第30話 二度目の逃亡~転移魔法陣~
ガチャ!
ラカンが宿に戻ってきた。
俺達は丁度準備を終え、部屋に戻ってきたところだ。
「おう、ラカン。情報収集の結果はどうだったんだ?」
ロイが水を渡して出迎えた。
「ナイザール王国軍…、レオポルドの軍が伯爵領との境界まで来ている。数およそ1万。」
「何だと…?」
ロイがビールを置いて地図を広げた。
「それに対する伯爵の軍は?」
「伯爵軍はここ。正対するような布陣ではない。町に展開し、何かを探すような感じで動き回っている部隊も見つけた。」
「そうりゃそうだよな。伯爵領の軍は多く見ても3千程だ。正攻法では潰されるだけだ。」
「待って。こんな事態に何かを探してるってどういうことなの?」
3人が緊迫した議論をし始めた。
「これはやはり、ケヴィンが城に呼ばれたことと関係があるな。ラカン、あいつから何か聞いているか?」
「いや、何も聞いてない。だが、今は使用されていない転移魔法陣の場所だけ確認しておけと。そして偵察を終えたらすぐ宿を脱出し、協力者の助けを乞えと言っていた。」
「分かった。この町へでの緊急時への打ち合わせ通りに行こう。」
ロイが俺とアルフレッドを見た。
「いいか? よく聞け。これは何の根拠もない、俺の推測でモノを言うんだが。」
ロイが少し間を置いた。
「伯爵の軍は味方ではない。そして連中はお姫様、お前を探しているはずだ。」
「お、俺を…? 何で?」
「簡単な話だ。お前を引き渡さなければ、レオポルドの軍に攻め込まれるからだ。」
「でも今更どうして…。魔導兵器は破壊されたのに…」
「今はそんな事を考えている時ではない。ケヴィンが俺達をここに残した理由、それはお前とアルフレッドを守り、脱出させるためだ。」
ロイは俺の肩を叩いた。そしてカサンドラとラカンの方を向いた。
「よし、俺は後詰をやる。ラカン、カサンドラ、先導しろ。」
「あ、あの、ケヴィンはどうするの?」
「あいつはうまくやるさ。心配はいらない。…アルフレッド、大切なお姫様を守れよ!」
「ああ!」
アルフレッドは頷いた。
宿を出ると、俺達は迅速に行動した。
どこに行けば? そんな事は考えていない。
カサンドラ達はこういう想定で何かを打ち合わせていると言っていた。
今はカサンドラ達に付いていくしかない。
「いたぞ! 手配者だ!」
後ろから兵士の声が聞こえた。何人かの兵士が剣や槍を手に追いかけて来ていた。
「よし、あいつらは俺に任せろ。お前たちは先に行け。」
ロイが剣を抜いた。
「で、でも…!」
俺は走りながらロイに視線を送った。
「俺にかまうな。お前に心配されるほど、俺は弱く無え。」
ロイが振り返った。
「うおおお!」
ロイが大きな声を出した。
ガシャーン!
