第12話 勃発
突然、隣国との紛争が勃発した。
相手国は草原の王国ラーストチカ。未明に国境の峠より侵攻があったそうだ。
ヘンドリクセン王は直ちに第一王子ギュスターヴを大将に軍の出撃を命令。
ギュスターヴは魔導軍・騎兵隊の主力を率いて出撃した。
この出来事により、事態は大きく動くことになる。
「姫様、ちょっと宜しいですか?」
ブレーズが部屋を訪ねて来た。
「はい、どうぞ。」
アルフレッドが対応した。
「失礼します。」
ブレーズは部屋に入ると扉を閉めた。
「突然の訪問をお許しください、姫様。」
ブレーズが膝をついて礼をした。
「いえ、大丈夫です。ブレーズ先生、どうかしましたか?」
「はい、今回の隣国との紛争についてです。」
「第一王子ギュスターヴ様が敵の侵攻を押し返していると聞きましたが?」
アルフレッドがブレーズに問いかけた。
「まず、隣国のラストーチカが我が国に戦争を仕掛けてくる、というのがおかしいのです。」
「どういうことですか?」
「ラストーチカは有史以来我が国に敵対したことはありませんし、彼らの軍隊は強力なものではありません。我が国の主力の7割を率いて出たギュスターヴ殿下に撃退されるでしょう。ですが、我が国の軍の7割が城より遠い国境地帯にいると言うことは、この近郊には3割の軍しかいないということです。」
「手薄になっているこの城を狙ってくる者がいるということですか?」
「その可能性は大いにあります。それが国外の者なのか、国内の者なのか…」
ブレーズは神妙な顔つきで言った。
ドン!
鍵を掛けていた扉がこじ開けられた。
「…妹に入れ知恵をしているのはやはりブレーズか。」
この低い声は…、レオポルドだ。
「兄上…」
レオポルドは従者や兵数名を引き連れ、部屋の中に入ってきた。
「我が国有数の知恵者である魔導教師ブレーズを巻き込んで、何の密談をしていたのかな? 妹よ。」
するとブレーズは俺を庇うような位置で、レオポルドに対して膝をついた。
「畏れながらレオポルド殿下。アルエット姫がいかに殿下の妹君とは言え、いきなり扉を開けて押し入るとは失礼でありましょう。しかも兵まで引き連れてとはこれは如何に?」
「貴様こそ殿下に何という言葉を言っておるのだ?」
従者がブレーズを睨み付けた。
「良い。さすがはブレーズ、物怖じせぬな。」
レオポルドが従者を制した。
「俺とて、妹やお主等に対して事を荒立てたいわけでは無い。」
「しかしこれは既に荒立てているのではありませんか? 兄上。」
俺はレオポルドを見ながら言った。
「ふむ、我が妹は目覚めてから何か変わったように思える。昔のお前はそうでは無かったのにな。」
俺はドキッとした。こいつは何か感づいているのだろうか?
いや、そんな馬鹿な。
「まあいい。それよりお前たちはどうする?」
レオポルドは俺たちを見下ろすような視線を向けて来た。
「どうするとは…?」
「兄ギュスターヴは“幸運にも”近くにいない。この言葉の意味が分かるか?」
「殿下、まさか…?」
ブレーズがレオポルドを見上げた。
「父王は老いた。往年の力はもう無い。兄上は戦いに関しては有能だがそれまでだ。だが俺は違う。」
レオポルドは俺を見た。
「俺ならこの国を良い方向に導く事が出来る。しかし今のままでは戦い好きな兄上が王位に就こう。」
「やはりこの度の紛争は殿下が…?」
「何、隣国の王子に囁いてやっただけの事だ。それよりも先程の問いだが…、お前達はどうする? 俺に付くか、それとも…」
レオポルドが冷たい視線を向けて来た。
つまりこいつは自分に従え、さもなくば死ね と言っているのだろう。
命が惜しければ従うしかない。
俺はアルフレッドをチラッと見た。
緊張した表情で膝をついているが、右手は自分のネックレスを握っていた。
「妹よ、どうだ?」
「兄上は私に何をせよ、と言うのですか?」
俺はレオポルドを見た。
俺の返答に、アルフレッドやブレーズの命が掛かっているのだ。
「…別に何もする必要はない。魔法も唱えられぬお前には何も期待していない、今のところはな。だからじっとしておれば良い。」
「アルフレッドやブレーズ先生の安全は保障して頂けますか?」
「無論だ。お前がおとなしくしている限りは、な。」
「…分かりました。私は兄上に従います。ですが、少し条件を付けさせて頂けませんか?」
「ふむ、聞こう。」
「アルフレッドは元々城の者ではありません。事態が落ち着いた段階で、私はアルフレッドに暇を出そうと思います。そうしたら、無事に城を出させてやってほしいのです。」
アルフレッドは驚いた表情で顔を上げた。
「ブレーズ先生には引き続き、魔導教師を続けられるよう配慮をお願いします。私からのお願いはこの二つです。」
「…分かった、承知しよう。」
「ありがとうございます。」
俺は頭を下げた。
「よし、沙汰があるまでこの部屋におれ。良いな?」
レオポルドはそう言うと従者と兵と共に、部屋を出て行った。




