第93話 老兵の意地
「儂は悪夢でも見ておるのか…?」
壮年の軍人が嘆きの言葉を口にした。
リオネル・バルデス、彼はこの部隊の指揮官だ。
彼が率いるのはレオポルド派ナイザール王国第2軍だ。
第2軍は魔道部隊では無いが、多くの歩兵・騎兵を擁する主力と言っていい。
小高い丘の上に置かれた本陣から見える光景は散々なものだった。
救援に向かっていたバルストネット砦には既に火の手が上がっていた。
そして率いる軍の先鋒は敵軍と交戦を始めているのだが…。
「将軍!」
配下が本陣に駆け込んできた。
「申し上げます。バルストネット砦に向かわせた斥候によれば既に落城。籠っていた兵の大部分は壊滅し、指揮官のカルヴィン様も討ち死にされた模様です。」
「そうか…。カルヴィンが死んだか。」
リオネルとカルヴィンはかつて軍士官学校の同期であった。
バルストネット砦には2000の守備兵がいた。
カルヴィンらは奮戦した事だろう。
魔法王国であるナイザールにおいては必然的に高い魔力を持つ魔導士が優遇される。
第2軍は魔導士も一部属してはいるが、大部分が“そうでない者達”の集まりだ。
リオネルやカルヴィンも所謂“そうでない者達”ではあるが騎兵であることを誇りを持ち、これまで国に仕えて来たのだ。
「申し上げます!」
別の伝令が本陣に入って来た。
「我が軍の先鋒が敵と交戦を始め奮戦するも、その戦況は芳しくない様子。どうやら敵の先鋒はギュスターヴ殿下率いる魔闘兵、数およそ1000! 続けて後方よりおよそ1万の兵が向かって来ている様です。」
魔闘兵というのは自らの魔力で身体能力を大幅に向上させ戦う戦士の事だ。
一般的な魔法を使うことは出来ないが、言わば魔力で自らをドーピングして戦っているのだ。
第2軍の兵力は5000余り。
敵の先鋒には敵将ギュスターヴがいると言う。
全兵力を持ってこれに当たれば、敵将を倒すことが出来るかもしれない。
だがそれに続く1万の兵には勝てないだろう。
「…レオパルド殿下は我等に死ねと申されるのか。」
リオネルが呟いた。
「将軍…!?」
側近が表情を強張らせながら口を開いた。
「我らが忠誠を示して敵軍に掛かれば、あわよくばギュスターヴ殿下を討ち取ることが出来るかも知れぬ。だが事はそう単純ではない。その後ろには1万の兵がいるのだ。我らやバルストネットの守備兵には最初から勝ち目が無かったのだ。」
「で、では…!?」
「押し寄せてくるギュスターヴ殿下の軍に勝つには、せめて第1軍5000の力が必要であった。だがレオパルド殿下はそれをしなかった。お主にはその意味が分かるだろう。」
「レオパルド殿下は我らをいらぬ…と?」
「そういう事だ、理由は分からんがな。レオポルド殿下はどうも“我が家”である王都で兄弟喧嘩をしたいらしい。」
リオネルは拳を握りしめた。
「こうなれば我が意地を見せてくれよう…」
その手は怒りに震えていた。
「そ、それでは…!」
「これより敵に突入する。」
「分かりました。では全軍に下知を…!」
「まて、リュドヴィック。貴様は4000を率い撤退せよ。儂と共に立ち向かうは直属の1000のみとする。」
「し、しかし!」
リュドヴィックと呼ばれた側近が表情を変えた。
「第2軍を全滅させるわけにはいかん。儂の一隊が食い止めている間に、貴様は兵を逃がすのだ。それと撤退する先は王都ではない。我がバルデス家の所領のある南東方向に逃げよ。」
「将軍…!」
「リュドヴィック。長年儂に仕えてくれたことを感謝する。さあ、行け!」
「はっ…!」
リュドヴィックは敬礼すると陣を去って行った。
その姿を見送ると、リオネルは自らの剣を手に取った。
同じころ俺は仲間達を連れ、ケヴィンが拠点として使っていた宿屋を訪ねていた。
「そうか、ギュスターヴの奴がそんな事を…」
ケヴィンが腕を組んだ。
「そうなんだ。俺やアルフレッドは王家に所縁のある人間だから分かるんだけど…」
「・・・」
ケヴィンが少し目を瞑り、数秒してまた目を開いた。
「実は俺の方にも命令が来たよ。俺の方にはマルゴワールの軍と共に行動しろとな。」
「やっぱケヴィンも参加するんだ?」
「ああ。だがお前らの場合は王都奪還作戦だから、ギュスターヴが自分達と来いということみたいだな。マルゴワール伯は後詰というか遊撃にあたる方から向かう形になるからな。」
「うーん…」
俺は少し考え込んだ。
兄ギュスターヴはどのような意図があって俺を従軍させたいのだろうか?
「あの子達は連れていきたくないんだけどね…。お兄様が許してくれるかどうか…」
俺は庭の方を見た。
カールとリディが庭で水遊びをしていた。
「そうだな、だが俺からしちゃお前やアルフレッドもまだガキだから、お前達も戦争になんか参加して貰いたく無え。…まぁ、とにかく無理だけはするなよ。」
ケヴィンが俺を指さした。
ケヴィンの心配は実にありがたい。
とにかく仲間達に危害が無いように考えていかなくては…!