剣と剣がぶつかる音がした。
ロイを残し、俺達は朝市が終わり人がまばらになった市場の中を走った。
ここにも俺達を追う兵士がいた。
「奴らを逃すな!」
兵士達は執拗に追いかけて来た。
「アスカ、アルフレッド。良く聞いて。」
カサンドラは俺達に視線を向けた。
「貴方達がこれからすべきことを言うわ。市場を抜けた先の丘に協力者がいる。あなた達はその人の助けでこの町を脱出しなさい。」
「…転移魔法陣の場所は協力者が知っている。案内してくれるだろう。」
ラカンも俺を見ながら言った。
「え、でも、カサンドラ達は?」
「私達はここで兵士達を食い止める。敵を倒したら、ケヴィンやロイ達と合流して後から行くわ。」
「ぅ…、でも!」
「ロイも言ってたでしょ。私達はBランクよ。Aランクアップ目前の格上の冒険者の実力を舐めるんじゃないわ。」
カサンドラとラカンが足を止めた。
「それじゃ、後でな。」
ラカンがアルフレッドの背中を叩いた。
後ろ髪を引かれる思いをしつつも、俺達は言われた方に走った。
そこにはあの魚屋の奥さんとカールがいた。
「アスカお姉ちゃん! アルフレッドお兄ちゃん!」
カールが手を振りながら言った。
「え、協力者ってあなた達なんですか?」
アルフレッドが息を切らしながら言った。
「そうよ。私の名はノーラ。実は昔、ケヴィン達とパーティを組んだ仲間だったの。」
奥さん・ノーラが笑った。
「もっと言えば、冒険者ギルドの受付の女の人いたでしょ? あの人も私達とは馴染みでね。ケヴィンはあなた達を私に会わせるために、あの仕事を斡旋させたのよ。」
「そうだったんですか…。でも何で…?」
「恐らく、何かあったときにあなた達を逃がす為ね。そして、今がその時だわ。今朝ラカンに言われてね。…さ、時間も無いわ。カール」
「はい!」
カールが元気の良い返事をした。
「お姉ちゃん達を転移魔法陣まで案内しなさい。出来るわね。」
「うん!任せて!」
「あ、あの。ノーラさんはこの町の人です。僕達に協力して大丈夫なんですか?」
アルフレッドが質問した。
「いざとなったら子供を人質に取られて仕方なくやったって言うわ。大丈夫よ。」
「うん。ボク人質だよ!」
カールが笑った。
「さて、私は昔の仲間を助けに行くわ。…久々の戦い、血が騒ぐわね。」
ノーラはにやりとした。そして、俺達が走ってきた方に向かって行った。
「じゃあお姉ちゃん。いこ!」
カールが俺の手を引いた。
「う、うん…」
俺達はカールに導かれ森に入った。
「この向こうに古い神殿があるんだ。魔法陣とかは良く分からないけど、ラカンのおじちゃんが言ってたから間違いないよ」
なるほど、10分ほど進むと古びた神殿が見えた。
俺達は石扉を押し、中に入った。
中には祭壇のようなものがあり、その後ろの空間にそれはあった。
黒い線で描かれた魔法陣。
古びていて不気味ではあるが、微かに発光している。
「おう、アスカ。来たか!」
聞き覚えのある声がした。そこにはこの前一緒に仕事をしたガストンがいた。
「あれ、ガストンさん?」
「ははは。覚えていてくれてたか」
「どうして貴方はここにいるんですか?」
「いやな、あの仕事の後伯爵領から出ようとしたんだ。けどよ、ナイザール王国の兵が街道を占拠しててな。それでどうしようかと思ったんだが、今朝ケヴィンの奴に話し掛けられてな。」
「え、貴方もケヴィンを知ってるんですか?」
「いや、ギルドで面識のある程度だけどな。伯爵領から手早く出る方法を教えてやるから、その代わりにお前のお守をしてくれって頼まれたんだ。でもまさか、その方法が転移魔法陣だとは思わなかったよ。」
ガストンは俺にそう言ってから、しゃがみ込んで魔法陣を見た。
「この魔法陣はまだ生きているようだが、始動するのに大きな魔力が要るな。そこでアスカ、お前の出番って訳だ。」
「この転移魔法陣はどこに繋がってるんですか?」
アルフレッドが質問した。
「俺には分からないな。新し目のものは行き先が魔法陣の中に書かれていたりするものだが、こいつにはそれがない。」
「入ってみなければ分からないってことですか?」
「そうだな。でもそれでこそ、冒険者としての血が騒ぐってもんだ。」
どの道、この魔法陣を使わなければこの国を脱出できない。
それにここまで助けてくれた人たちの努力も無駄になる。
「分かりました。今からこの魔法陣に魔力を込めます。」
俺は魔法陣の中央に立った。アルフレッドも俺に続いた。
「ボクも行くよ!ボクは人質だし、このおじさん、何か信用できないからね。」
カールはガストンを見て、フフンと鼻を鳴らした。
「このガキ、言ってくれるじゃねえか。まあ、信用してくれとまでは言わねえよ。俺はこの魔法陣を教えてもらった対価として、お前達を守ってやるだけさ。」
カールとガストンも魔法陣に入った。
俺は手をついて、魔法陣の中央に魔力を込めた。
すると眩い光が辺りを包み込み…、俺達の姿は神殿から消えた。




