第21話 出発の朝~旅立ち~
「本当に良いの?」
カサンドラが俺に問いかける。
「うん、お願い。」
俺は鏡の中の自分を見ながら言った。
「じゃあ、行くわよ。」
カサンドラが俺の赤く長い髪の毛にハサミを入れる。
シャキシャキ!
切られた髪が床に落ちていく。
「うーん、こんなに綺麗な赤い髪なのに、勿体ないわねぇ…」
カサンドラが髪をカットしながら言った。
「でもさ、こんな色だし、長いままだとすごく目立っちゃうしさ。」
「それはそうだけど…」
「それにしてもカサンドラって、髪の毛切るの上手だね。」
「そりゃ、そうさ。こいつは冒険者になる前、美容師だったんだからな。」
ロイが頬杖をつきながら言った。
「そうなんだ? 美容師さんがなんで冒険者に…」
「ははは、そりゃカサンドラは刃物の扱いに長けていたし、それに腕っぷしも凄くてな。腕なんか隠れマッチョで…」
カッ!
ハサミがロイの顔のすぐ脇を通り、壁に突き刺さった。
「あら、手が滑っちゃったわ。」
カサンドラが笑いながらロイを見た。
笑いながら…、いや、鏡を見るのはやめとこう。
「ロイ、それで私の腕が何なの?」
「い、いや。なんでもねえよ…」
ロイは投げられたハサミをカサンドラに返した。
カサンドラは何事も無かったように俺の髪の毛を切っていった。
「おい、準備は出来たか?」
ケヴィンが顔を出してきた。丁度髪の毛も切り終わったところだ。
「あれ、お前。髪の毛切ったんだな。」
「うん、長いと目立っちゃうから。」
肩より長かった髪の毛はショートボブくらいの長さになった。
「おい、アルフレッド。アスカの髪見てみろよ。どう思う?」
ケヴィンがアルフレッドに言った。
「え? 別に見なくても分かるよ。」
えー! そっけない。ちょっと期待したのに。
「アスカなら、どんな髪型も似合うはずだからね。」
アルフレッドは俺の荷物を荷造りしながら言った。
「ほ、ほんと!?」
思わずにやけてしまった。
「ふーん、見なくても分かる…ね。」
ケヴィンが肩を竦めた。
「準備が出来次第出発だ。既にラカンが馬車を手配している。」
「馬車? そんな堂々として大丈夫なの?」
俺はケヴィンに聞いた。
「さっき俺とラカンで町を調べてきたが、特に手配書とかは無かった。それに俺達は顔を変えて城に入ったから、面は割れてないしな。」
「あ、そうだね。でも、私とアルフレッドの顔は一部の兵士さんとか知ってるかも?」
「馬車の中にいれば問題ねえよ。不安ならそのローブのフードでも被っとけ。もし検査とかあったら俺の魔法で顔も変えちまえるしな。」
「馬車が来たぞ。」
ラカンが酒場に入ってきた。
「よし、荷物を積み込んだらすぐに出発だ。」
俺達は荷物を積み、馬車に乗り込んだ。
俺達の馬車は順調に進んだ。
途中で検問もあったが、問題なく通過することが出来た。
俺達は一応冒険者ケヴィンパーティー一行という事になっている。
「ケヴィン、僕達はどこに向かってるんだ?」
アルフレッドはケヴィンに問いかけた。
当然舗装路など無い道だ。
揺れは酷いが、アルフレッドが俺の肩に腕を回して支えてくれているので、何とか耐えられた。
「ああ、この馬車はナイザール王国国内ではあるが、マルゴワール伯爵領に向かっている。そこは第二王子の支配が及んでいないからな。まずはそこで情報を集めようと思う。」
ケヴィンは周辺の地図を見ながら言った。
「マルゴワール伯爵家と言えば、ヘンドリクセン王家の分家にあたる家系だ。レオポルドもすぐに手出しはしねえだろう。当面は安全さ。それに冒険者ギルドの支部もあるから、仕事も出来るしな。」
「冒険者ギルドか…、僕も登録しようかな。」
アルフレッドが頷きながら言った。
「ねえ、アルフレッド。それって俺でも出来るのかな?」
「出来るは出来るけど、本名で登録するわけには…」
「ケヴィンだって、二つの名前で登録してるんでしょ? てことは、別にどんな名前でも良いんじゃない? あ、そうだ」
俺はアルフレッドの横顔を見た。
「アルフレッドの姓ってなんて言うの?」
「僕の姓はフランクールだよ。」
「じゃあじゃあ、俺、アスカ・エール・フランクールで、登録する。ダメ?」
「ダメじゃないけど…。アスカみたいに弱っちい冒険者に、何が出来るんだ?」
「そ、そのうち強くなるよ!」
俺はむくれ顔になった。
「ところでよ、アスカ。」
ケヴィンが話に割って入ってきた。
「仲良く話している所悪いが、アスカ。俺はお姫様についてならそれなりに知っているが、お前についてはあまり知らねえ。お前の事を教えてくれねえか?」
「そうだね、実は…」
俺はケヴィン達に目覚める前での世界の俺、今に至る顛末を説明した。
「そうか、お前は転生者か。」
「うん、でも思ったのは、本来の人格はどこに行ってしまったんだろう? 俺の中にいるのかな?」
俺は自分の胸の真ん中を抑えた。
「それは分かんねえな。俺は古代魔法についての知識はあまり無いからな。」
ケヴィンが答えた。
俺がアルフレッドを想う気持ちを考えれば、今の俺の意識にかなり影響を与えているのが分かる。
そうすると俺と本来の意識は一緒になっているのかもしれない。
無意識にしている自分の仕草や喋り方も、たまに女の子っぽい気がするし。
でももし、俺の意識が消え、アルエットが目覚めたとしたら、俺はいったいどこに行ってしまうんだろう?
俺はアルフレッドの肩に寄りかかりながら考えた。




