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俺・プリンセス  作者: 風鈴P
番外 エピローグ編
118/121

エピローグ09 戦乱の後(3)

その後、馬車は順調に進んだ。


「おねえちゃん! 海が見えるよ!」

例の女の子が指さした。

リディは馬車から顔を出した。

視線の先には広大な海が広がっていた。

そして街道の方に目を遣ると、グヴェナエル共和国の街並みが遠く見えている。

グヴェナエル共和国は港町で交易の中心地だ。

街を囲む城壁の中には所狭しと建物が立ち並んでいる。

ここで言う『グヴェナエル共和国』とは港町の事を指している。

この国の政治の中心地は別にある。

港町から数キロ離れた小高い丘の上にある城がそれだ。

その城はかつてこの一帯を統治していた王国のものであったが、それが倒れた後もグヴェナエル共和国の政庁として機能していた。

しかし世間では交易の中心地たる港町の方を『グヴェナエル共和国』と呼ぶ風潮が強い。


「この距離なら、夕刻にはグヴェナエル共和国に到着出来るだろうな。」

馬車の脇の騎乗兵が声を掛けて来た。

あの一件以来、リディは警護兵達と打ち解けていた。

「ここまで無事で来られたのはリディ殿のお陰だ。感謝するよ。」

「ぇ…、そんな、大げさな…」

リディは顔を背けた。

“アスカ達と別れて以来”、誰かから褒められるなんてことは殆ど無かった。

…どうもむずがゆい。

他にも色々と感謝の言葉を述べられた気がするが、そんなものは放っておこう。

あまりそういう感謝云々に付き合って“フラグ”と化しても困る。



日が傾き始めた。

馬車はグヴェナエル共和国を囲む城壁の門へたどり着いた。

警護兵が衛兵を話をしていた。

街の中に入る許可を得ているのだろう。

数分後、馬車は街の中に入り、賑わう街中を進んだ。

「おかあさん! もう少しでお家に帰れるね!」

女の子が嬉しそうな声で言った。

「そうね。お父さんもきっと私達を待ってるわ。」

母親は女の子を優しく撫でた。

「・・・」

リディは二人の姿をじっと見た。

視線に気づいたのか、母親がリディに視線を合わせた。

「あ、リディさん。ここまで私たちに優しくしてくれて、何とお礼を言ったらいいか…」

「…問題ない。それよりも言いたいことがある。」

「言いたい事…?」

母親がキョトンとした表情になった。

これはリディからしたら言う必要は無い事だ。

だがこの親子にとっては重要な事だ。

「いち早く家に帰りたいのは分かるが、少しボクに付き合ってもらおう。」

「え…? それはどういう…?」

「ボクに感謝の心を持っているのなら、大人しく従う事だ。」

リディが親子に強い視線を向けた。

「は、はい…」

リディの迫力に気圧されたのか、母親は押し黙った。

「おねえちゃん…?」

女の子は不安そうな表情を浮かべた。



そうこうしているうちに、馬車がターミナルに到着した。

乗客達は馬車を降り、思い思いの方に立ち去っていく。

リディは警護兵に声を掛けた後、その場を離れ親子を裏路地へと誘う。

親子は何も言わずついてきた。

その表情は複雑だ。

自らに優しくしてくれたリディを信じているのだろうが、不安も感じている。

そんな感じだ。

「え…っと、ここだ。」

リディはある建物前で足を止めると、扉を開けた。

少し狭い室内は薬草(ハーブ)の鉢植えや薬壺が置かれていた。

「いらっしゃい…」

カウンターの向こうの女性が口を開いた。

「ボクはリディ・ベルナデット・ウイユヴェール。君達のボスの、フェルディナンはいるかい?」

その言葉を聞いた女性がじっと睨んできた。

「ウチのボスを知っているのかい? 魔族のお嬢ちゃん。」

「ボクはバルデレミーの船で一緒になった者だ。そう言ってくれれば分かるよ。」

「…分かったわ。」

女性はそう言うと奥の部屋に入って行った。


「リディさん、ここは…?」

母親が恐る恐る尋ねてきた。

「・・・」

リディは何も答えなかった。


少しして先程の女性が現れた。

「ボスが会うわ。入って。」

「ああ…」

リディは後ろに立つ親子に目配せした。

親子は何も言わずついてきた。


奥の部屋に入ると、そこに如何にもガラの悪そうな男が煙草をふかしていた。

「よう、久しぶりだな。」

「ああ。相変わらず悪そうな見た目だな。フェルディナン。」

リディがそう返すと、フェルディナンがニヤッと笑った。


バタン!

先程の女性によって入り口の扉が閉じられた。

それを見た母親が明らかに動揺した顔になった。


「ところでその親子は…?」

それをフェルディナンがリディに問いかけて来た。

「うん。今日ここに来た理由は、その親子に関係していてね。」

リディはそう言うと親子の方を向いた。

「すまないが、あなたがご主人の為に買ってきた薬をもう一度見せてくれるかな?」

「え、でも…」

母親は躊躇した。

「良いから…早く見せるんだ。」

「・・・」

リディが強く迫ると、母親が薬袋を手渡した。

そしてその薬袋をフェルディナンに渡した。

「この薬は…?」

「この人のご主人は肺病を患っているそうだ。フェルディナン、君はこの薬、どう思う?」

「ふむ…」

フェルディナンは薬をじっと見た。

「駄目だな、こいつは…」

そして真面目な顔で母親の方を見た。

「奥さん、アンタは騙されてるよ。これを見てくれ。」

フェルディナンは薬袋を破り皿の上に出すと、液体を振りかけた。

皿の上の粉末が紫色に変わっていった。

「こいつはただのデンプンだ。肺病に効くどころか、薬ですら無え。」


それを聞いた母親の目から、生気が消えていった。

そしてその場にへたり込んだ。

「そ、そんな…。私は何のために…」

「おかあさん…」

女の子は何が起きてるか分からないというような表情だが、母親の顔から重大な事が起きていると察したようだ。


「・・・」

リディは親子の姿を見ていたたまれない気持ちになった。

この親子は藁にも縋る思いで薬を求め旅をしてきたのだろう。

それが徒労に終わった訳だ。

絶望でしか無い筈だ。


「で、どうするんだ?」

フェルディナンがリディの方を見た。

「君なら用意できるんだろ?」

「勿論だ。だが、金が掛かるぞ。」

「ボクが金を出そう。今すぐ用意してやってくれ。」

リディは懐から財布を出した。

それを聞いた母親がハッと顔を上げた。

「リ、リディさん…? で、でも…」

何か言いたそうな母親を制すと、リディは財布から金貨を数枚取り出した。

「10グラハム金貨くらいあれば足りるか?」

「十分だ。すぐに調合しよう。」

フェルディナンは椅子から立ち上がると白衣を見に纏った。

「宜しく頼む。出来たらこの親子に渡してくれ。ボクはちょっと出てくる。」

「ん? どこに行くんだ?」

「ボクはちょっと用事があってね。あ、この薬もどきはボクが貰っていくよ。」

リディは母親が持っていた薬袋を手に取ると、フェルディナンの薬屋を後にした。

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