た。
「・・・」
リディは少し俯いた。
「どうした? リディ…」
「お前達、この村から出ていくのか?」
「む…、ああ、そうだな。俺達は何とか人が住む町にたどり着きたい。アスカ達だって仲間の安否が気になるだろうし、その為には情報が集まるところには行かないとダメなんだ。」
「そうか…」
リディは俺達の顔を見渡し、すぐ視線を逸らした。
「分かった。案内する。でも、族長様に許可を得ないといけない。少し待っていてくれ。」
リディがドアを開け家を出て行った。
その背中は寂しそうだ。
当然だ。俺達がこの村を出ていくイコール、俺達を別れることなのだ。
「お姉ちゃん…」
カールが俺の袖を掴んだ。
「ねえ皆。俺、ちょっと行ってくる。」
「ボ、ボクも!」
「いや、ここは俺に任せて。ね?」
俺はカールを諭し、リディを追いかけて家を出た。
リディを追いかけ、俺は族長の家まで来た。
リディは既に中に入ったらしい。
族長の部屋からは話し声が聞こえる。
もっとも魔族の言葉を解することは出来ないが。
「…アスカか? 中に入ってこいと族長様が言っている。」
俺が部屋の外にいることに気が付いたらしい。
俺は中に入った。
「急に訪ねて来て申し訳ありません。」
俺は族長に頭を下げた。
族長はゆっくりと立ち上がり、俺の前まで来た。
そして俺の顔の前に手の平を出した。
すーっと何かが意識の中に入り込んでくるのを感じた。
「こ、これは…?」
『今からお前の意識に直接語り掛ける。儂への返事は心の中で考えてくれれば良い。』
急に視界が真っ白になった。
20秒程経っただろうか、俺は周りが真っ白で何もない空間にいた。
「こっちだ。」
声がした方に振り向くと、そこには族長がいた。
「ここは精神世界みたいな場所じゃ。ここでは言葉など関係ない。」
「せ、精神世界ですか?」
「そうじゃ。あれを見ろ。」
族長が指さした方角には、バイゼル城で俺が寝ていたベッドのようなものがぽつんと存在していた。
「あれは…?」
「あれにはお前のもう一つの人格、アルエットが眠っている。」
「え、あ、アルエットが…?」
俺は目を凝らした。
確かにそこには俺が眠っていた。
目覚めた時の俺と同じ格好で。
「つまり、ここは俺の精神世界ですか?」
「そうだ。通常、誰かの精神世界にはその人物特有の何かが存在している。例えば思い入れのある場所とかな。だがアスカ、お前には何もない。」
「それは何故ですか…?」
俺は族長を見た。
「詳しいことは分からんが、お前はこの世界においては何も持っていない、真っ白な状態だからだろう。分かりやすく言えば、この世界がどのような場所になるかは決まっていないということじゃ。」
「つまり、俺次第って事ですか?」
「そうなるな。唯一存在している者はあのアルエットだけということじゃ。儂は今までこのような精神世界は見たことがない。」
「族長様、もし俺があそこに行ったとしたら、アルエットを起こすことは出来ますか?」
俺は再びアルエットが寝ている方角を見た。
「無理じゃな。儂は特殊な魔法でお前自身の精神世界を見せてやっているだけじゃ。触れることも声を掛けることも出来んよ。」
「なぜ族長様はそんなことをしてくれたのですか?」
「ふふふ、儂はお前に直接頼みたい事があってな。」
「頼みですか…? それは一体…?」
「先程、儂はリディにお前達をかつて一人の人間が住んでいた場所まで案内する許可を出した。お前達には、そのままリディを連れて行ってやってほしい。」
俺はハッとした顔をした。
「それは…どういうことですか?」
「儂らの一族で残っている子供はリディだけじゃ。あとは年老いている者だけ。この村は遠くない内に滅びるだろう。」
族長が一呼吸置いた。
「リディにはそのような運命を背負わせるわけにはいかぬ。リディには未来が開けているべきなのだ。お前達はちょうど良い時期に現れたのじゃ。」
確かに族長の言う通りだ。この村の住民はリディよりもかなり早く死を迎えるだろう。
いずれリディは一人ぼっちになってしまうのだ。
族長はそれを心配しているんだ。
「分かりました。俺達はリディと一緒に旅立ちます。」
「うむ…、頼んだぞ。」
族長が頷くと、また目の前が白くなった。
しばらくすると、俺はまた族長の部屋に戻った。
「アスカ…?」
リディがきょとんとした顔で俺を見て来た。
「リディは…俺達と一緒に行きたい?」
「え…?」
リディは俺を見た後、族長に視線を移した。
族長は何も言わず、頷いた。
「い、行きたい! 俺は皆と…、別れたくない! 一緒にいたい!」
リディが俺の腕を掴んだ。
「そうか、じゃあ行こう。族長様も良いって言ってくれてる。」
「う、うん! 俺、行く!」
リディの表情がぱぁーっと明るくなった。




